夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)55
失敗の報を伝えた。
「それならいい手があるのです」
リオナが代替案を提案してきた。
急きょ先生が呼ばれた。
先生はやってくると早々、簡単な状況説明を受けた。
「わたしは何をすれば?」
「鏃を、大きめの特殊な魔法の矢の鏃だと思って貰っていいんですが、それを四十個ほど、今夜中に破壊して貰いたいんです。荷はあの幌馬車のなかなんですが」
「あの馬車、中が見えないように結界が施されていますけど?」
行商人がよくやる手だ。何を運んでいるか見破られなければ、襲われる危険も少ないというわけだ。勿論幌を剥げば中は見られるから、関所の荷改めの度に怪しまれることはない。
それを目印に襲う盗賊もいるが、大抵三度目辺りで荷台に隠れている討伐隊に討ち取られて終わりである。隊商を組めない弱者の苦肉の策である。
「屋敷の周りに結界がないことは確認済みです。直接幌のなかに転移しますから大丈夫ですよ」
「断われないんでしょうね?」
「安全は保証します。僕たちが必ずお守りします」
中身をすり替えられないと分かった今、もう先生の能力にすがるしかないのである。
「破壊すればいいんですね?」
「はい、発動するのではなく、破壊して貰いたいんです。なるべく傷は少なめで」
「四十個全部?」
「はい」
ゲートを開いて今度は直接、勝手知りたる荷台のなかに潜入した。念のためにオクタヴィアとゼンキチ爺さんが付いてきてくれた。爺さんは、最悪のシナリオを想定して、アサシンに徹して貰うためだ。
「ありそうですか? 明かり点けましょうか?」
「いいえ、このままで大丈夫です。却って神経が研ぎ澄まされます」
しばらく闇のなかで先生は目を凝らすと、鏃の在処を見つけた。
「見つけました。本当に大きな石ですね」
全部の樽を下ろさないと取り出せないような場所にあった。
「魔石(大)を使った鏃です」
「物騒な理由が分かりました。では破壊しますね」
「いーち、にーい、さーん」と数を数え始めた。本当に大丈夫なのか不安になるくらい簡単に処理していった。
「全部同じ石なんですか?」
「術式が読めるんですか?」
「いいえ、細かすぎて何が書かれているのかさっぱり。相当高度な術式なんでしょうね。ただ、破壊しようと思うと大体同じ場所に亀裂が入るもので」
もし先生に簡単に解読されたら別の問題が起きてしまうからな。
カウントを再開した。
四十個を破壊するのにそう時間はかからなかった。
「済みましたよ」
「撤収します」
全員が幌のなかに入ってきた。僕はゲートを開き、見晴らしのいい裏山に戻った。
「取り敢えず完了しました」
「ご苦労様、こちらの作戦が成功した折には、先生には相応の謝礼をさせて頂きます」
先生は恐縮した。
「今日のところは帰るとしましょう。後はうちの守備隊に任せましょう。伯爵に話すかどうかも検討しなければ」
「いざ使う段になって不発だったときの奴らの顔が見物じゃな」
爺さんが笑った。
「試射ぐらいするんじゃないですか?」
「前線での情報を持っているなら試せんじゃろう? 人里で試した途端に騒動が起きる。既にどこかで試したか、前線で確認していていると見るべきじゃな」
「いきなり本番ですか……」
「おぬし魔法の矢を一々試射する口か?」
爺さんに諭された。
「気の毒なことじゃな」
アイシャさんは人ごとのように言った。
僕は怪しまれないように迷宮の脱出ゲート広場にゲートを展開した。
「ギルドに知らせますか?」
「いいや、どこに敵の目があるか分からん。後は専門家に任せよう」
スプレコーンの暗部の実力知らないんだよな。知らないってことは凄いということなのかな?
遅い帰還になってしまった。
「疲れたー」
先生も慣れないことをしたのか、ぐったりソファーに沈み込んだ。
「大変でしたね?」
パスカル君が階段から下りてきた。
「起きてたの?」
「はい、みんな、まだ寝付けずにいますよ。書庫のなかのお宝本を読み出したら止まんなくなっちゃって」
「いくら明日も休みだからって、そのうち姉さんから呼び出し食らうぞ」
「それなら願ったり叶ったりですよ。これからお食事ですか?」
「風呂に入って、それからだな」
「エミリーさんからリオナちゃんに伝言です」
「なんですか?」
「『明日学校だから忘れないでね』だそうです」
「はうッ! すっかり忘れてたのです」
「宿題は?」
「エミリーの写させて貰おうと思ってたです……」
お前の方が上級生だろうに!
風呂に入ってさっぱりすると、用意されていた食事をふたり分温め直した。それを宿題をしているリオナに運んでやることにした。余程焦っているのか、食事をするのも忘れているようだ。
先生はまだ風呂に入っているようだった。
ロザリアたちは既に部屋に戻って休んでいる。ヘモジもオクタヴィアと一緒に居間の定位置に転がっていた。
「ありがとうなのです。これで元気百杯なのです」
それを言うなら百倍だよ……
宿題を見せて貰ったら算数と一般常識の穴埋め問題だった。
一時間はかからないか……
「いつもみたいに忘れた振りしたらどうだ?」
「もう通用しなくなったのです。こないだ行ったとき、宿題を忘れた子がいたです。その子だけ宿題が倍になってたのです。次は四倍なのです」
よっぽど宿題やらなかった奴が多かったんだな。
「宿題を用意する先生も大変だな」
「毎年使う物だから、問題ないと言ってたのです。来年の生徒に悪いことしたのです」
学校もカリキュラムを増やそうといろいろ模索してるからな。
僕は宿題に最後まで付き合い、自分が片付けるというリオナを制止して食器を下げて眠りに就いた。
姉さんが今夜中に血相を変えてやってくるかもと思っていたのだが。さすがに情報を求めるには早すぎるか。
翌日は寝坊した。リオナはというとしっかりエミリーと学校に出かけたようであった。
待ち人が来たのはお昼時だった。
「すまない、アンジェラ。わたしにも何か作ってくれるか? 朝から何も食べてないんだ」
第一声がそれだった。
「うちは食堂じゃないんだけどね」
パスカル君たちは美味しいと評判の北の砦のレストランに行って留守だった。結局、全員朝方まで読書していたみたいだったが。
「先生はいないのか?」
「パスカル君たちと休暇を満喫中」
「爺さんは?」
「早めに食って、道場に戻った。きょうは守備隊の訓練の日だから。ロザリアは――」
「さっき、そこで会った。教会に顔を出すらしい」
「わたしも聞いてていいかい?」
「一品増やしてくれたらな」
アンジェラさんが、デザートを出す約束をして近場の椅子に腰を下ろした。
「まずはお前が懸念していることからだが。昨日、魔法の塔の直轄工房に筆頭自ら調査に入った」
「お爺ちゃんが?」
「事態が事態だからな。参列者は周辺諸国の重鎮ばかりだ。ことと次第によっては侵入を許した各領主はとばっちりを受けることになるだろう。お前の予想通り、南部は相当不味い状況に追い込まれることになる」
「姫様も危ないのかい?」
「あいつは王族だし、何かあっても被害者面してれば何とかなるだろうが、この町の首はすげ変わるかもしれないな。そうなったら我々の努力はすべて水の泡だ。エルネストの別荘にでも全員避難しなきゃいけなくなるかもな」
「で、調査結果は?」




