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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第十一章 夏休みは忙しい
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夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)73

 あの埃を被るほど伝統重視の聖騎士団が真っ先に飛びつき、飛行までこなすというのだから過去に共闘したことのある、その性質を知る者たちは驚いた。

 それに比べて開発した領地の守備隊が採用を渋っている現実をこの町の執行部がどう思っているのか、ようやく気付くのである。

 だが、どれほど前評判がよくても真価が分かるまでは身を任せるわけにはいかないと、兵士たちの目の色が変わった。

 そしていよいよ僕たちの登場である。

 まずは空中飛行の披露からである。この町では子供たちも日常飛び回っているのでさほど珍しい景色ではない。だから急上昇や急降下、ループやひねりを加えて、ある程度格好が付いた段階で舞台に舞い降りた。 

「これより、新採用した魔法盾の実演を行なう。攻撃側は、王宮筆頭魔導士補佐官にして、『銀花の紋章団』所属、レジーナ・ヴィオネッティーと、同じくアイシャ・ボラン殿に行なって貰う。受け手は同じく『銀花の紋章団』所属、エルネスト・ヴィオネッティーとロメオ・ハルコットが行なう。この町にいる者なら知らぬ者はおらぬだろう、この町の魔法の名手たちである」

 僕たちはそそくさと破壊された木偶のあった場所で盾を構える。ヘモジは観客席の前で引き続き警護である。

「既に採用段階で最上級魔法を使った実証実験は済んでいるが、さすがにこの場で披露することはできないので、今回は中級魔法を使って実証を行なう」

 一部でブーイングが起きた。

「町を焼け野原にしても構わないと言うのか? 使用された魔法は地獄の業火である!」

 そう言われても誰も見たことのない魔法なので、返事の仕様がない。

 姉さんが問答無用で始めるようにエンリエッタさんに合図する。

「中の上か、上の下かの違いだけだもんね」

 ロメオ君が言った。

「まあ、中級でも上級でも気分次第で最上級だからな」

 僕たちは万能薬を口をくわえる。

 姉さんがひとり壇上に上がる。

「行くぞ!」

 姉さんは合図と共に魔法を放った。

 それはただの火の球だった。

 一瞬、誰もが気を許した。

 だがこちらの障壁にぶち当たった途端、炎は轟音と共に爆発した。

 特設会場があっという間に吹き飛んだ。

 ヘモジが構えていた盾の手前の地面がすっかり抉れていた。ロザリアも咄嗟に障壁を張った。先生とパスカル君たちも土の壁を作ってやり過ごした。

 暢気に酒を飲んでいた連中は一瞬で地獄絵図と化した会場の景色に青くなった。戦場だったら、この場にいた兵士は今の一撃で全滅だ。

「これが中級?」

「ほんとにこれが中級か?」

「どうなってんだ?」

「て言うか? 若様とギルドの小僧、死んだんじゃねーか?」

「おい。前にいる奴、確認しろッ! どうなってんだ!」

「だ、大丈夫だ。ケロッとしてるぜ」

「ピンピンしてやがる」

「はあ?」

「どうなってやがんだ……」

 エンリエッタさんも苦笑いである。

 こっちのデモンストレーションというよりヘモジの盾の方の実演になったみたいだな。

 兵士たちの視線がヘモジの小さな盾に降り注ぐ。

 だがまだ終っていない。

 炎がまだくすぶるなか、アイシャさんが壇上に現れた。

 アイシャさんは杖ではなくいつも同様、剣を構えた。

 剣の先端に魔力が注ぎ込まれるのが分かる。

 何を仕掛けてくる? こっちはおっかなびっくり身構える。

「氷だ!」

 ロメオ君が叫んだ。

 次の瞬間、巨大ゴーレムが投げそうなくらい大きな氷の槍が形成された。

 さすがに周囲がどよめいた。

「嘘だろ?」

「質量だけで潰されるぞ」

「おい、大丈夫なのか?」

 僕たちは、アイシャさんは無茶はしないと、魔力の消費から判断した。

