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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第三章 ユニコーン・シティー
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コロコロりん1

『依頼ランク、F。依頼品、黒毛豚。数、一以上。期日、明前月(あけのまえづき)二十日まで。場所、アルガス北部の森。報酬依頼料、銀貨三十枚/匹、全額後払い。依頼報告先、冒険者ギルドアルガス支部』の依頼を早速受けてきた。

 黒毛豚はアルガスの北の森、半日ほど行った渓谷にいる野生の豚だ。木の実が主食でほぼ無害な獣である。たまにはこんな相手もいいだろう。新調した銃の試し撃ちも兼ねているからちょうどいい。

 念のためにギルドの『魔獣図鑑』を閲覧。怪しい記述がないことを確認、大まかな棲息域の情報も頭に入れて僕とリオナは出発した。

 大門を抜け、堀に沿って伸びるのどかな小道を進むと、道すがらギルド御用達の解体屋が現れる。

 そこはとても大きな古びた工場で、広い敷地に巨大なテント生地の屋根が掛けられていた。

 朝も早いというのにすでに大きな前掛けをした職人の姿が見える。

 僕たちは事務所らしき建屋に顔を出し、レンタルスペースの契約を済ませた。

 ここに転送すればギルドに依頼品を届けたことになるのだ。後で書類だけを持ってギルドの窓口に行けば依頼完了である。今回の相手は背負うには大きすぎるのでそういうことにした。

 利用料は報酬額の五分。解体費は含まれないが、今回の依頼はそこまで要求されていないので問題はない。一匹だけお土産用に捌いて貰う予定なので、それだけは別料金だ。

「転送もできるのかい、君は?」

 蟹の一件でリオナと仲良くなった解体屋の兄ちゃんが、不思議そうに杖も持たない僕に尋ねた。

「ええ、まあ」

 僕は無料貸し出しの解体屋専用の転移結晶を受け取ると収納鞄に取り付けた。

「そういえば、これって大型の魔物も転送できるんですよね?」

 僕は尋ねた。

「もちろんできるよ。まぁ、どちらかというと送る側の魔力次第だけどな。一度で無理なら、そんときゃばらして送ればいいよ」

 気さくなお兄ちゃんが答えてくれた。

「なのに人間のゲートは手荷物一個までってどういうことなんでしょう?」

「そりゃあ、ただの物を送るのと、生きてる物を送る差だよ。生きてる物を生かしたまま送るには生かしておくための様々な術式が必要なんだよ。その分消費する魔力も膨大になる」

「そうなんですか……」

「そうらしい。親父の受け売りだけどな。まあ、そのおかげでこっちは安心して仕事ができるんだけどな。生きたまま送られてきたら、たまらんだろ?」

 そう言って高笑いした。

「確かに、そうですね」

 僕たちも笑った。


 棲息地までは少し歩くことになる。朝から歩いて半日の距離だ。馬の一頭でも手に入れるべきなのかな。でも、狩りの最中に逃げられたら散財だ。ふと『草風』を思い出した。

「そういや、赤ちゃん、産まれたのかな?」

 リオナが首を傾げた。

「フィデリオ?」

「違うよ。ユニコーンの赤ちゃん」

 リオナは頷いた。

「見てみたかったのです」

「ま、無理な話だな」

「お姉ちゃんに殴られるのは嫌なのです」

 獣道に横たわる倒木を乗り越える。苔生していてよく滑る。

「まったくだ」

 深い森を抜け、低い尾根を越えると一転、切り立った岩場が眼下に広がっていた。道なりに行くと目標の岩の洞窟があった。

「あの洞窟の先に開けた草原地帯があるはずだ」

 そこが黒毛豚の棲息地になっているはずだった。

「何かいるです!」

 僕も確認した。それは無害な鹿だった。絶壁の崖の上から僕たちを見下ろしていた。

 僕たちは無視して先を急いだ。

 僕は光の魔石を鞄から取り出すと、魔力を通して発動させた。

 姉さんから貰ったものだが、迷宮のなかのものと仕組みは一緒だ。込めた魔力分だけ、輝いてくれる。リオナの方も魔力を込めてやると輝きだした。

 バイブルに確か、懐中電灯という発明品があったと思うが…… どうなんだろ? こんなとき使える物なのかな?

