夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)51
「そんなことがあったとはな」
姉さんが定期便のスルメをくわえながら素っ気なくそう言った。
「知ってたんじゃないの?」
「いいや、学院長が匿えと言うから匿まっただけだ」
「…… そうなんだ」
「世の中、知らぬことだらけだな……」
姉さんがしみじみと天井を見上げた。
『これおいしいです、ご主人。これチョビの好物にします』
チョビが話の腰を折りに来た。
チョビがマヨネーズを付けたげそをでかい鋏で摘まんでちらつかせた。
「腹壊すぞ」
『好物とは得てしてそう言うものです。ご主人』
「ブッロパタータはどうすんだ?」
どうやらチョビは脂っぽい物が好きなようだ。
『ではこちらは次点ということで』
「お前の召喚獣はどうなってるんだ?」
姉さんに呆れられた。
「僕が知りたいよ」
パスカル君たちと嬉しそうに合流する蟹の後ろ姿を見ながらしみじみ思った。
「レジーナ先生、わたしたち明日の予定はどうなるんでしょうか?」
真面目なビアンカがソファーに踏ん反り返っている姉さんに聞きに来た。
「折角空いた三日間だ。有意義に使わないと、と言いたいところだが、ラウラ先生を鍛えなければいけないからな。好きにするといい」
「え?」
驚いたのは先生だ。
「酷なことを言うようですが、スキルを持った以上捨てることはできません。本人が望む望まないに関わらず、今後は先生を当てにする者も増えるでしょう。良きにつけ悪しきにつけ、この件は一生付いて回ります」
先生に向けた言葉に誰もが顔色を曇らせる。
学院長とゼンキチ爺さんだけは静かにお茶を啜っていた。
「そのとき『役に立ちません』では話にならないだろ? 先生が生き抜くためにも必要なことだ。魔法の塔も気に掛けるつもりだが、先生は子々孫々のためにもこの際、使い方を熟知しておくべきだと思う」
姉さんはビアンカに手を貸してやったらどうだと言った。
「エルネスト」
「何?」
「蓄えている魔石を貸して貰うぞ」
「それならリオナが貸して上げるのです。リオナ銀行は無利子なのです」
「どれくらいある?」
「エルリンが最近ミスリル集めに一生懸命なので、リオナが代わりに魔石集めをしてるのです。ちょっと待ってるのです」
リオナは階段に消えた。
戻ってきたリオナの手には魔石が入ったままの回収袋があった。
「すごい! 魔石(大)がこんなに!」
色取り取りの魔石(大)にパスカル君たちが驚いた。
そりゃ、初級の迷宮で拝めるものではないからな。しかも袋一杯。魔石の交換屋で(特大)と交換すると、あれが後五袋ぐらい出てくるのだ。
「こんなにでかいのはいらん。魔法の矢で使うぐらいの物でいい」
「うちには魔石(小)はないのです。小さいのは全部売ってしまったのです」
「ナーナ!」
「オクタヴィアたち持ってる!」
スルメをくわえた小人と猫が立ち上がった。そして駆け出した先はなんとリオナの森、神樹の木の根元だった。そこに置いてある素焼きの壺が目的の品であった。
「なんだあれ? いつから置いてあるんだ?」
木の蓋を開けるとぎっしり屑石と魔石(小)が入っていた。
「神樹へのお賽銭だと思ってたです」
「御利益でたまに増えてる」
オクタヴィアが真剣な顔で言った。
そりゃ、子供たちがお布施入れと間違って放り込んでいくからじゃないか? ていうか何やってんだよ、他人の部屋で!
