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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第十一章 夏休みは忙しい
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夏休みは忙しい(就寝)8

 少しコースを変え、高度を上げて今日の航行を終える。

 子供たちは全員寝台で眠りに就いた。氷と風魔法で部屋を冷やしてやり、風を起こす魔石を入口にセットしてやる。構造上、寝室は気嚢の中なので窓がない。湿気が籠もらないように最上階の見張り部屋の窓を開けて、螺旋階段の下から風を送ってやる。砂漠は日が沈めばすぐに気温が下がるから、それまでの辛抱だ。

 僕はヘモジとオクタヴィアを傍らに操縦席に座る。姿勢制御装置を稼働して、しばし索敵スキルを全開にする。

 旅団のみんなは窓を全開にした格納庫で寝袋に収まっている。オプションの簡易部屋はガッサンのせいでまだ厩舎状態で使えないので遠慮願った。

 明日、いの一番に部屋の掃除をすることにしよう。

 探索する限り魔物は疎らだったが、夜の方が砂漠は賑やかだ。今は小動物までもが北を目指していた。熱くなるまでが勝負だと言わんばかりに、小さな命の灯火が大きな大河となって北に流れていく。

「異常事態だな」

 砂漠の小動物までもがここまで反応するなんてことは普通有り得ない。精々近場で息を潜めて嵐が通り過ぎるのを待つのが常套だ。砂漠は移動するだけでも命取りになるというのに。

 サンドガゼルに、砂漠大蜥蜴、蛇に鼠…… サボテンに住む鳥に、昆虫たち。あれは蟻塚か? カメレオンにヤモリ…… 蛙にげっ、巨大陸亀! 砂漠に住むゴブリンの一団…… オーガ…… 小さなフェンリル? 砂漠に狐か?

 みんな逃げ切れるだろうか?

 遠くを見渡すが、彼らが感じている不穏な気配はまだ感じられない。これならまだ対応の仕様があるかもしれない。

 それに……

 さすがに誰かの土地に大穴を空けるのは心苦しい。その点、緩衝地帯や危険エリアなら容赦せずに済む。

 旅団のみんなの話では、レベルの高い魔物はまだコートルーの遙か南西の緩衝地帯の先にいると言っていた。本命はその更に先の草原地帯からやって来る。

 魔物の群れは東の砂漠の境目に沿って北上して来ているようだった。サンドワームを警戒してのことだろう。コートルーの南の国境線は西に山脈がそびえているから、東に大回りするしかない。結果的に砂漠と山脈のわずかな隙間を抜けるしかない。だがそのわずかな隙間に人の営みがあって、コートルーの防衛ラインはまさにそこに引かれているのである。

 オクタヴィアの肉球が頬に触れた。

 僕は遠くに送っていた意識を引き戻して、我に返った。

「ちょっといいか?」

 部屋に入ってきたのはサリーさんだった。

「どうかしました?」

「いや、ウルスラ殿が白状して、謝罪してきたのでな」

 僕は次の台詞を待った。

「お兄さん、有志と共にこの船で特攻を仕掛ける気だったらしい」

「逃げるためではないと?」

「軍人は大抵後ろを見せたがらないものだ」

 確かに頭の硬そうな奴だった。

「極限状態になって初めて見えてくるものもある。最初は妹を逃がすための人選だったようだが、我らを見て、女子供ばかりだと侮ったのだろうな」

「相手が大人だったら理性が効いていたとでも?」

「少なからずブレーキにはなっていただろうな。上司の歯止めを外すだけの効力はなかったはずだ」

「侮られましたか」

「守るべき国や家族があれば、鬼にもなるのが人というものよ……」

「御旗の権威だけでは足りませんでしたか」

「死を選んだ者にとってはただの飾りだ」

 なぜか、笑みがこぼれた。

「我らも軽率だった。せめてわたしやアイシャ殿が前面に出るべきだった。武装をしっかりして、武器を携帯してな」

「それが互いのためになることもある?」

「今は究極の時だ。誰もが逃げたいのを必死でこらえている。だから死に急ぎたくもなる」

「そのための情報収集です。疑心暗鬼から抜け出せれば立脚点も見えてくる。それだけの戦力はあるはずです」

「さすがだな」

「正確無比な情報こそが、次の段階を形成する鍵です。なんとしても原因を突き止めないと」

「そうだな」

 突然僕が寄り掛かっている椅子にサリーさんが肘を置いた。

「ところであれはなんだ?」

「え?」

「あの鏃だ」

 ニタッと笑われた。

「ああ、あれですか? あれはですね…… ナンバリングされた鏃が届くまでのつなぎに用意した物でして…… 迷宮のプライベートエリアで使っていた残りなんですよ。でも、ほら、魔法の矢なわけですし。自分で情報を書き込むのはありなんじゃないかなぁ、なんて」

