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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第十一章 夏休みは忙しい
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夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)56

「思ったより軽微だった。手口も既に分かっているし、ロストしたナンバーも押さえた。お前の言う拡散の危機はないと言うことだ。出荷担当者がひとり殺されていたよ。家族の死体も上がった」

「そんな!」

「家族を盾に脅されていたんだろうというのが、爺さんの見立てだ」

「子供もいたのかい?」

「幼い女の子と男の子がひとりずつ」

 沈黙した。すると代わりにポットが噴いた。

 慌ててアンジェラさんが立ち上がった。

「で、何が行なわれてたの?」

「簡単なトリックだ。王宮からの発注リストに殺された担当官が手を加えていたんだ。数回に分けてかさ増しした発注を工房に掛けていたようだ」

「分からなかったの?」

「お前も知っての通り予定が遅れていたからな。正確な数字は担当官が把握していただけで、末端まで知らされてはいなかったんだ。配送段階では元の伝票と帳尻が合っていたので誰も気付かなかったらしい。因みに監査が入るのは三ヶ月に一度、次回は今月末だったそうだ」

「ざるもいいところだ」

「いや、本来直轄工房の人員配備は極秘事項だ。おいそれと担当部署が知られるわけがない」

「余程時間を掛けて調べ上げたようだね。今回の一件は用意周到というわけだ」

 姉さんのカップに琥珀色の紅茶が注がれた。

「かさ増しした量は三十丁、鏃六十個。ただし鏃の残り二十個は担当者が死んだせいでまだ倉庫に眠っていたので押収できた」

 銃だけが十丁行方不明と言うことか。ただの筒だけじゃ何もできないだろう。鋳つぶして小遣い銭にでもするしかないな。

「なぜ、今になって?」

「挙式を襲撃するとは聞かされていなかったからじゃないか? もめたせいで、家族を殺されたか、先に殺されたか」

「死んでしまってはね」

「分からず仕舞いか」

「でもそのおかげで、二十個の鏃は敵の手に渡らずに済んだ」

「敵の正体は?」

「オルランドのことか?」

 姉さんは紅茶を啜った。

「尋問できればいいのだがな」

「こっちが隠密行動してる間は駄目か」

「危険自体は去ったが、ここで終らせるのはな……」

 パスカル君たちとの楽しいバカンスがまだ半月残ってるんだ。こんなことはすぐにでも終らせたい。

「こんなことをしていては湖の調査が遅れてしまう」

「手はないのかい?」

「襲撃が始まれば犯人を特定できる可能性はあるんだがな」

「どうやって?」

「爆心地にいたいと思うか?」

「ああ、こっそり逃げ出した奴が黒幕というわけか」

 てことは姉さんは式に参列するクラスの重鎮の仕業だと思っているわけか?

「重鎮が挙っているときが狙い目だろうからな。一網打尽にするなら式の途中を狙うだろう」

「でも式場から離れたという理由だけじゃ捕まえられない」

「罠にはめようと思う」

「罠?」

「相応の責任は取らせないとな」

 

 僕たちの夏休みを返上しての一大作戦が始まった。



 火後月二十八日、スプレコーン建都一周年式典の日を迎えた。

 パスカル君たちが宿泊所に泊まることなく僕の部屋を占領し続けて早十日ほどが経っていた。

 宿泊所の方を解約したら、怒られるどころか「ありがとう」と両手を握られ、礼を言われた。余程美味しいビップな客がいたのだろう。うちは大家特典で無料だったからな。

 もうすぐ中央広場で式典が始まるが、既に広場は大勢の人たちで賑わっていた。

 音楽隊が今年も広場で軽快な音楽を奏でていた。

 昨年は北に人族が、南に獣人が別れて並んでいたが、今年は入り乱れて、演壇を囲んでいる。 ユニコーンの子供たちも既に入場していて、並び始めていたが、その周りには子供たちが屯していた。

 一年で大分砕けたな。

 空に鐘楼の鐘が鳴り響いた。驚いた小鳥たちが城壁から羽ばたき飛び立った。

 音楽隊の音楽が止み、ファンファーレが式典開始の合図を告げる。

「これよりヴァレンティーナ・カヴァリーニ辺境伯領、領都スプレコーン建都一周年記念式典の開催する!」

 歓声が上がった。今年も魔法使いが空に色取り取りの巨大な魔法陣を放ち、城壁に控える兵たちは祝砲を捧げた。

 そして騎士団の入場が始まった。

『剣に巻き付いた竜と向かい合う一角獣』の旗を高々と掲げ、完全武装した軍馬とそれに乗った騎士たちがその下を通り過ぎる。

 今年は、明日の結婚式の警備で守備隊のほとんどが出払っているので、騎馬隊だけの寂しい入場になってしまった。その分ユニコーンの数は興味本位な者たちも含めて昨年の倍はいる。

