夏休みは忙しい(ベヒモス討伐)10
三日目、目に見えて魔物の数が増えてきた。
船は緩衝地帯を抜けて、背の低い草原地帯に差し掛かっていた。緑の草原も魔物たちに踏み荒らされて今にも砂漠になりそうな勢いだった。
「来た!」
夜明けと共に朝食を漁りに来たのは飛竜の群れだった。地上の魔物たちは挙って隠れる場所を探した。そんな物ありはしないのに。飛竜は入れ食い状態で好きな獲物を捕食した。
なかにはとち狂った奴がいて、こちらを目指してくる奴もいる。
「ナガレ、たまには鬱憤晴らしていいぞ」
「ええ、いいの?」
ブリューナクを抱えて甲板に出て行った。
「任せなさい!」
「ずるいぞ、姉ちゃんだけ」
「通常弾頭で仕留められるなら、狙撃室を好きに使って構わないぞ」
僕はピノに言ったつもりだったが、リオナが飛んでった。アンも付いていった。当のピノは通常弾頭で飛竜は倒せないのでナガレの見学だ。
「スキルってどうすれば手に入るんだ?」
半分すねながら僕に聞いてきた。
「反復練習よ。ひたすらね」
マレーアさんに頭を撫でられ、すっかりほだされたピノは何からすればいいのか教わっていた。どうやら狙撃系スキルは弓で練習した方が全身の感覚を使う分、覚えやすいらしい。
あとで『スキル大全』でずるの仕方を見つけておいてやるよ。
空に雷鳴が轟いた。
稲妻が愚か者以外にも数匹巻き込んだ。
落下していく質量に地上を這い回っていた者たちが右往左往した挙げ句、踏みつぶされていった。そして今度は生き残った者たちに飛竜の方が報復を受けるのだった。
「絶好調!」
窓の外から声が漏れ聞こえる。
ナガレはブリューナクを振り回してご機嫌のようだ。手当たり次第落としまくっている。
「ナガレ、魔石が勿体ないのです! 自重するのです!」
今度はリオナが騒ぎ始めた。
「船長命令だからいーのよ!」
「こうなったらエルリンに魔石代、付けておくのです! リオナが狙撃する時間が勿体ないのです」
あ、匙投げやがった。
「だったら、もう少しやってもいいわね。おっしゃー、地上の魔物共に飛竜爆弾を投下してやるわ。見てなさいよ!」
有言実行。落雷にやられた飛竜が、次々、空から隕石のように地上に降り注いだ。
地上の魔物たちは互いに牽制し合っていたり、混雑していたりで逃げ場がなくなっていたので数十匹単位で踏みつぶされていった。
「あー…… これは想定していなかったな」
僕は呟いた。
すると子供たちがクスクス笑い始めた。そして腹を抱えて笑い始めた。
旅団のみんなは唖然としていた。
「髭がピリピリする」
「ナーナ」
ふたりは暑くて、水をねだりに来た。
氷水の入ったピッチャーごと渡した。こぼさないように蓋を凍らせた。
「いつもに戻った」
オクタヴィアが言った。
ヘモジの背負子にピッチャーを乗せてくれとゼスチャーするので、乗せてやると操縦室に消えた。
「テト、正面を突っ切れ」
『りょうかーい』
地上は魔物に溢れていた。群れを襲う者、返り討ちに遭う者、うまく獲物に有り付いたが奪われる者、奪う者、まとめて踏みつぶす者。
混沌が波打っていた。
事態が急変したのは翌日。
突然、チコが鼻を塞いだ。
「臭い、臭い、臭い!」
すぐにリオナも仲間入りして鼻を塞いだ。
僕は船を止めさせて状況確認を始めた。
地上がどうにかなっているのだろうと見渡す。が、それといって変化はない。
船を出すとしばらくして、子供たち全員が鼻を塞いだ。
「気持ち悪い」
「腐った匂いがする」
テトが言うので、僕は高度をギリギリまで上げた。
子供たちはこの暑いときに窓をすべて閉めさせた。
だが、症状は悪くなる一方で、仕舞いには全員であのラクダの厩舎に使った小部屋に飛び込んでしまった。
「ラクダの匂いの方がまだマシだから」
いくら洗ったとはいえ、鼻のいい子供たちが好き好んで入りたがる場所ではない。それでも消臭結界が施された小部屋の方がいいと引き籠もる。
まさかのサボタージュでクルーが半減するという異常事態になってしまった。
とはいえ、鼻水が絶えなくなった子供たちを押しとどめることはできない。
進行方向に匂いの元があることは間違いないようだが。
やがて、人族にも理解できる状況になった。
大移動していたはずの魔物の群れはもはや足を動かすことも叶わず、地に伏していた。
「死んでる」
「この匂い、死臭……」
「もっと酷い」
「これは腐敗臭だ」
船が進むごとに地上の亡骸はドロドロになっていき、やがてきれいなスケルトンになれそうな程、骨っぽくなった亡骸が転がっていた。
明らかになんらかのスキルによるものだ。
「撤収する!」
アイシャさんが珍しく青ざめて言った。
「テト…… はいないんだった。ロメオ君、百八十度回頭! 撤収する」
全速力で来た道を戻る。
やがて子供たちも出てきて、通常運行に戻った。
全員がキャビンのソファーに集合して、ブリーフィングが始まった。
「元凶の正体が分かった。元凶の名はベヒモス。一言で言うとバジリスクの腐敗版じゃ。こやつは山の緑を丸呑みする程の大食漢でな。それが祟って、腹のなかはいつも発酵しておるのじゃが、吐く息は甘い芳香を放つらしい。が、近くで匂いを嗅いだ者は一瞬で昇天すると言われておる。近くと言ってもな、先程見たとおり、姿の見えない距離まで影響力があるんじゃがな。元来大人しい奴なんじゃが、たまに呪いを貰ってくる者がいてな。此奴らは腐った肉が好物でな。その辺が原因だろうと言われておる」
「俺たちも死ぬの?」
「お前たちが嗅いだのは死臭じゃろ? 奴の吐く息じゃあるまい?」
子供たちはほっと胸を撫で下ろす。
「でもベヒモスと決まったわけでは――」
ウルスラさんが言った。
「実際目で見んことには、確かに断定はできぬ。そこで作戦を立てる。討伐できれば御の字じゃが、それはあくまでおまけじゃ。確認作業が第一じゃ」
「僕たち大丈夫なのかな?」
「小部屋の件もそうじゃが、いろいろ準備することがある。今夜はここにとどまり、準備を整え、明朝、作戦を決行することにしよう」