「思いっきりグレーだな」

「問題ないですよ。ただ鏃に使った石が、屑石じゃなくて、魔石(大)なだけで。情報量が大きいだけだし、封じ込めている魔力量が多いだけで…… スリングだし」

 情けない何かを見るような視線で見つめられた。

「ナンバリングされた鏃が届いていても同じ結果になっていたかしらね」

「でしょ!」

「報告だけはしておくから」

 肩をポンと叩かれた。

「じゃ、少し休ませて貰うわ。お休みなさい」

 サリーさんは部屋を出て行った。

「エルリン、ピーンチ」

「ナーナ」

 寝ていたはずのオクタヴィアとヘモジがおどけて見せた。

「とりあえず使用許可は出たってことだよな」

 キャビンにはアイシャさんとナガレが残っている。

 窓の外は闇。星空だけが輝いていた。

 静かな時の訪れである。


 定刻になるとロメオ君が置き時計を抱えながら起きてきた。オクタヴィアとヘモジはテト専用の席ですっかり夢の中である。役に立たない奴らである。とは言え、起こすのも可哀相なので、このまま放置する。

 僕は操縦席を替わると、備え付けの予備の椅子に座って、魔法談義をして楽しい時間を過ごした。ロメオ君のゴーレム作りのための研究は深度を増していることを知った。今以上に学ぶにはさらなる上級の蔵書が必要になると言っていた。姉さんの書庫は既に漁ったそうだ。僕は魔法の塔の情報を漁ってくる約束をした。せめて、蔵書の名前だけでも分かれば、発注が掛けられる。『楽園』に頼るのもありだと思うけれど、なんというか、趣味みたいなもので、あっさり解決してしまっては面白くないというか…… 過程を楽しむ? ていう奴だろうか?

 キャビンの方は相変わらずアイシャさんとナガレが詰めている。寝ていてもあのふたりなら即応できるだろう。

 


 地平線に太陽が昇り始めた。眩しい光が地平線からこぼれて、あっという間に砂漠の大地に広がった。

 フロントガラス越しに見える琥珀色の景色を僕たちは息を飲んで見つめた。

 オクタヴィアがくしゃみをしてヘモジが飛び上がった。

 おかげでみんな我に返った。

「おはよう」

「ナーナ」

「おはよう」

「おはようございます」

 外の魔物たちも早々に動き始めた。

「微速前進!」

 僕たちは船をゆっくり進めた。

 空によぎる大きな影が目に入った。

 大地に貼り付く獲物を一瞬で捕まえた。

「飛竜だ!」

 僕は望遠鏡で確認した。ガゼルか何かを捕まえたようだった。

 空を見ると飛竜の群れが旋回しながら獲物を物色していた。

「あれはあれで害獣なのだが……」

 倒せない敵でもないのだ。ここは一網打尽にして焼き鳥にするか、無視するか悩みどころだ。

 と思ったら、悩まない連中が容赦なく仕留めた。

 他の飛竜が慌てて散っていった。

「朝飯ゲットしたぞー、兄ちゃん」

 朝焼けの余韻に浸るどころではない。

「ったく、しょうがないな」

「朝から元気だ」

 ロメオ君が笑う。

「ちょっと行ってくるわ」

 肉を回収しに向かう。すると旅団の連中も起き出してきた。

「大物だな」と嬉々として言われたので「そうだね」と返しておいた。

 食い物なら山程調理済みの在庫があるというのに、なんで狩りをする必要があるんだよ。

 僕は急いでボードで回収に向かったが、こちらの獲物を狙っている奴がいた。昨日逃げたはずのフェンリルのうちの一匹だ。同じ災厄に遭遇している身だから温情を掛けてやりたくもあるのだが、あちらはやる気だった。

 僕は接近してくるフェンリルを短銃で仕留めた。肉を剥ぐのが面倒なのでとりあえず『楽園』に放り込んだ。今は飛竜の肉だ。

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