夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)72
「昼間ならいいって」
ピノが嬉々として言った。
「了解だ」
いい匂いがしてきたのでパスカル君たちと一階に下りる。
「でも、酒場の親父も参加させろって言ってた」
他の子供たちも食堂に入ってきた。
「それじゃ、いつもと一緒だろ? 祭りに参加できなかった連中のためにやるのに」
「親父も忙しくて祭りどころじゃなかったって」
「そりゃ、そうだろう、書き入れ時なんだから。そんなこと言ったら当日働いてた連中みんな来るぞ?」
「どうせ、いつも通りになるんじゃ。悩んでも仕方あるまい。スプレコーンの者なら解放してやるといい。事情を知っていれば客の方が気を使ってくれるじゃろう」
いつも最後にやってくるアイシャさんが早めに席に着いた。
オクタヴィアも席に着いた。ヘモジがやって来て、ナガレたちがやってきて、ロザリアがやって来て、いつもとは逆にリオナが殿になった。
寝ていたようで、髪が跳ねていた。とどめは大きな欠伸だ。
式から出ずっぱりだったからな。それも、気が抜けない状況でだ。
全員で配膳を手伝った。今日は大きな鍋に肉がどっさり入ったデミグラスソースのシチューだ。明日のためにセーブするもよし、目一杯食うもよしだ。お代わり自由で調整はお任せだ。
子供たちは当然肉をこれでもかと載せた。大きな角切りの肉がゴロゴロ入っていた。皿に数個入れただけで溢れそうな大きさだ。
一方ヘモジは皿の真ん中に一つ肉を載せたきりで残りは野菜で埋めた。
ナガレはチョビたちの分を冷やして与えた。
チョビたちは肉を鋏で挟んで口に運んだ。何時間も煮込んだ肉は鋏で簡単にほぐれる柔らかさだった。
『美味しいです』
『お水ください』
イチゴも満足してくれてよかった。
ロメオ君も食べていけばいいのにと思うが、家族が心配するからそうもいかない。獣人のように耳や鼻がよければ、心配する度合いも違ってくるのだろうが。
全員がいつにない勢いで夕飯を頬張った。
「披露宴の飯は上品過ぎて、腹に溜まんないんだよな」とピオトが言った。
子供たちは頷いた。
「あれだけ食っておいて言うのかよ」
ファイアーマンの台詞に今度はこっちが頷いた。
「若様印のあれに入ってるソースと同じ物ですか?」
「そうね。前から気になってましたけど、どの地方の料理なのでしょう?」
「お肉にあいますね」
ビアンカとフランチェスカと双子も絶賛だ。
「この家の秘伝のソースなんだぜ」
ピノがソースをべったり口に付けながら言った。
「それじゃ、ヴィオネッティー家の?」
「エルリンの発明をアンジェラが完成させたのです。この家の秘伝なのです」
「エルネストさんてこんなこともしてたんですか?」
「照り焼きソースもあるのです。でも、材料はエルリンのお母様にしか作れないのです」
「それにしてもこのソースどうしたんです?」
デミグラスソースは完成まで呆れるほど手間と時間がかかるはずだけれど。鍋一杯のソースを自力で作ったのだろうか?