 現れた次の瞬間、巨大な氷の槍は消えた。

「速っ!」

「クソッ!」

 オリジナルにもほどがある。

 加速も付いて、破壊力はバリスタを越えた。

 命中した途端にこちらの魔力がごっそり持っていかれた。

 なんとか持ちこたえた。でも本番はここからだった。

 こちらも破裂したのだ。欠片と冷気が周囲を襲った。

 何もかもが凍り付いて白くなった。無数の氷の欠片が辺り一面に突き刺さった。

 まるで無数の矢が降り注いだ戦場跡地のようだった。

「危なー。ヘモジの方の魔力が空になりそうだった」

 僕は万能薬を飲んだ。

 アイシャさんが僕たちを見て笑っている。

 中級だろうと、より効果的に敵を殲滅する方法はいくらでもあると、実践して見せたのだ。

「頭は使いようだと言いたいのかな?」

「今やらなくても……」

 まったくだ。

 でも、パスカル君たちに今の一撃は勉強になったはずだ。炎と氷の対極の魔法だが、姉さんの魔力ゴリ押しの一撃とは違う、応用編だ。同じ魔力でより大きな効果を。術式の量も割り増しだろうけどね。

「ねえ、このシチュエーションやばくない?」

 ロメオ君が言った。息が白くなった。

「何が?」

「あれ」

 姉さんが再び壇上に上がってきた。

「まさか……」

 アイシャさんだけにいい格好はさせまいと、姉さんがこちらに不敵な笑みを覗かせる。

「やばいよ。あれは本気だよ」

 僕たちが見つめるなか、姉さんの魔力が跳ね上がっていく。

「あの魔力は絶対中級じゃないよ!」

「こんなときまで張り合うなよ。いい迷惑だ!」

 姉さんの手のひらに点った炎は渦を巻きながら、周囲の空気を巻き込みながら、青白く燃え盛る。

「うはっ! 鉄が溶ける温度だよ、あの色……」

 もう笑うしかない。

 炎は先程の氷の槍ほど巨大な火の玉に発達した。

「地獄の業火と何が違うんだ?」

 アイシャさんも、何か叫びながら、慌てて結界を張る側に参加した。

 姉さんが嬉々として一撃を放った。

「受け切るの面倒臭いな」

「そうだね」

 僕たちは盾を寝かせた。

 爆炎は再び広がった。前回とは比較にならないほどの手応えがあった。爆音が轟いた。そして空高く町の結界障壁を震えさせた。

「よし、うまくいった」

 爆風を上空にそらしてやった。

 スプレコーンの空に黄金色の光が広がった。

「あ……」

「……」

 僕たちは空を見上げた。

 兵士たちも身構えながら天を仰いだ。

「あの……」

 エンリエッタさんも言葉を失った。

「町の障壁…… 壊れたね……」

「うん…… そうみたい」

 ロメオ君がポカンと立ち尽くす。

「負荷に耐えられないほどの一撃だったんだね」

「上級結界って結構脆いな……」

 ユニコーンの子供たちも何ごとかと集まり始めた。村人たちも、町の人たちも集まってきた。

「何受け流してんのよ!」

 姉さんが叫んだ。

「逃げるだろッ! 普通。殺す気か! 見ろよ、あれ!」

 空がいつになく青い。

「フフフ…… ハハハハッ」

 アイシャさんが笑い始めた。腹を抱えて、姉さんの肩を叩きながら。

 珍しいこともあるもんだ。

 壁の上の見張りたちが右往左往し始めた。鐘楼の鐘が鳴り、あっという間に臨戦態勢が発令された。

「俺たち、当直でなくてよかったな」

「いい予行演習になったんじゃないか」

 観客たちもじわりときたようで、会場に笑いが伝播していった。

 パスカル君たちも先生も土の壁から身体を起こすと笑い始めた。

 リオナもヘモジもナガレも余りの馬鹿馬鹿しさに声を上げて笑った。

 オクタヴィアが僕の肩に乗る。

「領主様、来る。怒ってる」

「逃げた方がよさそうだ」

 ロメオ君も頷いた。

 僕とロメオ君は盾をボードにして、空に舞い上がった。

「誤爆だって知らせてくるよ」

 僕たちは左右に別れて城壁の見張り塔を目指した。

 屋敷から馬に乗って飛んでくるヴァレンティーナ様の姿が見えた。

 遅れて護衛の騎馬が数騎、追い掛けている。

「姉さん、ピーンチ」

 僕は風を切って遠ざかった。

 

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