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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第十一章 夏休みは忙しい
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夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)59

「うわっ!」

 慌てて魔法使いは手を引いた。

 割れた薬瓶が床に落ちた。

 魔力切れだな。結界を張る余力すらもうないらしい。

「誰だ、貴様ッ! どこの魔法使いだ! ここを誰の屋敷だと心得る!」

 書斎を仮の執務室にしているようだ。家具は備え付けで埃を被っている。

 中央に中年太りの杖を忘れた魔法使いが仁王立ちしていた。

 威勢はいいが、実戦経験は余りなさそうに見えた。実務は恐らく先の魔法使いが請け負っていたのだろう。

「架空の登記をしておいて言う台詞ではないと思いますが?」

 目が狼狽の色を示した。

「一応この地の者ですが、そちらの名をまずお聞かせ願えますでしょうか?」

 このフロアーにはもう伏兵はいない。目の前の男で最後である。

 男は口を真一文字にして、ただこちらを睨み付ける。

「名乗れませんか? だったら僕も内緒ということで。それより、結界を張る魔力も残ってないようですが、まだやりますか? 降参した方がいいと思いますけれど? もうお仲間も残っていないようですし」

「フッ、見えていなかったとでも思うのか?」

 男は足元を凝視した。

 視界がないにも関わらず、この男は僕の位置を捕らえ続けた。それは探知スキルを有している証拠であった。

 だが襲撃を察知するほど注意深くはなかったわけだ。


 探知スキルは獣人やエルフの能力と違い、生まれ持ったものではないから、常時使い続けることが難しい。せめて戦場にいる間、起きている間ぐらいは切らさずにおきたいものだが、レベルが低いうちはそれすらままならない。レベルが高くなるほど楽になるのだが、そう感じる前に大概訓練を止めてしまうのだ。都会に住んでいれば尚更だ。だから、能力の低い見張りに命を委ねることになる。

 もうひとりの魔法使いも同様で、それ故にこちらの部隊と鉢合わせをして、壁が吹き飛んだのである。近衛兵も事前に相手の魔力量を気に掛けていれば、接近の仕方も変わっていたことだろう。

 僕の場合、迷宮に潜るとまず全体を掌握することから始める。

 他のパーティーはいないか? 獲物は残っているか? 配置はどうか? 無駄な努力をしていては一日の稼ぎに影響するから自然と身に付いた。勿論リオナたちの探知能力に追い付きたいという思いもあった。

 だからここに来てすぐ最上階のふたりにも気が付いた。むしろアサシンの方がイレギュラーだった。

 しかし、問題はここからである。

 襲撃を受けてなお、この場に留まっているのはなぜか?

 勝てる自信があるからか?

 退路がないので、刺し違える覚悟をしたのか?

 仲間が隣りの部屋で戦っているというのに、ひとりこの部屋で何をしていた?

「答えは自ずと見えてくる」

 男の不自然な立ち位置が物語っている。

「なんの話だ?」

「なぜ未だにあなたの魔力は自然回復しないのかという話です」

 これ以上ない狼狽の色を見せた。それは他で消費しているからだ。

「そろそろいいんじゃないですか?」

「な、何を言っている!」

「転移術式…… ですよね?」

 僕は天井の模様を指差した。

「それと…… 転移ゲートの開発段階で生み出された魔導具ですよね?」

 男の後ろにある赤い壺のような物を指差した。

「魔力を溜めているのでしょう? 確か、発動後に暴発する不良品ですよね…… 違いました?」

「なぜそんなことを貴様が知っている!」

「その手の文献は山程読んだので。」

「いい気になるなよ、小僧! 貴様を部屋から押い出してからと思ったが止むを得えん! 間抜けな近衛どもを始末してからあの世に送ってやる! 転移ッ!」

 何も起こらなかった。

「なっ!」

 男は慌てた。

「転移ッ!」

 起こるわけがない。

「なぜだ?」

 根本的な問題なんだよね。

「転移ッ! なぜ発動せん! 起動しているのになぜだッ!」

「そりゃ、発動しませんよ。定員オーバーなんだから」

「なんだと?」

 男は僕の顔を呆けた表情で見つめた。

「その装置の定員は一名だけなんです」

「ナーナ」

 ヘモジが執務用の机の後ろから顔を出した。

 それ以外にも隠遁していた兵士たちがゾロゾロと姿を現わした。

「僕がこの部屋に足を踏み入れた段階で勝負は付いていたんですよ。如何に現代の転移ゲートが優秀かといういい証明になりましたね」

「そんな馬鹿な…… あの方は……」

「仲間ごと吹き飛ばす部下も部下なら、上司も上司ですね。恐らくゲートを開くのは、あなたの代わりに実務を引き受けていたもうひとりの役目だったのではないですか? だとすると、証拠隠滅を兼ねた口封じ――」

「久しぶりだな、セラーティ男爵。まさかこのような場所で会えるとはな」

 え? 爵位持ち?

 デメトリオ殿下がいいタイミングで姿を現わした。

 起死回生の一撃が不発に終り、万策尽きた魔法使いは肩を落とした。

 即行で魔法使い用の拘束具が付けられ、部屋から連れ出された。

「上出来だ。エルネスト。これ以上ない成果だ」

 何もかも吹き飛んだ隣りの部屋を見つめた。

「ま、この程度はな」

「今の男は?」

「ああ、腰巾着の一人だ。これで本命はほぼ確定だ」

「掃討完了だ。外に知らせろ」

 従兄弟殿も上がってきた。

 明かりが外に向けて振られた。

 護送用の馬車が次々、前庭のロータリーに入ってきた。

 増援で馬車の数が増えていた。アルガスからも借りてきたようだ。

「全員乗れそうだな」

「後は、証拠だ」

 それから屋敷中の探索が始まった。

 そして、ヘモジが踏みつぶした厩舎の隣の倉庫に置かれた荷馬車の荷台から『アローライフル』二十丁と鏃四十個を発見した。

 因みに囮として敵側に持ち込んだ鏃二十個はナンバリングこそ使用可能なものだったが、全くのダミーで、エフェクトだけの威力のない代物だった。


「帰るぞ」

「エルリンは策士なのです」

「何のこと?」

「あの魔導具のことよ。与えた上司も正確な性能までは知らなかったんじゃないかってこと」

「恐らくそうだろうね。ヘモジを見て簡単に気絶するような奴に、そんな物騒な任務、任せられないよ」

「ナーナ」

 ヘモジはまだ根に持っていた。

「精々疑心暗鬼になって貰って、きれいさっぱり忠誠心を洗い流して貰いたいもんだね」


 僕たちは明日の準備があるので、殿下と従兄弟殿に挨拶するとエルーダ経由で帰還した。

 デメトリオ殿下はこのまま従兄弟殿に同行してリバタニアに一泊である。明日、うちの親父たちと一緒に飛空艇での入場になるらしい。


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