夏休みは忙しい(ベヒモス討伐)11
その日は夜なべして、鏃作りである。
操縦室にアイシャさんと僕だけが詰め、オクタヴィアとヘモジには入口を塞いで貰った。エルフ禁制の秘密の作業なので、術式を埋め込むまでは入場規制することにした。
その術式を今回の戦闘に特化したものに作り替える作業から始めた。まずは使う魔法を選定する。既に呪いを受けた身となればアンデットと同等であるから、この間、死者の町で使った『聖なる光・改(仮)』を使うことにした。
「追尾時間の最大値は?」
「上から落とすだけとはいえ、余り接近できんからな。微調整は必要じゃな。射出に魔力はいらないが、質量があるから誘導用の魔力は多めじゃな。だが威力が犠牲になってしまうか……」
「威力と言っても光魔法だし。加減どうします?」
「あれは定型ぐらいがちょうどいいんじゃ。元々発動時間で威力を累積していくものじゃからな」
「そうなんですか?」
「破壊が目的なら話は別じゃがな。奴を一撃で破壊することは我らにはできぬ。じわじわとやるしかない」
「足りないな……」
どう魔力を調整しても総量が足りなさすぎる。
ふたり額を合わせて、考え込んだ。
「でかいの作りましょうか?」
無理なことは無理ということで、コンパクトにまとめることを諦めた。
光の魔石を作ること自体、かなり問題があるのだが、今更、止める選択肢はない。どうせ正体を確認するために無茶をするのだから、手ぶらで訪問というのは有り得ない。
『鉱石精製』をフル活用すれば大きな光の魔石の製造は可能であるのだから、この際やってみることにする。
「みんなには中身が何か分からんようにせんとな」
方針は決定した。
計算した限り、それぞれの属性の魔石(大)を十個ずつ利用することにした。分解して不純物を完全に抜くところから始める。そして再結晶化させると四十個分の大きさのある光の結晶ができあがった。そして圧縮作業である。大きさが四分の一程度になった。
「これはまた……」
発動させてはいないが、既に眩しく輝いている。
「これが光の魔石か?」
「たぶん」
僕が『楽園』に納めて持ち込んだ魔石は数に余裕があったが、すべての属性を均等に持ち込んだわけではなかった。ほぼ使い道のない土の魔石が足りていなかったのだ。結果、光の人工魔石はわずかに二つしか作れなかった。
アイシャさんは「これが終わりではない、とっかかりじゃ」と言って充分だという判断をした。
そしてできあがった対ベヒモス決戦兵器『眩しい未来を貴方に!(仮)』が、クルーの前にお披露目になった。土の魔法で光の魔石を土で覆って丸い玉にした物だ。
「でっかいボールなのです」
「堅い……」
「なんだか、特大並みだね?」
ロメオ君が第一印象を口にする。
「いや、四十個分かな」
十分目を回してくれた。
リオナも子供たちもペタペタと丸い球体を触りまくる。
「中何入ってるのー」
チコが匂いを嗅ぐ。
「今言ったじゃん。魔石が入ってるって」
ピノが言う。
「んー?」
チコは納得していなかった。首を傾げると、部屋を照らす照明に視線を向けた。
まさか、中身が分かったのか?
物はできたので次の段階にシフトする。
この玉ころを上空から投下する訓練である。
投下役は旅団のみんなにお願いした。子供たちは役に立たなくなる予定なので、空いてる手を使わせて頂くことにした。
投下方法は格納庫の床の扉から、『眩しい未来を貴方に!(仮)』を吊したロープを切断するだけである。が、放つ前に『必中』を作動させる必要がある。ここはメンバー一の弓の使い手のマレーアさんに行なってもらう。
日が昇ると練習が始まった。
ほぼ同じ重さの球を的目掛けて落下させる練習だ。船は高い所で慣性飛行を行いながら的の上空を通過する。実際は投下と共に旋回するが。
ロメオ君に操縦して貰って、まず同じ速度で飛ぶところから始める。
次に標的を定めて玉を落とす予行演習だ。玉は放物線を描きながら目標を狙って落ちていく。
現場で照準器の取り付け角度の調節を行なう。即席の大まかな物だが、目測よりは正確だ。予め目標の角度を決め、望遠鏡の照準に入ったら投下する仕組みだ。
問題は高度である。今回の作戦では敵の腐敗攻撃の効果範囲の外から狙わなければならない。そのため最大速度の慣性飛行で稼ぎ出せる進行方向への飛距離と、垂直方向の落下距離を二辺とするベクトルの和を腐敗攻撃の影響圏外にしなければならない。
匂いは兎も角、結界下で実際の腐敗の影響が出る距離を考えると、最高速を前提でも雲の上からということになる。
『浮遊魔法陣』が効かない高度からの投下が必要であるという結果が出た。そのためロメオ君の訓練は高高度からのダイブによるアプローチになった。
目標高度より更に高い高度から侵入し、一気に降下しながら加速、投下となる。上空の風の影響を考慮しながら綿密に作戦を組む。
三度目のアプローチでなんとか満足のいく結果が出た。追尾機能は健在なので、『必中』の索敵範囲内に投下できれば問題ない。
さて、午前中一杯を訓練に消費した僕たちは昼食を取り、いよいよ怪物との接敵を開始する。
僕たちが訓練にかまけている間に、ロザリアは子供たちに施せるだけの安全対策を施した。まず小部屋の目張りを完璧にし、簡易教会の光の結界と消臭結界を改めて施した。オクタヴィアも忘れずに放り込んだ。リオナもピノも憮然としていたが、こればかりは適材適所だ。今回は自慢の鼻が仇となって出番がないだけの話だ。
結果的に降下するギリギリまで部屋には入らずにいたが、チコが鼻を塞ぐと、仕方なく小部屋に引っ込んだ。
「どんな奴か見たかったのです」
はっきり言って、こちらもそこまで近付かない。視認した段階で離脱する。
『現在上昇中、『浮遊魔法陣』停止。帆による航行に移行します』




