夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)60
「ただいまー」
パスカル君たちと先生は兎も角、子供たちに長老、学院長が待ち構えていた。
館の方には正規の報告が行くのでこちらですることは特にない。
僕たちは装備を置くと、軽い食事とお茶を頼んだ。日暮れ前に食べているので空腹というわけではなかったが、一息つきたかった。
「どうじゃった?」
全員が食堂に集まった。アイシャさんやロザリアまで起きてきた。
そして学院長が聞いてきた。
「作戦通り、銃も鏃もすべて回収しました。屋敷にいた連中も一人残らず拘束しました」
「おおっ」
感嘆の声が上がった。
「それで、証拠は手に入りそうかね?」
「さあ、それは僕には。セラーティ男爵という生き証人は手に入りましたけどね。学院長ご存じですか?」
「男爵か…… さすがに名鑑を見んと分からんな」
「デメトリオ殿下は知ってたみたいですよ? 久しぶりとか言ってましたけど。殿下より少し若い感じの魔法使いでした。杖も持たないくせに魔法の威力がやたら高かったですね。定型でしたけど」
「思い出した! 魔法騎士を首になった男じゃ! よからぬ薬を売って、死人を出したんじゃ。確かデメトリオ殿下の部下も戦闘中に亡くなったはずじゃ。因果関係が証明できずに証拠不十分で釈放されたが、騎士団にいられなくなって、中央を去ったはずじゃ…… 確か今は北のどこぞの領地に匿われているとか、ソルディーニ伯の……」
宮廷財務長官、ソルディーニ伯爵!
北方貴族の雄、王国屈指の大貴族。国王でもおいそれとは手が出せない実力者。
そして、何より今回の事件の首謀者最有力候補である。
「よからぬ薬と言うのは?」
先生が尋ねた。
「確か…… 『山の老人の秘薬』とか言ったかの?」
僕は驚いた。
アイシャさんも目を見開いて僕の顔を見た。
あの薬は確かに物騒な薬だが、一度の服用で死ぬような薬じゃない。抗いきれない中毒性があったらしいが、僕が飲んだのは中毒性を排除した自作の薬なので、どの様な飢餓感に襲われるものなのか見当も付かない。
あの魔法使い、あれを常用させたのか?
いや、待てよ?
「セラーティ男爵はその薬を飲んだんでしょうか? あるいはまだ薬を持っているとか?」
「いや、薬物検査には引っかからなかったはずじゃ。薬も持っていなかった。持っていたら今頃この世にいないだろう」
本当に使っていないんだろうか?
「…… あの男爵、もしかしたら見掛け通りの人物ではないかも……」
あの薬は『覚醒薬』。様々な探知スキルを習得、人外の域まで劇的に伸ばしてくれる薬だ。
もし、もしもだ。あの屋敷で、状況がすべて見えていて、あえて捕まったとしたら…… いや、あれは偶発的な失敗だ。それは間違いない。
でもあえて侵入を見逃していたとしたら?
目的は?
本命の逮捕に協力したということか?
いや、そんな面倒なことをせずとも密告一つで済むだろう。
嫌な予感がする。
「当時の状況、詳しく知っている方をご存じありませんか?」
「師団内のことじゃからの。わしの知る限りじゃ、デメトリオ殿下かの。当時、男爵を最後まで追い詰めたのは彼じゃたからな」
一瞬、何か閃いた。
まさか、殿下の暗殺? いや、殿下の周りにはトップクラスの隠密部隊が配されている。隙なんてない。何か別の目的があるはずだ。
駄目だ、まとまらない。
ここで考えていても埒が明かない。どちらにしても急いで報告しないと。こちらの想像が当たっていたら、男爵は今頃……
「出かけてきます! 朝までには帰ります」
「どちらへ?」
「実家に行ってきます。用を思い出しました」
「リオナも行くのです!」
「明日の準備をして、もう寝ないと。明日はマリアベーラ様の大事な日だ」
「リオナは出られないのです……」
寂しそうな顔をした。まだ表舞台に出るのは時期尚早か。
すぐに戻ると言って僕は家を出た。
そうだ、例のアレを持ち帰ってやろう。
町は夜も深いというのにまだ賑やかだった。祭りの余韻が漂っていた。
