夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)53
早めの昼食を取ったせいで、小腹が空いた。このペースではゴールまで辿り着けそうにないので手頃なところで手を打つことになった。
食堂で軽めに腹を満たしていくことになり、僕たちはいつもと違う客層のなかに入っていった。女子はそれを気にしてか浄化作業に余念がなかった。
「女性店員、増えてないか?」
冒険者には男やもめの荒くれ者が多いから、女はうちでは雇わんとか言ってたのにな。
「メニューの品も増えてるのです」
一日の反省をしながら、新メニューのチーズケーキをホールごと買って分け合い、紅茶を楽しんだ。普段「肉、肉」とうるさいリオナも甘い物に目がないところは普通の女の子だった。
「喉も潤したことだし――」と、先生と学院長が席を立とうとしたときだった。
リオナが引き止めた。
「奥のテーブルで面白い話をしてるのです。もう少しいるのです」
ふたりはリオナに従って腰を下ろした。
「一体どんな話かの?」
「噂話をしてるです。もうすぐ終るのです」
一番奥のテーブルの使用人風の女性ふたりが立ち上がった。仕事をさぼって甘い物を食べに来ている風にしか見えなかった。
大した話は聞けそうにないが……
「オクタヴィアはあのふたりを追い掛けるのです。どこの家の者か探るです」
名前を呼ばれて、首をもたげたオクタヴィアはカウンターを通り過ぎるふたりを目で追った。
「悪人には見えない」
「悪人は雇い主かもしれないのです。どの家か確かめてくるのです。無理はしないのです」
オクタヴィアは椅子から飛び降りるとふたりの後を追い始めた。
「で、何を話してた?」
ふたりがいなくなったところで尋ねた。
「あのふたりは雇い主を間違えたのです。あのふたり、結婚式の襲撃計画を聞いてしまったのです」
「結婚式? 誰の?」
「空中庭園でやる結婚式なのです」
全員が色めきだった。
「噂が本当か確かめるのです!」
「どこに? 雇い主の家か?」
「あのふたりの話ではエルーダからリバタニアを抜けて、南下した所に使われていない貴族の屋敷があるらしいのです。ふたりは物資をそこに送る手配するように言われて困惑してたのです。あの街道は魔物が結構出るから護衛を雇わないといけないし、領境を越えるには税金が掛かるからと。リバタニアで調達すればどちらも安く済むのに、物資はすべてここから持ち出すと言われて、雇い主にもう一度確認するかどうか、ここで話し合っていたのです」
「雇い主が屋敷を買い取ったんじゃないのか? ここで使っていた家具を使い回したかったとか?」
「それなら、使用人が迷うことはないだろ?」
「別の話もしてたのです」
「何?」
「空中庭園を南西方面から襲撃するという話なのです」
全員が目を丸くした。
「雇い主が話してるのを偶然聞いてしまったらしいのです。砂漠から入り直して森に――」
「無理だ。森にはユニコーンがいる」
「だからそれだけの人員と物資を投入するらしいのです。ふたりは最近雇われたばかりで資金がどこから来てるのか分からないと言ってたです。ついでに今辞めたら給金も貰えないから、何も知らなかったことにすると言ってたです」
「それなりの人員とは?」
「言ってなかったのです」
「この国の全軍を投入しても一日や二日で殲滅できやしないぞ。どちらかというと返り討ちにあって全滅するのが関の山だ。獣人たちも黙ってはいないだろう」
「ユニコーンをその辺の馬ぐらいにしか思ってないんじゃないですか?」
「スプレコーンの子供たちを見て勘違いしてるのかも?」
その可能性は大だな。一度でも成人のユニコーンを見たら喧嘩する気が失せる。
「足の速さも考慮に入ってないのです。一時間あれば森の半数のユニコーンが集結できるのです」
