夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)46
設定時間間違えたw
ここで魔法を使うのは危険だ。ただの小者ならいざ知らず、魔法を使う小者とあらばドラゴンも容赦しないだろう。
「五匹なのです!」
「迎え撃つ!」
ここは攻撃魔法以外のスキルに頼るしかない。
僕は『千変万化』を敵の俊敏さに合わせて、速さ重視で発動した。
リオナとアイシャさんが既に姿を消している。
みんなを守るためにロメオ君とファイアーマンが盾を構えている。ロメオ君の肩の上にはオクタヴィアが、足元にはミョルニルを構えたヘモジがいる。
盾も付与が発動すれば魔力が放出される。『魔力探知』の微量な魔力にすら過剰反応するドラゴン相手に、食屍鬼の攻撃を防ぐ程度なら気付かれないと思うのは早計だろう。
まさかアースドラゴンがこちら側の傾斜を下りてくるとは思わなかった。どこからか集まってきたのだから、侵入ルートが存在して当然だったのだが、思慮が浅かった。
背に腹は替えられないが、あそこまで敵が到達する前に殲滅しなければ。
リオナが銃弾を放った。
接近する一匹が坂を転げ落ちた。『ソールショット』を使うまでもなかったか?
残った四匹はリオナを獲物と判断して、二手に分れて遠巻きに包囲し始めた。
一斉に飛びかかろうと輪を縮めた瞬間、姿を見せたアイシャさんに一匹の首が刎ねられた。
こちらも追い付いた!
自分たちとさしてサイズの変わらぬ、腐った猿のような化け物目掛けて僕は斬り付けた。手を足のように使い、獣のように走るそいつを掬い上げるように下から袈裟切りにした。
猿は突然のことで避ける間もなく、真っ二つになった。
残り二匹が一瞬躊躇した。だがそれが不味かった。リオナの双剣が二匹の首を簡単に切り落としたのだ。
リオナの真剣な視線が周囲を見渡す。
「もういないのです」
早速、入口発見か?
亡骸に火を掛けた。
「相変わらずリオナ、すげーな」
ファイアーマンたちが周囲を警戒しながらやってきた。
「三人とも消えたわよね?」
「アサシンのスキルも持ってるの?」
僕たちの戦闘を初めて見た双子は興奮冷めやらぬ様子で言った。
死体を焼いている間に地下への入口を探した。
鼻の効くふたりがすぐに見つけた。
小さなこぶ山を回り込んだところに巣があった。食い散らかした餌の骨が散乱していた。どうやら餌は持ち帰ってから食べるのが習慣らしい。
「この距離なら、多少の魔法は使えるだろう」
別荘から大分離れたので、火種ぐらいなら付けても問題あるまい。
巣のなかには案の定地下への道があった。
「なかにはいないのです」
既に悪臭で鼻がいかれてきているリオナたちには耳を使って頑張って貰ったが、同居人はいないらしい。
僕たちは燃えそうな物を持ち寄って火を付けて、風を送って洞窟のなかを燻した。食屍鬼がこの程度で死なないことは分かっているが、探しているのは別の出入り口だ。
外を見張っている連中が他に煙が上がる場所がないか確認している。
「この辺りにはないみたいね」
ロザリアが撤収するように手で合図した。
僕たちは穴蔵から出て緑の草原に出た。背の低い植物が絨毯のように生い茂っているが、その下はゴツゴツとした岩場なので歩きづらいことこの上ない。
まだ予定の調査エリアにも着いていなかった。ドラゴンの丘を遠巻きに見ながら、山の反対側目指して迂回している最中だ。
視線を遮る物は何もなく、見晴らしは恐ろしいほどよかった。
平和な土地なら弁当でも広げてピクニックでもしたくなる景色だが、戦場においては最悪だった。遠くから丸見えだ。特に空を飛ぶ連中からは。
「山の向こう側には森があるのになんでこっち側にはないんだ?」
たまに背の高い木々がぽつりぽつり見える程度だった。
目的地に着いたときには昼になっていた。
