夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)66
「ミイラ取りがミイラになったか……」
「単に目的が一緒だったので、共闘しただけだと思いますけど」
僕は陛下と差し向かいで話をしていた。勿論僕は直立不動である。
「では、その屋敷を襲撃した後、奴のシナリオが変わったわけだな」
「男爵の事情はデメトリオ殿下が誰よりもご存じですから、襲撃が目的ではないと分かった段階で、肩入れしたのではないかと」
「実砲まで持ち出してか?」
「空砲ではソルディーニ伯爵を追い込めないと考えたのでしょう?」
「ガウディーノの報告では四十本の盗品のなかの一本で間違いないらしいな。で、なぜデメトリオが関与していると分かった?」
「盗まれていたのが空砲の二十本のうちの一本なら、男爵は計画通りに動いていたことになります。つまり単独犯だったと言えます。ですが、実際はそうはなりませんでした。こちらの情報操作を敵は信じて、無理をしてまで新たな二十丁を求めたはずなのに。使えないはずの銃の方を持ち出しました。本来盗むのなら二十丁のうちの一丁、空砲であるべきです」
「情報を漏らした者がおると?」
「はい」
「でなければ森に空砲が鳴り響いていたことでしょう」
「障壁があることもばらしたのか?」
「予測の範囲内でしょうが、当日内部に潜り込む手段がなければそうするしかなかったでしょう」
「男爵に招待状を持たせたのも……」
「そうなります」
「武器を伯爵に渡し、わざと男爵を狙わせたのも」
「ご明察の通りです」
「あの…… 僕の処分は?」
「お前は今回の討伐作戦に組み込まれている。全くの私人というわけではない。それに部隊が動いたのは警備責任者のレジーナの命令だ。お前はオブザーバーにすぎない。薬一瓶だ。それで勘弁してやる」
「ありがとうございます」
僕は頭を下げた。
「礼を言うのはこっちだ。娘の大事な一日をよく守ってくれた。礼を言う」
「そんな! 滅相もございません」
何を言っていいのやら。ダンディー親父に恐縮されては困る。困ります。
ガウディーノ殿下のおかげで、報告すべきことは少なくて済んだ。思ったより遙かに短時間で事が済んだ。殿下も披露宴には出ないといけないし、こんなところかもしれない。
そうだ、僕も着替えないと。
廊下で姉さんが待っていた。
「大丈夫だったか?」
「万能薬一瓶で許して貰えたよ」
「今日はめでたい日だ。恩赦だと思っておけ」
「そうするよ。姉さんも呼ばれたの?」
「お前に、急がないと着替える時間がないことを知らせに来てやっただけだ」
「姉さんは? 披露宴には?」
「勿論出るぞ。我らが『銀花の紋章団』のギルドマスターの年貢の納め時だからな」
僕たちは空港に続く廊下を並んで歩いた。
やけに姉さんのヒールの音が軽やかに聞こえた。
「全員、招待状は持ったか?」
姉さんが言った。
「大所帯だからな、先に入場して貰うぞ」
「はーい」
「それと置かれている料理には食べていいと言われるまで手を出すなよ。それから直に料理を取るな。欲しい物は既に取り分けてある皿か、近くにいる使用人に取り分けて貰うんだ。必ずだ。マナーで首が飛ぶこともあるんだ、ピオト! 聞いてるか?」
「は、はい!」
「僕たちも付いてますから大丈夫です。レジーナさん」
「ファイアーマンは大丈夫なの?」
「どういう意味だ、チビ」
「チコはこれで標準なの!」
「賑やかになりそうじゃの。ほほほっ」
「学院長がいて下されば安心です」
「みんな、いい子じゃから大丈夫じゃろ」
そう言いながらチコの頭に手を置いた。
「ロザリア、ご両親とお爺さんが来てるぞ。挨拶するなら今のうちだ。式が始まると近寄れなくなるからな」
僕たちは居残り組に後を任せて、特設の入場ゲートに向かった。
そこで一人一人入念にボディーチェックと荷物検査を受けた。
ピノがおもちゃの剣を持ち込もうとして取り上げられた。
披露宴会場の入口で二度目のチェックを受けた。
招待状の氏名を名簿で確認されて、予め決められたテーブルに案内された。
「作為的なものを感じるわね」
ロザリアが自分たちに用意されたテーブルの位置を見て呆れた。
「真ん中なのです」
リオナも周囲をぐるりと見回した。
アールハイト王国側の来賓席とミコーレ公国側との中間にテーブルは置かれていたのだ。
「まるで緩衝地帯じゃな」
アイシャさんも呆れた。
「問題は料理の置かれたテーブルが遠いことだよね」
ロメオ君の言葉に子供たちも頷いた。
「僕たちまでこんな前でいいんでしょうか?」
パスカル君が言った。
「構わん、構わん。席を決めたのは新郎新婦じゃ、誰も文句は言わんよ」
言われるとしたら座席を決めた新郎新婦だ。
学院長が真っ先に腰を下ろした。
「余り存じ上げないんですが」
「お前たちが今後も彼らと絡むなら、そのうち親しくなるじゃろう」
予言めいたことをおっしゃる。
「家に帰ったら両親に自慢してもいいよな?」
ファイアーマンが言った。
「きっと信じないわよ」
ロザリアが答えた。
「うちの両親も信じないかも」
オリエッタが発した言葉に、ヴェロニカも頷いた。
テーブルに招待状と対になる名札が置かれていた。
僕たちは名札に沿って、席に着いた。
厨房から匂ってくる香りに子供たちは全力で集中していた。
大皿がテーブルに並ぶ度に目を輝かせた。
その様子が面白くてパスカル君たちは笑った。
煌びやかに着飾った招待客が集まり始めた。
野暮ったい格好をしている僕たちには目もくれず、知った顔同士が握手を交わし、どこか空々しい挨拶をし始めた。
ミコーレ側からも招待客がどんどん入ってきた。王国の人間に比べると野暮ったさでは僕たちに近かった。
ミコーレの客たちは僕たちに気付くと、全員こちらにやって来て、まず僕たちと握手を交わした。
先に挨拶を済ませた者たちはわざわざ、後から来た者たちに僕たちの所在を告げて回った。
そして僕たちを見つけた連中は口々に「お目にかかれて光栄です」、「あなた方のおかげでミコーレは救われました」、「今度もまた我らに恵みを与えてくださった。小さな隣人よ」と好意的な言葉を掛けてきた。
今度もまた? もう湖の情報が漏れてるんじゃないのか? どうせ今日発表することだが。
その様子を見ていたアールハイト王国側の客人たちは、不思議そうに僕たちを見つめた。
空席が埋まるのと反比例するように料理が次々台の上に並んでいった。
やがて司会の開宴の口上が始まって、新郎新婦が入場してきた。
いつも以上の美男美女ぶりだった。
司会がふたりの紹介をするが、皆知っていることなので誰も聞いてはいなかった。両家の主賓の挨拶が始まるとさすがに水を打ったように静まり返った。
今なら胃に何も入らないだろうと思えるほど子供たちとパスカル君たちは緊張していた。
そしていよいよ乾杯である。全員が起立してコップを掲げた。