「ユニコーンの生態は世間では余り知られてはおらんからのう。数頭やれば事足りるとでも思っておるのかもしれんのう」
「式典まではまだ大分日数があります。守備隊に話しを通しておくだけでよいでしょう」
「取り敢えずことの信憑性だけでも確認しておきたいな」
「ナーナ」
オクタヴィアが戻ってきた。
「家、分かった。怖い人一杯いた。なんか変だった」
そう言うと冷めた紅茶を飲み干した。
「僕たちだけで行きます。みんなは先に戻って。何かの間違いかも知れないし、報告は帰ってからと言うことで」
「いいじゃろ、隠密行動はわしらにはできんからな。じゃが、取り敢えず家の家紋を見ておきたいの」
僕たちはその場で解散して目的の家に向かった。
この狭いエルーダ村の開拓地にあって不釣り合いなほど大きな庭を持った家だった。
「どうやらバックにはそれなりのコネと資金がありそうじゃな」
母屋も家というより、中堅どころの屋敷風だ。
狭い開拓地に皆気を使って建物を建てているというのに、確かにこれを建てた人物は傲慢な人物であるようだ。もしかすると領主の決めた規則の範疇を超えているかも知れないな。となれば、アルガス領主にも顔の利く人物ということになる。
また身内か…… 一瞬、婚姻をよく思わない国外の勢力だと思ったのだが。
屋敷の鉄製の門に目的の家紋が刻まれたプレートが嵌め込まれていた。
「オルランドの家紋じゃな」
「ご存じで?」
「ファーレーンとの貿易で財をなした一族だ。今はトゥーストゥルクに利権を持って行かれてるらしいがな」
「ラーダ王国の?」
「いや、オルランドは我が国の北方貴族じゃ。源流はラーダだが、そのコネで、当時対立していたラーダとも貿易ができた関係で財をなし得た」
「婚姻を阻止したい理由は?」
「最近は南方の貿易が盛んじゃからな。実入りが減っておるのだろ。泣きっ面に蜂と言ったところかの。南を仲違いさせて、貿易を北に戻そうというのじゃろ」
「そんな!」
「そうそううまくはいくまいにの。戦争特需でも見越しておるのかの? 北は戦場にならんと思うて好き勝手しおるの」
学院長は容疑者の正体を確認したので、後は僕たちに任せて帰っていった。
敷地には入るなと釘を刺していった。入れば問答無用で殺されるからだ。できるかどうかは兎も角として。
こちらも今の段階でことを荒立てたくはない。遠巻きに情報収集するだけに留めることにした。式典までまだ半月あるのだ。
「辺りを一周してみるか」
オクタヴィアはすぐに行動を開始した。門の隙間を通って木に登り、屋敷の屋根に陣取った。そこで文字通り、猫を被って情報収集を開始した。
僕たちは庭を遠巻きに一周すると、索敵を警戒して一旦その場を離れ、山遊びをする振りをして庭を見下ろせる裏山に登った。
「周囲に敵影なし」
「いないのです」
探知スキルを働かせると、母屋のなかに十人ほどの反応があった。半数以上は使用人たちだ。夕食作りに精を出している。馬屋に数人。使用人ではなさそうだ。酒をやりながら剣を弄んでいる。庭では大きな荷物を馬車に積み込む作業が延々と続いていた。
「ナーナ」
オクタヴィアからの第一報だ。
「『今夜は豚肉料理』、コラ」
ヘモジの言葉をリオナにも聞かせたついでに突っ込んだ。
「余計なことはいい」
「ナーナ」
何が『掴みはオーケー』だ。一体どっちのボケだ?
「ナッ! ナナナ? ナナナナ? ナーナ?」
ヘモジが突然慌てて聞き返している。
「ナナナ、ナーナナ!」
「『新型銃が二十丁樽のなか。鏃四十個』だって!」
「大変なのです!」
なんで、『アローライフル』が? 西部への配給品が流れたのか? 大変だ。とんでもないことになる。冗談抜きでユニコーン諸共、皇太子夫妻どころか双方の重鎮を抹殺するつもりだ!




