コロコロりん4
「やっぱり馬は快適なのです」
僕たちは馬を一頭チャーターした。アンジェラさんのためである。
リオナはアンジェラさんに抱かれて馬上で喜んでいた。
「ちゃんと見張っててよ、リオナ」
「大丈夫なのです」
僕たちは三度目の森の道を行く。
馬の手綱を引き、先を歩く僕の前に見慣れた倒木が立ちはだかった。それはきのうまで乗り越えていた苔生した大木だった。
馬で回避するには周囲の地形は傾斜が激しく、落ち葉が堆積した泥土にもなっていて、足を取られそうで難しそうだった。
今回は仕方がないので、馬が通る分、力づくでどかすことにした。
でも僕の魔法ではこの大木を切断することは容易ではない。風の刃で切り刻むにしても時間がかかるし、火は論外、水流や土の球では…… 球…… 弾?
「銃を使えばいいのか!」
僕はライフルに『魔弾』を込めて発射した。
ボォン!
パラパラ……、ボタボタボタ……
道に掛かっていた部分が木っ端微塵に砕け飛んだ。木は真っ二つになり、残された片割れは坂をゆっくり転げ落ちていった。
えぐれた地面が残った。泥が周囲に飛び散り、悲惨な状態になっていた。
やばッ、力入れすぎた。
なるべく後ろを見ないようにしながら、僕は土魔法でえぐれた地面を整地し直した。
「ちょっと、そこのお坊ちゃん……」
アンジェラさんの優しすぎる声に猛烈な怒気が含まれていた。
たはぁあァ…… 怒ってるよぉ。
振り向くとふたりの顔が泥だらけになっていた。全身泥団子をぶつけられたような状況になっていた。馬もブルルッと頭を振って抗議した。
「すいません……」
「お昼抜きなのですッ!」
リオナの誘導で沢に出て、全身を拭い、峠に辿り着いたのは、結局いつもの時間だった。
「いい景色ねぇ。久しく忘れていた感情だわ」
そう言って僕から取り上げた銃を構え、照門をのぞき込んだ。
「早く使ってみたいわね」
一服を済ませた僕たちが峠を下りようとしたとき、アンジェラさんが引き留めた。
「尾根伝いに行きましょう」
僕たちは岩ばかりの尾根伝いに進んだ。
「洞窟の上なのです」
確かに洞窟の上に僕たちは来ていた。
アンジェラさんもすでに馬上から降りて自分の脚で歩いていた。
馬は足場を確認しながら僕たちの後をおとなしく追いかけてくる。
尾根は細く足場が悪かった。落ちればまず助からない急斜面だ。
僕はなるべく動かず、風の刃で茂みを切り開いていく。
「あの辺りが落盤があった場所です」
僕が指さすとアンジェラさんは周囲を見渡した。
大きな落盤の爪跡が眼下に広がっていた。
「襲われたのはどの辺りかしら?」
大きな広葉樹が草原のなかに点在していて、そのうちの一本をリオナが指さした。
「あの木にいたです」
「じゃあ、あの折れてる茂みが坊やの――」
「逃走ルートです」
現場の状況がよく見えた。
まっすぐ逃げた気でいたが、随分茂みの跡が蛇行している。
「現場の状況確認は狩りの鉄則よ。高い場所に登るのは有効な手段だわ。こうやって戦場が一望できる」
「よく見えるのです」
「そうすれば見落とさなかったでしょうね」
「何をですか?」
「あんたたちが発見できなかったものよ」
落盤跡を挟んで向かいの尾根を指さした。
「あれは?」
地肌から光る緑色の石の塊が見えた。
「なんですか?」
「転移結晶の原石よ。落盤で出てきたようね」
あれが?
