ユニコーン・シティー2
できたてのベーコンが腸詰めと一緒の皿に載って姉さんの前に運ばれてきた。
湯気が立ってうまそうだった。
パンとスープとサラダを並べながらアンジェラさんが言った。
「ベーコンを自作してみたんだよ。味見してくれるかい?」
「ベーコン?」
味見にと、リオナたちの前にも薄くスライスされたベーコンが一山盛られた皿が出された。僕たちはとうに夕飯を済ませていたので、おつまみ程度だ。
ジューと焼ける脂のいい匂いがする。
「おっちゃんのとは違うのです」
「そりゃ、仕方ないさ。あっちはプロなんだから」
「でもおいしい」
エミリーは満足そうに笑った。
僕も一口いただいた。
「なるほど、薄味だけどいける」
「これなんの肉なの?」
姉さんが聞いてくる。
「豚だよ」
「ああ、だから大王豚狩ってたのね」
「黒毛狩ってたらコロコロになったです」
「コロコロ?」
「大王豚のこと。肉は黒毛だよ」
僕がフォローしておく。
「リオナ、それは何?」
「エルリンが作ったです。世界が逆さまなのです」
リオナは望遠鏡を姉さんに手渡した。
姉さんは筒をのぞいた。
「ぼやけるわね」
「筒が二重になってるから、調節すれば大丈夫だよ」
僕がアドバイスしてる横でリオナは姉さんの皿からベーコンを一枚ちょろまかした。
姉さんが無言になった。
「リオナ……」
リオナは固まった。
「返すです!」
「ベーコンは上げるわよ。わたしももうお腹いっぱいだから。それより、これあとで少し預からせて貰うわよ」
そう言って望遠鏡をリオナに返した。
リオナは慌ててベーコンを口のなかに放り込むと、タオルで手を拭いて望遠鏡を受け取った。
「いいわよね?」
僕に確認を取った。
「狩りに使うんだからすぐ返してよね」
皿が下げられると、姉さんは一枚の地図をテーブルに広げた。
「これが新しい町の地図だ」
四角い外壁に囲まれた町だった。町の中央には広場があり、東西南北に街道が走っていた。
「町の東側にはルブラン山脈がある。夏でも雪を頂いている山だから水源には事欠かないはずだ」
上流からの河川が堀と合流し、水堀が町の周囲を囲っていた。
「町は東側が高台になっていて、西が低くなっている」
「ほんとに何もないんだね」
アンジェラさんが口を挟んだ。
「区画整理を先にやってるからな。上物はまだ先だ。上下水道を先に通しておくつもりだから動き出してしまえば早いだろう。町の北東に領主の館、中央には大きな噴水広場を設けることになっている。南北街道に沿って商業施設を、東西にはギルドや練兵場――」
「大きさがよくわからないのです」
リオナの言葉にエミリーも頷いた。
「この一つの区画が大体お屋敷の大きさよ」
ふたりの目は見開かれた。想定していた大きさと違ったらしい。正直僕もこんなに大きな町をいきなり造るとは思っていなかった。
「半分はまだ森のまま手つかずなんだが。正式な移住は半年後を見ている」
「半年……」
「でもあんたたちには早めに、来月までには出立してほしいのよ」
「どういうこと?」
みんなが突っ込んだ。
「獣人側が先に移住することになるかもしれないから、パワーバランスを早めに取っておきたいんだ」
「でもここから町までは馬車で一週間ぐらいだろ? 早過ぎやしないかい?」
「正式な移住開始日前に、『銀花の紋章団』の移住組にも早急に入って貰うことになっている」
「面倒なことになったね。やっぱりユニコーンかい?」
アンジェラさんの言葉に姉さんが頷いた。
「当初の予定では獣人の数は全体の十分の一も想定してなかったんだ。このままだと三割を超えるかもしれない」
「将来の摩擦を考えると頭が痛いわね」
「そこで頼みがあるんだが」
僕を見た。
「あんたに用意していた土地が町の東南のこの辺り一帯なんだけど」
姉さんが指でなぞった範囲は街道で町を四分割しているうちの東南部全体、町の四分の一に当たる地域だった。
「この地区は幸いまだ区画整理が入っていなくて森がそのまま残っている状態なんだ。だからここを獣人の特区にできないかと思ってな。もちろん強制するものではないんだが。町に住みたい獣人は自由にしていいし。だが、彼らには彼らの生活習慣があるだろ? 取り敢えず明日の会合如何なんだが、あんたに特に予定がなければ」
「僕は家が建てられる土地があればそれだけでいいよ、姉さん」
「助かった。リオナもね」
リオナは首を傾げた。
「リオナの宝物が役に立つときが来たのよ。リオナのお爺さんはドラゴンスレイヤーとして獣人たちの間でも名の知れた人だったから」
「あのドラゴンの頭蓋骨?」
「リオナは人族と獣人族の架け橋にはちょうどいい人材なのよ」
「ちょっと、姉さん…… 子供を利用する気?」
「何かしろなんて言わないわよ。ただ特区の責任者の婚約者として町に住んでくれてるだけでいいのよ」
僕とリオナは顔を見合わせた。
「じゃあ、こっちは旅の準備をするとして。何から始めようかね。馬車も用意しないといけないし」
「あれ? 転移ゲートで行かないの? ポータルは?」
僕は疑問に思って尋ねた。
「フィデリオがいるからゲートは使えないんだよ。赤ん坊や幼い子はまだ自我が発達してないからね。それに荷物は手荷物だけじゃないだろ?」
そう言って部屋を見回した。
「新型のゲート置いて行ってくれれば、荷物だけでも運べたのに」
「そんな物騒なこと、できるわけないだろ。あれはまだ機密扱いだぞ。屋敷と一緒に運んでやる予定だったんだ。今更どうにもならんだろ? それに、お前たちには呼び水になって貰わないといけないからな」
「冒険者が何楽しようとしてるのよ」
アンジェラさんが僕の頭をポンポンと叩いた。
「旅の間みっちり鍛えてあげるわよ。そうと決まれば明日から活動開始だね」
リオナが言った。
「ベーコンなくなったです」