足元は小砂利と土の混ざったものに変わっていたが、景色はさして変わってはいなかった。僕たちの視線を隠すような茂みが若干増えてきた程度だ。
地図作成が目的ではなくなったとはいえ、入口を記さなければいけないのだから何もせずというわけにはいかない。なんの特徴もない斜面から特徴を読み取って地図に記入していく。大きなものは子供たちが既に記しているので、隙間を埋める作業になるが。
「食屍鬼が出てきてくれないとな」
「闇蠍発見!」
パスカル君たちが見つけた。
こちらに一直線に近付いてくる。
僕は銃を構える。『一撃必殺』で昇天させた。ほんと『チャージショット』が手に入ってからは攻撃が楽になった。
空からでかい鳥が落ちてきて、闇蠍の亡骸をかっさらっていった。
「あれ…… 鳥だった?」
鳥にしてはでかかったような…… 旋回竜の類いか。
「あの程度の大きさじゃ、僕たちを襲ったりはしないよ」
それにしても数が増えてきている。こちらがやられるのを待っているようで嫌な感じだ。
雷が落ちた。数羽に命中して落下してきた。
鳥たちが一斉に四散した。
「今度わたしたちの頭の上を飛んだら焼き鳥にしてやる!」
一撃を加えたのはナガレだった。
落ちてきたのは鳥ではなかった。
「ハーピーだ」
異世界では女性と鳥の混ざりあった羨ましい容姿の魔物のことを言うらしいが、この世界では若干鳩胸なだけで、脚だけがやたらと発達した化け物鳥のことを言う。
どういう関節をしているのか、長い脚を手のように使って食事をする奴で、食事中の姿は羽根の生えた老婆がしゃがんで食事をしているように見えるらしい。確かに顔にはこぶやあばたがあって、脚は枝のように細く、羽毛に包まれた身体は長ったらしいローブをまとっているようにも見える。遠目からならその姿は童話に出てくる鷲鼻の魔法使いの老婆そのものだ。
落ちてきたハーピーはどう見ても焼き鳥にしたい感じではなかった。黒ずんでかすんだ羽根も売り物になりそうにない。
「焼き鳥は却下するわ」
ナガレが前言を撤回した。が、ハーピーの死も無駄ではなかった。
「食屍鬼……」
一匹の食屍鬼を発見した。
「なるほど餌か…… 血の臭いに誘われたか」
僕たちはハーピーの死体から距離を置いた。
食屍鬼が二匹、三匹と姿を現わした。そして空から仲間の遺体を回収しようとする連中に注意しながら、死肉に接近し始めた。
ハーピーの軍勢が有利と見たが、結果は違っていた。ハーピー側は更に死体を提供することになった。食屍鬼は岩を使ってハーピーを撃退したのである。
元々痛みを感じる輩ではないから、自分の身体の心配などしたりしない。鋭い爪に鷲掴みにされたところで気にも止めない。
それどころか最接近したところで、顔面に岩を投げつけたのである。ハーピーはたまったものではない。もんどり打って倒れ込んだ。
食屍鬼はその喉元に噛みついて、新たな獲物を得た。
そしてその獲物を意気揚々と引き摺って巣に持ち帰り始めた。
空にあれほどいたハーピーは峠の先の森に逃げた。
「岩は痛いな」
「気を付けよう」
僕たちは遠巻きに血の跡を追った。
「食事中悪いね」
巣の入口で死体を貪り食う景色を見ていられなくて、食屍鬼には跡形もなく燃えて貰った。悪臭が漂っていたので一度消臭して、尚且つ淀んだ空気を散らした。
巣のなかの壁中血だらけだ。食屍鬼に衛生のことを言っても始まらないが、ここまで臭いと他の魔物が放っておかないだろう。
先の洞窟の連中の行儀よさは敵の存在に起因するものだろうが、ここの連中には敵がいなかったのか、やりたい放題、否、匂いに釣られて餌になりにくる奴を誘っているかのようだった……
血がまだ乾いていない?
表の奴らが食っていたのは一体だけだった。持ち帰ったハーピーは四、五匹いたはずだ。残りはどこに消えた?
骨を噛み砕く音が聞こえた。




