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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第十一章 夏休みは忙しい
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夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)33

 パスカル君たちは順調に進んだ。奇策が功を奏し、敵の裏をかいたことで、ゴブリンたちの襲撃は手薄になった。それに皆、今度こそはと慎重に行動していた。

 さすが学院の精鋭である。

 落ち着いた彼らにはもはやゴブリンは敵ではなかった。寒冷地仕様の厚手の装備をしている珍しいゴブリンたちであったが、そつのない正確な連携の前に手も足も出なかった。

 ゴブリンの姿を発見すると、代わる代わる氷の魔法で足元を凍らせていった。全員が氷の魔法をマスターしていることに僕もアイシャさんも感心した。前回の訪問で氷魔法の有効性を知って、すぐに取り入れたのだろう。あのファイアーマンでさえ、見事に敵を凍らせてみせた。

 ゴブリンたちは烈火の如く怒り、牙をむきだし、暴れ、自ら凍った脚にひびを入れ、ときにはへし折った。そこに容赦のない追撃が放り込まれて終わりである。

「呆れる程スマートになったものだな」

 アイシャさんも溜飲を下げた。

 そしていよいよ僕たちは暗がりから眩しい外界に飛び出した。

「寒ッ!」

「うおおおお!」

 全員腕を抱えて丸くなった。白い息を吐いた。

 出口は山裾にあった。見下ろすと正面には豊富な水量を湛えた清流が流れていた。振り返れば上流には滝壺があり、煙った水しぶきが緑の山間から青く澄んだ空に立ち上っていた。

 遠くの雪山から吹き込む風が肌に痛い程であった。だが日差しは暖かく、気温が低過ぎるということではなかった。冷気強めの高原特有の涼しさと言ったところだろうか。

 川の向こうには凜とした緑が広がっていた。

 僕たちが進むためにはまずあの川を渡らなければならない。

 震えている暇はないぞ、みんな。

 川のなかにはセベクがいる。目だけを水面から出してこちらを警戒している。雪山から流れ込む水はさぞ冷たかろうに。鰐の魔物がなぜこんな生存に適さぬ場所にいる?

「取り敢えず上に登ろう」

 僕たちは洞穴の岩場を回り込んで傾斜地に退却した。セベクは襲ってくる気配はない。川のなかだけで充分食料は足りているようだ。

 遠くに反応があったセベクが突然消えた!

 気付いたのは僕たちだけだった。パスカル君たちはまだ誰も気付いていない。

 セベクの敵と言えば…… 鰐をも飲み込む巨大な水蛇ヒュドロスである。なんで蛇までこんな寒冷地にいるんだ? 生態系、おかしいんじゃないか?

 パスカル君たちはすぐそばで戦闘が起きたことも知らずに、地図を記入するために見晴らしのいい場所を探していた。そして更に高い岩場に登ろうとしていた。

 最初に気付いたのは『魔力探知』持ちのダンテ君だった。

「何か来るよ!」

 それは紛れもなくヒュドロスであった。セベクと間違えたのか、たまには趣向を変えたかったのかは分からない。ただこいつには雷が効かなかった気がする。最初の一撃を間違うと不味いかも知れない。

 アイシャさんがロメオ君を動かした。ヘモジもさりげなく両者の間に入った。エルーダの中堅クラスの魔物だ。どうする?