 そして、いつもの取り巻きに守られたヴァレンティーナ様の登場である。今回姉さんは空中庭園の警備に回っていて姿はなかった。が、代わりにドナテッラ様が警護に就いていた。母さんの愛弟子。姉さんにとっての姉弟子にして、アシャン老の義娘。不足はあるまい。

 ロッタとカーターもいつになくめかし込んで参列していた。

 貴賓席には貴族のお歴々に混じってうちの両親とフェデリコ・アルガス伯爵も収まっていた。それに今回はお爺ちゃんや学院長、この国の大臣クラスが大勢詰め掛けていた。

 ガウディーノ殿下も王家のご家族を引率して飛空艇に乗ってやってきた。貴賓席には普段見ることのないやんごとなきそうそうたるメンバーが列席していた。なんだかんだ言って美男美女の家系であることがよく分かった。遷都でもしたかのような煌びやかさだった。観客たちも余りの壮観さに言葉を失った。

 国王陛下とレオナルド殿下だけは明日、式場に直接乗り込むらしい。宰相殿は今回は王宮で大人しく留守番だそうだ。

 国の中枢が、今、目の前のひな壇の上に雁首揃えて並んでいる。襲撃には持って来いの状況であった。

 だが、襲ってこない確信があった。本命がいないことは元より、より大きな収穫が控えていることが分かっていたからだ。


 重鎮のなかには大舞台でしゃべりたくなる人もいるようで、来賓の挨拶が延々と続いた。下から突き上げられ嫌々挨拶する者たちの多くは短く挨拶を済ませ、冗長な者より遙かに大きな喝采を受けていた。

 ひな壇の上にはパスカル君たち学生たちが配していた。魔法学院の生徒であるというメリットを最大限に利用して貰うことにしていた。

 僕は姉さんがいないので、今だけ、ヴァレンティーナ様周辺の警護をしている。ひな壇のガードはお爺ちゃんと学院長がいるので安心だ。

 そして、いよいよ計画のときは来た。


 パスカル君たちはガウディーノ殿下の手前の席に着いていた。本来王家の方々の周囲には警護が貼り付くもので子供というのは有り得ない話なのだが、彼の席の前は異様に見晴らしがよかった。

「例の件はどうなったかな?」

 前屈みになってあからさまにパスカル君に尋ねた。

「はい。工房査察の父の話では、四十個の鏃は既に期限が切れているそうで、もう使えないそうです。ですから最初に紛失した物は心配無用とのことでした」

 事件に関係ない者には何のことだか分からない内容だろうが、犯人やその周囲の偵察要員が聞いていたらどんな顔をしただろう? 内心、青ざめていたに違いない。

 殿下の席は貴賓席のほぼ中央。声を潜めていてもほぼ全員に聞こえてしまう位置取りだ。

 それをパスカル君は声を掛けられて嬉しくてたまらない学院生徒を見事に演じて、覇気のある返事をしていた。あからさまだが、彼の服装、年齢、父親の嘘の役職がすべてを許容した。

 正直笑いをこらえるのに苦労した。いくら事前に練習を重ねてきたことだとしても、見事な役者ぶりだった。

「残りの二十個はどうなった? まだ見つからないのか?」

 ガウディーノ殿下も迫真の演技だ。

「発見いたしました、殿下。たった今、報告がございました。デメトリオ殿下の遊撃部隊がエルーダの隠れ家を発見したとのことでございます。今夜中に回収する予定だそうです。工房からの追いかけっこにようやく終止符が打てますね。これでデメトリオ殿下の肩の荷も下りましょう。明日は安心して式に列席できます」

 さすがにこの台詞をパスカル君に言わせるわけにはいかないので、タイミングよく現れた側近に言わせた。

 なぜデメトリオ殿下配下の遊撃部隊なのかと言えば、敵の運搬ルートが多くの領地を跨いでいたからである。一々領主にお伺いを立てて追跡部隊を組織していては後手に回る。半月もあればどうとでもなったのではあるが。情報の漏洩を考えると領主たちに説明するわけにも行かないので、適当にでっち上げた盗賊団を追跡していると言って、天下御免で関所を越えて来たわけである。だがこれも王家が焦っていると見せかけるための演出である。

 僕の与り知らぬところで、数日前、襲撃情報を掴んだ王家が右往左往するという事態が起こっていた。実に大掛かりな仕掛けをしたものである。

 デメトリオ殿下の役は相手を追い詰める追跡者だ。領線を無視して迫る狼に追い立てられた連中はどうするか?

 敵はまだ余裕であった。何せ作戦決行は明日なのだから、積み荷はヴィオネッティー側の屋敷に運ぶべく、今夜にはとっくにエルーダを越えている予定だったからである。

 同じ疑問をパスカル君はガウディーノ殿下に尋ねた。すると端で聞いていたアルガス領主フェデリコ君が笑った。

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