「アルガスの上級ギルドも高がしれてるわね。あれを見逃すなんて」
「魔力増大の話は僕たちだけの情報だから、眼中になかったんじゃないですか?」
「お宝を見逃す冒険者がいますか! 注意力が足りないのよ」
「厳しいのです」
「でも、魔力増大となんの関係が?」
「転移結晶は魔力を蓄える石なのよ。わたしたちが持ってる小さなものでも、人ひとりを転移可能にするほどの魔力を一度に蓄えておける石なの。あの大きさなら足長大蜘蛛の魔力を相殺できるわ。自分の魔力を隠すために使ったんでしょうね」
「頭いいのです」
「なまじ魔力が強いと、敵に感づかれやすくなるからね。強い魔物もいろいろ考えるのよ」
「強ければ強いなりの悩みがある訳か」
「弱いものの悩みに比べれば微々たる物よ」
「でもリオナの耳と鼻をごまかすなんて」
「あの上を見なさい」
原石の上の頂を見た。蜘蛛の糸が周囲の樹木にがんじがらめに絡まっていた。
「まさか…… 頭上から?」
「風向きは風下、リオナでも難しかったんじゃない?」
これが一流の冒険者なのか?
容易く問題は解決されてしまった。
「さあ、用は済んだわ。じゃあ、狩るわよぉお」
「え?」
アンジェラさんは踵を返すと、銃を抱えて洞窟に向かった。
「次!」
バシッと銃を撃つ。
「よし!」
アンジェラさんは拳を握る。
視線の先でコロコロが横転する。
リオナは駆けだし、獲物に名札を突き刺し転送しては戻ってくる。解体屋行きの転移結晶の魔力が空になる度に僕に補充させてはまた飛び出していく。
「言ってたことと違いません?」
二、三匹にしておけとか言ってませんでした?
「あー、悪い、悪い。つい面白くてね」
「解体屋、泣いてますよ」
「面目ない」
「もう終わり? 名札もうないのです」
リオナも戻ってきた。
「撤収する」
「あ、わたしはギルドに入ってないから町のポータルに出るわ。解体屋とギルドに顔出してから帰るから、ふたりは帰ったら姫様に転移結晶の原石の話をしておいて。見つけたのはあなたってことにしておくのよ」
「どうして?」
「発見者が一介の冒険者じゃ、はした金で領主に巻き上げられるだけだからよ。Sランクギルドになら正当な対価を払うでしょ」
そう言うと銃を僕に預け、結晶を取り出した。
僕はアンジェラさんにつられて転移結晶を握った。リオナはそんな僕を見て転移結晶を発動させた。
そして気付いた、消えゆくアンジェラさんが慌てながら一方を指さしていることを。
嗚呼ッ、しまったァああ!
僕たちは目を合せたまま三人そろって結晶の光りに飲み込まれた。
遠くで馬の嘶く声が聞こえた。
翌日、姉さんが現地に向かった。鉱脈の大きさなどを正確に調べるためらしい。小さかったら報告しないでがめるらしい。
一方、僕たちは忘れてきた馬を探しにまた現地に向かうことになった。
さすがに四度目ともなるとうんざりして楽しむどころではなかったが、既に馬の方も帰路に就いていたようで、道半ばで合流することができた。馬に付けた季節外れの花の匂いにリオナが気付かなければ、すれ違いになるところだった。
帰宅するとすでに姉さんも戻っていて、報告がアンジェラさんの元に届いていた。
結論を言うと、すべてがめることに決めたそうだ。見えていた以上の鉱石はなかったらしい。
すべて『銀花の紋章団』が買い取り、手数料を引かれた後、僕たちで三分割することになった。アンジェラさんの手柄なんだからと言うと、パーティーというものは得するときも損するときも等しくあるものだと諭された。
「で、一人頭金貨五十枚?」
ギルドと四等分である。
相場はわからないけど、市販の使い捨ての転移結晶一つで四千ルプリを基準に算出したようだ。
「わたしは装備品のメンテナンスに使うわ。今まで余裕がなかったし、残りは貯金ね」
「僕は剣を修理に出して、そうだな、靴と手袋を新調しようかな。あとは高くて手が出なかった本を何冊か。リオナは?」
「エミリーとおそろの夏服買うです。あとはおっちゃんのお店の腸詰めです」
あれだけ豚を狩って、まだ肉か……