 現れたのは異様に黒いヒュドロスだった。迷宮で見たものより大きな奴であった。千年大蛇顔負けである。

 ファイアーマンが一撃を加えた。まさかの先制攻撃である。だがこれが功を奏した。強力な炎がヒュドロスを捉えた。

 ヒュドロスはのたうち回って坂を転げ落ちた。そして運悪く、川の浅瀬に落下して、セベクを一匹、踏みつぶした。セベクに体毛が生えていた! 高原仕様のセベクだ。

 岸辺が血で赤く染まった。

「あーあ」

 思わず声が出た。

 ヘモジも「ナーナ」と肩の荷を下ろして後方に後ずさった。

 迷宮のなかで見た天敵同士の戦いを天然物で見られるとは…… いい迷惑である。この森にどれだけのセベクがいるのか、それが問題だ。

 取り敢えず離れた方がいいだろう。

「パスカル!」

 アイシャさんがもっと上に登れと指示を出した。パスカル君たちは手頃な窪みを見つけるとそこに身を隠した。

 僕たちも合流して、万が一に備えて、周囲に壁を作り、身を潜めた。

 足元の河川敷では壮絶なバトルが始まった。

「すごい……」

「ひっちゃかだ」

「後で高級鰐皮でも回収するか?」

 リオナが嫌な顔をした。

 ヒュドロスに襲いかかるセベク。その数は続々と増えていった。

「まるで火蟻じゃな」

 確かに半端ない数が集まりだした。そしてそこにヒュドロス側の増援も駆けつける。

「来たわよ!」

 ナガレが指差した。

 四肢のある巨大な蛇が滝から真っ逆さまに落ちて、飛沫を上げた。

 滝壺でせめぎ合いが始まり、流れに押されて、集団で下ってくるのが見えた。

 森中の魔物が集まり始めた。

「これはいい。生態分布が分かる」

 リオナが忙しそうにペンを走らせる。オクタヴィアも先生に指示を出す。見たこともない新種ばかりだった。

 それぞれの地方には図鑑にも載っていない亜種が存在すると言うが、念のために標本として回収しておこう。ヒュドロスはでかすぎるが、止むを得まい。

 フェンリルが森のなかから現れた。

「白いフェンリルだ!」

 これまたでか物だ。

 こちらは襲う気はないようだ。漁夫の利を狙っているのだろう。肘を突いてしゃがみ込んでしまった。

 奴がこっちに気付けば面倒なことになるかの知れない。殺しておくか?

 突然、寒気がした。周りに影が落ちた!

「上だッ!」

 僕は咄嗟に結界を張った。

 空からも招かれざる客がやって来た。ロック鳥だ!

 相変わらず射程外から一気に来やがる。

 結界に弾かれてフェンリルが休んでいる森のなかに落ちた。

 狙うならでかいの狙え!

「みんな大丈夫か!」

 アイシャさんが心配して声を掛けてくれた。

「問題ありません!」

 パスカル君たちは顔面蒼白である。

「凄い騒ぎになった」

「ナーナ」

 オクタヴィアとヘモジが僕の肩の上で暢気に言った。

 高みの見物を邪魔されたフェンリルが巨大過ぎるロック鳥に襲いかかった。戦闘地帯になだれ込み、セベクの血を間接的に付けた二匹もセベクの標的となった。より大きな敵の襲来にヒュドロスも怒り心頭だ。ロック鳥に巻き付きセベクを一呑みにする強力な顎で、容赦なく食い付いた。

「ああなると、ただの鳥ね」

「なんだか、巻き込まれたみたいで可哀相ね」

 ビアンカとフランチェスカが嘆いた。

「奴はさっき僕たちを襲ってきた奴だぞ」と言いかけたが、大人げないと口を閉じた。

 強力な武器を有さない、ただでかいだけの鳥はただの肉片になった。森のなかには死肉を漁ろうとする者たちも続々集まってきていた。

 ロック鳥の次はフェンリルだった。森に逃げ込んだがセベクは容赦しなかった。どこまでも追い掛けた。

 だが逃げ足の速さはフェンリルが上だった。フェンリルは森の奥に逃げ帰った。

 結局、セベク対ヒュドロスの戦いに戻った。

 ロック鳥の肉を、戦闘そっちのけで獣たちが漁り始めた。

 そして僕はまるで別の方角に風変わりな反応を見つけた。

 来たか!

 サプライズのための獲物の来襲だ。

 凍った世界が、近付いてきた。気付いた魔物たちは一斉に逃げ出した。

 僕はライフルを構えた。

「どうしたですか?」

「僕の仕事が来たんだ。ちょっと行ってくる」

「ナーナ」

「ヘモジ、ここは頼んだ」

「ナーナ」

 胸を叩いた。

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