閑話 ピノ・アンド・パスカルズ
ピノ君は生意気そうに見えて、よく見ると可愛かったりする。
うたた寝すると首が必ず左に傾いて、左耳が折れたり、欠伸して舌を噛んだり、たまに玄関に尻尾を挟んだり、玄関の階段を必ず左足から降りないと動けなくなるから、危なくなったら飛び降りることにしていたり、毎回寝癖で違う髭が一本跳ねていたり、ファイアーマンにからかわれてプイとそっぽを向く仕草もどこか愛らしい。
エルネストさんもこのギャップが可愛かったりするのだろう。
「パスカル兄ちゃん、俺、ほんとに好きにしていいの?」
夏休みの長い期間、暇を持て余していても仕方がないので、エルネストさんが留守の間、僕たちは学院長とラウラ先生の許可を得て、エルーダ迷宮の攻略を始めた。
現在、振り子列車に乗って、エルーダ迷宮に向かう途中である。
因みに僕の指には『銀花の紋章団』の指輪が嵌まっている。振り子列車のホームを利用するために必要な指輪だ。
一階フロアは攻略済みなので、本日は地下一階を攻略することになっている。
草原フロアで餓狼とゴブリン、そしてフェンリルのいるフロアだ。トラップはすべて固定で麻痺の罠らしい。
夏休み前ならフェンリルにビビっていたところだが、今の僕たちに苦手意識はない。別荘での遠征がしっかり効果を上げているようだった。
ピノ君は既にリオナちゃんと地下一階を攻略したようで、フェンリル以外なら、前衛を任せてもよさそうだった。ピノ君のドラゴン装備はエルーダの迷宮にあっても、低階層では過ぎた代物であるらしかった。
ピノ君は嬉々としてはしゃいでいた。
でも時折、「兄ちゃんも一緒だったらよかったのになぁ」と呟いた。
本当にエルネストさんが好きなのだ。
ピノ君の装備は剣と弓だった。
ピノ君は鼻歌を口ずさみながら、弓の手入れをしていた。
「大丈夫なのか?」
ファイアーマンがちょっかいを掛ける。
「大丈夫、地下一階のことなら任せてよ」
言い忘れたが、女性陣は本日完全オフでリオナちゃんやロザリアさんとアルガスや聖都に買い物に出かけていた。僕もまだ聖都には行ったことがない。エルネストさんの話では威厳のあるきれいな町だという話だ。というわけで、本日は男四人パーティーである。ダンテ君は現在、エルネストさんの私物の本を読みふけっている。
迷宮に着くとまず地下一階の脱出ゲートの使用許可を得ることから始めた。そのためにはまずピノ君に地下一階のゲートを開いて貰わなければいけなかった。
帰りのゲートは魔力を自己負担しないといけないので、僕たちの誰かが開くことになる。最悪、脱出用の転移結晶を使うことになる。どちらにせよ、護身のため全員分必要なのでギルドの売店でひとり二個ずつ購入した。
行き掛けはポータルと一緒なので問題はない。ピノ君の開けたゲートに飛び込んだ。
「餓狼が四匹、あっちに五匹。あっちにも四匹いる。どこからやるの?」
着いてそうそう、敵の位置をあっさり突き止めた。
僕たちはまだ誰も敵を捕捉していないと言うのに。
「近場から行こうか?」
「分かった。付いてきて」
ピノ君は弓を構えながら、草原のなかに飛び込んでいった。
僕たちは慌てて追い掛ける。
「あそこ」
「おっ、いたいた」
ファイアーマンが遠くの茂みを見つめた。
「俺がやっていいの?」
「やれるならな」
ファイアーマンの売り言葉に答えて、ピノ君は弓を構えた。
そして矢筒から矢を取り出すといきなり放った。命中したかも分からないのに次の一本、次の一本と、合計五本撃ち込んだ。
「行こう!」
僕たち三人は黙って付いていった。
次の餓狼の集団も、その次もピノ君が仕留めた。
「ごめんなさい。調子に乗りすぎた」
僕たちが呆然としていたら、ピノ君が謝ってきた。
「なんで謝るんだ?」
「ひとりで狩りしちゃって、楽しくなかったんだろ?」
どうやらこちらの唖然とした顔を誤解したようだ。
「凄すぎて感心してたんだよ」
ダンテ君が言った。
「楽できて清々してるぞ。気にすんな」
ファイアーマンも好意的だ。
「ほんと?」
「ほんとだ」
ようやく納得したようである。
「ゴブリンの砦があるよ! 手前に一五匹いる!」
ピノ君は盾を持ったファイアーマンの側を行ったり来たりした。
自分だけ先行しないように、僕たちとの距離を常に測っているようだ。
「あんなに動いて、よく疲れないもんだな」
「若いよね」
ダンテ君が言った。
そしてあっという間に、ゴブリンたちを黙らせた。ピノ君はまだ自慢の剣を一度も振っていない。敵に気付かれることなく接近して、すべて弓の一撃で仕留めていた。
予定より大分早く、攻略が終った。フェンリルも滞りなく倒した。
本日一番の稼ぎになるだろう、風の魔石(大)もゲットした。通りすがりのフェンリルから一個だけだったが。