僕はポータルでリバタニアのウェルカムゲートの前に出た。
夜も更けて門は既に半分閉じられていた。
「馬を貸してください!」
守備隊の詰め所に乗り込んだ。
「坊ちゃん!」
「坊ちゃんじゃないですか? どうしたんです? こんな夜中に」
「聞きましたよ。大活躍だったんですってね。魔法使いをふたりものしたんでしょ?」
ひとりは勝手に気絶しただけだし、もうひとりは勝手に自滅――
「そうじゃなくって! 馬だよ、馬! 馬を貸して! 館まで急いで行きたいんだ!」
「それでしたら厩舎の馬をお好きに使ってください。その代わり隊長がお邪魔してるんで、帰りに乗って帰って貰ってください」
「分かった!」
僕は裏手で馬を一頭借りて、館に急いだ。
実家の警備がいつになく厳重だった。
「まかり通る!」と言って突っ込んだら、息子でも首を刎ねられそうだった。
だから最初に僕を引き止めた兵士に向かって言った。
「デメトリオ殿下に緊急にお目通り願いたい! 急ぎだ、一刻を争う!」
「誰だ、貴様! こんな夜更け――」
兵隊がぶん殴られた。
「どうなさいやした? 坊ちゃん?」
知り合いの兵士だった。
「急ぎ知らせたいことがある。取り次いでくれ!」
僕はすぐに門を通された。
「お帰りなさいませ。エルネスト様」
「オースチン! まだ家の者は起きているか?」
「はい、本日はデメトリオ殿下も滞在なされておりますので、皆様、話が弾んでるようでございます」
「そうか、皆一緒なら殿下は無事だな」
「無事とはどういうことだね? エルネスト」
「兄さん! 男爵が今どこに投獄されてるか、知らない?」
「ああ、今回捕まった主犯か? それがどうかしたのかい?」
「殿下でも守備隊長でもいいから、今どこに投獄されてるのか教えて欲しいんだ」
「あら、どうしたの?」
母さんだ。
「まあ、エルネストちゃん。今日来るなんて聞いてないわよ、どうしたの? リオナちゃんも一緒?」
「急ぎの用件なんだ。入らせて貰うからね」
僕は扉の前に立った兵士の間を抜けて居間に入った。
「失礼します」
殿下も隊長も別れたばかりの僕が現れて驚いていた。
でも一刻の猶予もないので、単刀直入に尋ねた。
「男爵に面会したいんですけど、今すぐに」
「男爵だと?」
「今すぐにですか?」
「急いで確認したいことがあります。目鼻の効く者も借りたいんですが」
「どういうことだ?」
「それは男爵と話してみないことには」
「一緒に行こう」
殿下がそう言ってくれたので、兄と守備隊長と一緒に牢獄に向かった。
そこは子供の頃、絶対に近づくなと言われた場所だった。
地上三階地下三階の薄気味悪い建物の地下に通された。
「男爵は魔法が使えるので最下層に収容されたはずです……」
牢番がひとり狭い通路に倒れていた。
「まさか!」
僕たちは走り寄った。
「大丈夫か?」
抱き起こすと牢番は咳き込んだ。
よかった息がある。
僕たちは牢番に警備を厚くするように伝言すると奥へと急いだ。
幾つもの足音が細長い石壁の廊下に響き渡った。松明の明かりが揺らめいた。
僕は懐中電灯を照らした。
「開いている!」
独房の扉が一つ開いていた。
「仲間は助けなかったのか?」
「仲間じゃなかったのかも」
独房のなかはもぬけの殻だった。代わりに別の牢番が倒れていた。
「どういうことなんだ、エルネスト?」
「坊ちゃん!」
僕は大きく溜め息をついた。
牢番は気絶させられていただけのようで、起こすとすぐに息を吹き返した。肌の一部が火傷していて痛そうにしていた。
雷の魔法にやられたようだ。
話を聞けば、独房を確認したところ男爵の姿が忽然と消えたらしい。慌てて扉の鍵を開けたら、いきなり扉越しに雷を食らったというわけだ。
「どういうことだ?」
「あの男爵、アサシンの素養もあったってことです」
「なんだと!」
「でも我々の潜入に気付いていなかったじゃないですか?」
「気付いていたとしたら?」
「なんのために!」
「それを殿下に聞きに来たんです。教えてください。彼が中央から追われることになった事件について」




