夏休みは忙しい(ミートパイ編)17
アイシャさんが自室から下りてきたところに、ゼンキチ爺さんが現れた。
「今夜は涼しいのでな、東屋で一杯やろうと思うてな。長老たちも集まっておる」
「食事は?」
アンジェラさんが尋ねる。
「皆年寄りじゃ、適当にある物を…… 何やらええ匂いがするの?」
リオナやオクタヴィアが動向を注視する。
「じゃ、酒の肴に」
アンジェラさんは残りの折り詰めの中身を容赦なく全部爺さんに渡した。一人一個分もないのだが、それを見たリオナとオクタヴィアは愕然としていた。
ヘモジはチョビと一緒に廊下で遊んでいる。
「明日迷宮に行くんだから、死ぬ程買って来りゃいいだろ?」
「百箱ぐらい買ってくるのです」
「そんなことしたら、店主がノイローゼになるぞ」
「オクタヴィアも買う。あれ、神様の贈り物!」
オクタヴィアは自分の財布の中身を調べに居間に向かって駆け出した。
元チビコタツがあった一角には敷き布団だけが置いてあった。そのマイスペースに置いてある魚の形をした陶器の貯金箱のところに駆け寄ると中身を確認した。と言っても、猫の手では取り出し口は開けられないので、上下に振る。チャラチャラと小銭の音がする。ヘモジと一緒に屑石を売って貯めたお金である。
「足りない……」
音と重さで判断したようだ。音だけ聞いても僕にも分かった。
額が大きくなるとオクタヴィアはハイエルフ銀行に預けることにしていたので、銀行窓口に向かった。
すると窓口の女性はにっこり笑って言った。
「これでみんなの分も買ってくるといい」
そう言って銀貨十枚をオクタヴィアに手渡した。まれに見る太っ腹なご主人に感動して猫は涙を浮かべた。
「いいの?」
「お前の金だ。好きにするがいい」
「はぁー、やったー」
オクタヴィアは飛び跳ねて喜んだ。
「いつかひねくれなきゃいいですけどね」
側で見ていたロザリアが言った。
「いいんじゃない、本人も喜んでることだし」
ナガレは笑った。
自分のお金で他のみんなの分も買ってくる羽目になったというのに、自分の実入りしか気にしていないお馬鹿な猫であった。
廊下を一周してチョビとヘモジが戻って来た。
オクタヴィアがヘモジに駆け寄り、自分が勝ち取った成果を語って聞かせた。
ヘモジは黙ってオクタヴィアの肩に手を置いた。
「ナーナ」
「『がんばれ』だって」
ナガレが呆れながら通訳した。
「チョビ、次は池で遊びましょ」
今度はナガレがチョビの相手をするらしい。
「もう暗いぞ」
「東屋は明るいでしょ」
どうやらおつまみ目的らしい。
「じゃあ、僕も明日の準備でもするかな」
ピノが使う弓と矢とアクセサリーを用意しないとな。ピノのプレートメイルでは弓は扱えないからな。明日の敵はほぼ毒攻撃だけだから、厚手の私服でも問題ないだろ。
僕はピノに自作した指輪を用意した。これだけでも、デビュー当時の僕の自作鎧の防御力を遙かに上回っていた。
翌日、僕たちはそれぞれの思惑を秘めてエルーダに向かう。
到着早々、リオナとオクタヴィアは食堂に飛び込み、無茶な注文を出した。さすがふたり合わせて二百人分は断られたようだった。それでも頑張って五十人分ぐらいは夕方までに用意して貰えることになった。具を炒めるのに時間を要するとのことだった。
リオナたちは預かり知らないことだが、この注文を聞いていた客たちから、この店のミートパイがブレイクすることになるのである。
「あの肉大好き獣人娘があれほど入れ込む品なら何かあるに違いない、食べてみよう」と。噂は獣人娘の名と共にあっという間に広がった。
数ヶ月後、宿の一角に専用の厨房ができあがるのである。
無事注文を終えて、ほくほく顔のふたりを連れて向かった先は地下一階最深部にいるウツボカズランの巣である。