「思ったより稼げないもんだな」
ファイアーマンが残念がった。
一個金貨四十枚だぞ。ファイアーマンも金銭感覚がおかしくなっていやしないか? 他にもゴブリンの装備から剥がした宝石とか装飾品とか入れたら充分だと思うんだけど。
「やっぱり初級の迷宮とは違うよね」
ダンテ君が小声で言った。
「だよね? 金貨四十枚分狩るなんて、向こうじゃそう簡単じゃないもんね」
食堂で料理を頼んだ。僕たちは揃って焼き肉定食を頼んだ。
「ピノはなんで冒険者になりたいんだ?」
ファイアーマンが尋ねた。するとピノ君は真剣な顔をして言った。
「兄ちゃんと旅をしたいから」と答えた。
「旅?」
「飛空艇でずっと旅するんだ。テトの操縦で、みんなと一緒に」
意外な答えだった。
「俺、偉そうにしてるけど、仲間のなかじゃ、一番何もできないんだ。ピオトは一番食いしん坊だけど、将来木工師になるために頑張ってるし、テトは既に飛空艇の操縦士だし、チッタやチコは耳がいいから飛空艇には欠かせないし。俺だけ何もできないとそのうち、兄ちゃんに置いてけぼりにされるかもしれないから」
「そんなことない!」
ダンテ君が声を荒げた。
「ピノ君は大きな誤解をしてるよ。家族って言うのはね、役に立つから一緒にいられるとかじゃないんだよ! 一緒にいていいとか、そんなこと関係ないくらい大好きだから家族なんだよ! 仲直りできると思うから本気で喧嘩するし、繋がっていると思うから、どんなに遠くにだって、どこまでだって行けるんだよ」
「あいつの兄貴、家出したんだってさ」
ファイアーマンが僕に耳打ちした。
「なんで? 僕、その話聞いてないんだけど?」
「昨日、手紙来たんだ。限界感じたらしいぜ、魔法使いになるの。あいつの兄貴、学院にも入学できなかったからな?」
「そうなの?」
「去年ダンテと一緒に入学試験受けて、ダンテだけ受かったんだ」
「結構複雑だったんだ」
「そこうるさい!」
ダンテ君が怒った……
「できるとか、できないとか関係ないんだ。一緒にいたいから家族なんだ。例え一緒にいられなくたって…… 僕たちは……」
「すぐ戻ってくるって。頭冷やしたら、帰ってくるよ。家族ってそういうもんだろ?」
そう言ってピノ君はダンテ君の肩に手を置いた。
「悩んでたのピノ君の方じゃなかったっけ?」
「そ、そうだよな。僕、何言ってんだろ? 関係ないよね。て、筒抜けじゃないか!」
僕たちの会話が全部ピノ君に聞かれていた。
料理がやって来た。
するとエルネストさんとヘモジもやって来た。
「僕もひとつ。それとミートパイといつもの」
「ナーナ」
「野菜サラダも」
料理を運んできた店員に注文した。慣れたものである。
「兄ちゃん! どうしたんだ?」
ピノが飛び上がった。
「ダンテ君に通信が来てたんだ。速達だから、早い方がいいと思って。持ってきた」
そう言うとエルネストさんは通信記録をダンテ君に手渡して、「お兄さん、帰ってきたみたいだな。どこか行ってたのかい?」と言った。
「そうみたいです」とダンテ君はあやふやに返事を返した。
「言った通りだったろ。ダンテ兄ちゃん。帰ってきたじゃん」
ピノ君も現金である。自分の悩みは何処に行ったのやら。
「兄ちゃん、俺たちこれから地下二階なんだ。一緒に行こう」
「えー? これからミスリル――」
「一緒に行こうよ。ねえ。兄ちゃん、いいだろ? スケルトン先生だよ」
僕はおかしくなってしまった。あんなにしおらしかったピノ君が、エルネストさんには押しが強いのだから。
「しょうがないな。その代わり見てるだけだからな」
「うん、分かった!」
ピノ君の尻尾が大きく揺れた。
「そうだ。ピノ、俺たちとも家族に、兄弟になろうぜ。そうすりゃ、余計な悩みなんてなくなるぜ」
「なんだ? 何か悩んでたのか?」
「別に、何も。大したことじゃないから」
「そうか? それよりピノ、鼻栓しろ、鼻栓。地下二階は臭いぞ」
「そうなの?」
「『魔法探知』も効かないからな、耳だけが頼りだ。あっ、でも息しづらいよな。やっぱり我慢するしかないか。ま、すぐ慣れるだろ」
「えーっ?」
やはりピノ君が見上げる相手はエルネストさんがお似合いだ。
「パスカル君、ソーサラーに注意しよう。見つけたら先制攻撃だ」
「ファイアーマン、全部燃やしていいぞ。どうせ魔石も出やしないんだから」
地下二階に降りてピノ君は早々にギブアップした。
「あとお願い。がんばって、兄ちゃんたち……」
そう言ってピノ君は弱々しく僕たち全員の背中を押した。
「俺に任せろ、弟よ!」
「しょうがないな。ピノ君は」
いつになくふたりは燃えた。
「パスカル、何やってんだ。装備品は回収するんだから、やり過ぎて吹き飛ばすなよ!」
ファイアーマンに怒られた。