「リオナもたまに入れてたです」
おい。
パスカル君たちを交えての仕分け作業が始まった。見た目小さな壺だが、結構、入っていそうだった。
「お前ら、いつ魔石集めしてるんだ? 最近、魔石を採るようなことしてないだろ?」
「弓矢の修行したい人、ウツボカズランの巣まで案内する。交換条件、お駄賃貰う」
部位の回収が間に合わなければ魔石になるからな。ウツボカズランだと確かにこのサイズだ。
最近いなくなると思ったら、迷宮でバイトか。
「あとはエミリーに頼んで使い残しを貰ってる」
全員の手が止まった。
どうやら、まだ使える石かどうか判別するところから始めなければならないようだ。
「いい修行になりそうだな」
姉さんは含み笑いをした。
「ちゃんとした物を明日、狩りを始める前までに用意しておくよ」
小声で返した。
一足先に交換屋に行って、両替して貰うしかないだろう。
翌日、約束通り僕は一足先にエルーダに向かい、クヌムの村で両替を済ませておいた。みんなが来るのをミートパイを食べながら待ち、集まったところで石を預け、僕たちいつものメンバーはミスリル回収の任に就いた。
向こう側の指導教官は恐れ多くも学院長が務めてくれることになっている。まさに学院関係者で構成されたエルーダ攻略パーティーである。リオナとナガレも案内係として同行することになっている。
僕も終わり次第、ヘモジとオクタヴィアを連れて合流する予定である。
パスカル君たちのパーティーは、一階から順に攻略するらしい。今の彼らならフェンリルも相手ではないだろう。上層階はすぐにクリアすることだろう。
僕とヘモジとオクタヴィアは保管箱にミートパイを忍ばせながら、ジュエルゴーレム狩りにいそしんだ。
いつも通りの戦果を収め、中庭でミートパイを食べて小休止である。
「向こうはうまくいってるんだろうな……」
「魔石のまま、作動しない。術式書かないと。書く人、学院長だけ。目が遠いって言ってた」
パイ生地がボロボロと髭や顔にまとわり付いている。
「…… ラウラ先生、魔石の専門家だったよな。確か論文も魔石関係だったろ? 自分で術式施せるんじゃないか?」
「ナーナ」
レベル低そうだって?
「護符を貼って発動するのもありだよな?」
「そんな贅沢するの若様だけ!」
オクタヴィアに突っ込まれた。
「それじゃ、腹ごしらえも済んだことだし、助っ人に行きますか」
ふたりは大きく頷いた。
パスカル君たち一行は、地下一階でフェンリル相手に最後の一戦を行なっていた。既に巣にいた二体は葬ったようだ。最後の一体に陽動を仕掛けていた。
足を凍らせる戦法でうまく距離を置きながら、じわじわと後退、罠のある岩場まで導いていた。
びっこを引きながらフェンリルは追い掛け、術中に嵌まっていく。
狭い岩場に追い込まれて、もはや退路は脱出用の階段のみといったところで、フェンリルは仕掛けてきた。持ち前の俊敏さを発揮すべく、凍っていない後ろ足で地面を蹴った。
が、前足が接地するかどうかというタイミングで地面が破裂した。
フェンリルは吹き飛び、頭から一回転して地面に叩き付けられた。
「まだ息がある」
リオナが剣を突き立て止めを刺した。
みんながラウラ先生とハイタッチを交わして喜んだ。
「おまたせー」
ちょうどいい場面で合流できたようだ。
「術式は簡単な発動術式にしてある。その方がいいじゃろ」
学院長が言った。
「ここから先はアンデットのフロアーが続きますから、火の魔石の方がいいですね」
ラウラ先生が隣で術式を刻み始めた。
やはり先生も刻めたか。
「客層が随分変わりましたね?」
食堂のテーブルを見回しながら、パスカル君が言った。
「冒険者がいない時間帯は、今はこんな感じだよ。村が大きくなって冒険者ばかりではなくなったからね」
「お、来た来た」
みんなの定食とミートパイがやって来た。
スタートが早かったので、早めの昼食になった。
僕たちは既に小腹に入れてきたので、さすがに今からは入らない。ジュースだけに留めた。