「お祭りで消費するためにレストラン用に作った物の余りです」
ラウラ先生が帰ってきた。
「ただいま戻りました。あらいい匂いですね」
「お帰りなさい、先生」
「どこ行ってたんだよ」
「学院長を送ってきたのよ。それとエルネストさん、領主様からリストを預かってきました」
「リスト?」
それは明日の参加者リストだった。各部隊ごとの参加人数が記されていた。
「二日……」
開催期間が二日間になっていた。
「別に全員無理して来なくたって構わないんだが」
みんなが不思議そうに覗き込む。
祭りに参加できなかった兵士たちが参加するにしても、明日全員とはいかないので、二日設けて欲しいというものだった。
「異論はないけどね」
「夏休みの終わりは祭り三昧になりそうだな」
ファイアーマンが言った。
だがそれは、ヴァレンティーナ様の企みでもあった。
この町の名の付いた魔法の盾の部隊配備が思わしくないので、盾の有効性を隊員たちに証明する必要性が出てきたのである。森の警備隊には好評だったので、てっきり普及しているものだと思っていたのだが、なかなか使い慣れた重厚な盾を手放してくれないらしかった。それは古参ほど顕著で、結果的に全体への配給が遅れてしまっていた。挙げ句にどこにでも置く始末で、頭の痛い問題になっていた。今回の警護で、部隊の配備状況を目の当たりにして、なんとか手を打つことになったのだった。
翌日、いつもと変わらなぬ様相で肉祭りが始まった。
費用は領主と折半ということになったので、それだけでもこちらは御の字だった。
「これより余興を行なう」
いよいよ盾の実証実験が始まった。
いつか見た景色だった。
「デジャヴだ」
ロメオ君が苦笑いをした。
姉さんとアイシャさんが魔法を放ち、僕とロメオ君が受け止めるのだ。
でも、その前に、旧型の近衛装備の盾が試されることになった。
盾は特設会場の人の代わりに地面に打ち込まれた丸太に固定された。魔力の補充は伝導ワイヤーを使うことになった。
「僕たちの方もあれでよくない?」
「開発者が命張らないでどうすんのよ」
姉さんが言った。
「ええ? そんなに深刻なこと? 実装配備したのそっちでしょ?」
「しょうがないでしょ! 壊れることが分かってる盾の後ろに人を立たせるわけにはいかないでしょ?」
会場はやんや、やんやの大騒ぎである。兵士たちだけでなく、予定通り各店舗の忙しくしていた店員たちも参加していた。
「では、これより近衛騎士団正規採用汎用盾の強度を見て貰う。この盾に命を幾度となく救われてきた者もいるだろうが、心して見るがいい」
登場してきたのはパスカル君たちだった。それとリオナとピノである。
盾を構えた木偶は三つ。
まず左から。パスカル君たちが魔法の飽和攻撃を行なう。
「これより魔法学院の生徒である彼らによって魔法攻撃を行なって貰う。すべて初級魔法であるが、彼らは全員、この後に出てくるレジーナとアイシャ、当代随一の魔法使いの弟子である」
エンリエッタさんが手を振り上げた。
「用意! てッ!」
一斉に、初級魔法の火と風と土と氷、雷魔法が放たれた。
「おおっ!」
初級とは思えない破壊力に兵士たちは驚いた。
にも関わらず盾は健在だった。傷一つなかった。
さすが近衛の盾だと歓声が上がった。
だが攻撃はこれからだ。ドラゴンの首をも吹き飛ばす攻撃が降り注ぐことになる。
段々攻撃の間隔が狭まっていく。手の空いていたフランチェスカとダンテ君も攻撃に加わる。
すると、全力を出す前に盾は根を上げた。
「攻撃やめーッ」
見るも無惨な鉄屑のできあがりである。
次に登場したのはピノである。
誰もが、ショックを隠せないまま、少年が何をするのかと興味深く見守る。
彼が取り出した物は新型銃『アローライフル』だ。因みに我が家の備品だ。鏃も僕が作ったチート品ではなく通常の物だ。
ピノは銃の腕をひけらかすべく特設会場を出て、遠くの木に登った。元々ある程度の射程を考慮した武器なので、公平を期すためにもその方がよかった。
僕とロメオ君とヘモジが特設会場と観客の間に入り、盾を構える。爆風を避けるためである。
「用意! てッ!」
エンリエッタさんの合図とともに鏃は放たれた。
一直線に飛んできて爆発を起こした。
盾は吹き飛んだ。歪んだ盾の後ろの木偶はシロアリに食われた柱のように砕け散った。
「ああーっ」
絶叫が広がった。
旧式の装備が新しい武器に負けることはよくあることだ。ただ、その現実に立ち会う機会はあまりないことである。それらは大抵、多くの犠牲を伴いながらじわじわと押し寄せてくるものだからだ。
最後はリオナである。
歓声が上がった。
「人気者だね」
ロメオ君が笑った。
「今なら逃げられるんじゃないか?」
「諦めてなかったんだ……」
「冗談だよ」
「始まるよ」
リオナが剣を抜いた。そして身構える。持っているのは久しぶりに見るリオナの魔法剣『霞の剣』だ。
「始めッ!」
エンリエッタさんの合図とともにリオナは消えた。
次の瞬間、ガンッと音を立てて、盾が真っ二つになって地面に転がった。木偶も真っ二つになって転がった。
全員が絶句した。もはやはやし立てる者はいない。折角酔ったというのに台なしだ。皆厳しい現実に明日の我が身を重ねた。
「それでは、これから新型盾の実演を行なう。既に西方戦線の近衛第三師団と聖騎士団に採用されている物である。聖騎士団にはこれにフライングボードが一緒になった飛行可能な盾が採用されている」
どよめきが起こった。
 