「ピノにやって貰うことはこの弓を目一杯引いて、五十匹倒すことだ。それも一度も外さずにだ」
「そんなの無理だよ!」
「そのための『必中』だ。これは迷宮のドロップ品だから、魔石で魔力が補充できるから、ボーッとしていなければできるはずだ」
「リオナもやるのです!」
「やるのは勝手だが、失敗したら最初からやり直しだからな。兎に角、弓を目一杯引き絞ることだ。必中があるから多少緩めでも命中するが、それでは、例え倒してもやり直しだ。ウツボカズランのうざさは既に説明済みだが、何か質問は?」
「休憩してもいいの?」
「大丈夫だ。のんびり落ち着いてやればいい。アイテムの回収はしてやるから、倒すことに専念しろ。弓は一本しかないから、疲れたら交替という形でもいいだろう」
水筒の水を口に含むと、ピノは荷物を下ろした。
「リオナが最初、十匹程狩って、見本を見せるから間合いをよく見ておくんだ。仲間とのリンクもほぼ同じ距離だから注意するように」
リオナが巣のなかに入ると早速はぐれた一匹を仕留めた。
「リオナ、速さは重要じゃない、よく引き絞ることが重要だ」
「分かったのです」
さすがと言う他なかった。マリアさん程ではないが、的確に敵を定めては、リズミカルに沈めていった。
模範演技はすぐに終った。
僕は獲物の実物を前に、ピノに回収部位の説明をしながら、リオナの倒した獲物と矢を回収して回った。
そしていよいよピノの番になった。
ピノは恐る恐る弓を構えた。ウツボカズランといえど、初級ダンジョンから来たピノにとっては脅威であった。しかも数が尋常ではない。
ピノは目一杯弓を引き絞る。
矢が当たったウツボカズランが、余りの威力に吹き飛んだ。
「あ」
吹き飛んだウツボカズランが床に何度もはずんで、群れのなかにコロコロ転がっていった。
「ピノ、逃げろ!」
ウツボカズランの絨毯爆撃が始まった!
ピノは必死にこちらに向かって駆けてくる。
「当たっても痛くない、大丈夫だ! それより毒を吸うなよ!」
僕は障壁を展開しながら全員をテリトリーから後退させた。鍾乳洞のドームまで戻るとようやくウツボカズランの攻撃は止んだ。
鍾乳石から水滴がぴちょんと落ちた。静寂が訪れた。
「び、びっくりした」
ピノが余りのできごとに笑いだした。リオナもヘモジもオクタヴィアも釣られて笑い出した。
「もっと弱い弓を用意しないと駄目だな」
まさかリオナより引き手が強いとは思わなかった。
「買ってくるのです」
リオナが買ってくると言うので、帰りは地下一階の脱出部屋から来るように言っておいた。僕たちは鍾乳洞のドームまで戻って、休憩所に入った。
すぐにリオナは新しい必中の弓を買って戻って来た。
「ちょうどいいのがなかったです」と言って、出口の前に開けた転移ゲートを潜って戻って来た。
新品の弦を用意してピノに合せて張り直した。
弱い弓に替えて、目一杯引き絞るというのは本末転倒だが、スキル習得の早道となれば止むを得ない。
ピノから再開である。今度の威力は若干弱いぐらいだったが、その分『必中』が速度を補う形になった。元々防御力がないに等しいウツボカズラン相手には充分であった。
本人の才覚なのだろう。予定より早く事態は進んだ。そして四十匹目を超えた辺りで、ピノが立ち止まった。
「なんか、ゾワゾワした」
僕は本人に断って『認識』スキルを発動した。
「ピノ、おめでとう。スキルが手に入ったぞ。それも二つだ」
「え?」
「『鷹の目』と『チャージショット』だ」
言われても実際試してみないと分からないだろう。因みに『鷹の目』は、遠くの敵を拡大して見るスキルで、命中精度を上げられるスキルである。
早速試すことになった。