 僕たちは慎重に先を進んだ。僕は剣を抜き身で持ち、リオナも片手に拳銃を持った。

 天井高は三メルテほど。剣を振るには広くないが、奥行きも深くはなさそうだった。新鮮な空気が流れている。

 そんななか『魔力探知』スキルは便利だった。障害物の先まで見通せるのはありがたかった。

 幸い襲ってくるものはなく、僕たちは何事もなく洞窟を抜けた。


「うわぁああ、きれい!」

 青々とした開けた草原地帯が思いの外広く、視線の遙か先まで伸びていた。

 右手側には切り立った絶壁が、頑強な岩肌を露出しながら天を覆い隠すようにそびえ立っていた。左手には底の見えない谷間が薄暗く広がっていて、遠くには霞がかった断崖がひたすら広がっていた。白い鳥の一団が光と影のコントラストのなかを優雅に飛んでいる。

 そこは岩ばかりの渓谷のなかにひっそり孤立してある緑色の楽園だった。

 絶壁の隙間からは湧き水が流れていて、所々に沢にもならない水溜まりを作っていた。なるほどここなら魔物に襲われる心配はないだろう。ころころ太った大きな…… 大きすぎる豚が優雅に闊歩していた。

「でかすぎないか? 色も黒くないしサイズも資料と随分違う気がするけど……」

「あれは黒毛豚じゃないのです。あれはコロコロです」

「コロコロ?」

「獣人の里ではそういう名前だったです」

 どう見ても、岩蟹サイズだし。食いではありそうだけど…… だとしたら黒毛は?

「いた……」

 コロコロの足元で黒毛が普通に草を食んでいた。豚同士で共存しているのか?

「コロコロ邪魔なのです」

 リオナも困っていた。

 この場所でコロコロの情報はない。『魔獣図鑑』にもなかったことを考えると最近、お近づきになったようだ。

 黒毛を狙ったら一緒になって襲って来るのか。来ないのか。

 そこが思案の為所だ。

「コロコロって、食ったことあるか?」

 僕はリオナに聞いた。

「牛の味がするです」

 豚なのに牛かよ…… でもそれなら食えるな。

「一緒に狩るか?」

 リオナが頷いた。

 僕は銃を取り出して『一撃必殺』スキルを発動した。

「うん、大丈夫、一撃で倒せそうだ」

 念のために僕たちは見晴らしのいい場所に高台を作り、登った。

 高い位置から狙撃することにしたのだ。あの図体で集団リンチは怖すぎる。

「とりあえずコロコロは無視で」

 お互い頷いて、射程に収まる黒毛を狙った。

「三…… 二…… 一……」

 銃声と共に黒毛豚たちが逃げ惑う。コロコロも逃げ惑うばかりで襲ってくる気配はない。

 仕留めた二匹だけが草原の青々とした地面に転がっている。

 周囲を警戒しながら、高台を降り、獲物に近づき、僕たちは抜けないように返しのあるナイフに名札が付いた小道具を黒毛に突き刺して収納鞄で転送した。小道具は転移結晶同様、解体屋がただで貸し出してくれたものだ。名札には僕の名前や必要事項がすでに記入されているから、確認の手間が省ける寸法だ。

 ブヒブヒ…… 遠巻きに黒毛が警戒して鳴いている。

 そのとき、ブヒーッと雄叫びを上げて一頭のコロコロが突っ込んできた。おそらく群れのボスだ。群れを守るために突っ込んで来たのだろう。

「コロコロはどうでもいいのに」

 僕は僕たちの間に氷の壁を作った。

 コロコロは見事に突っ込んで激突。失神したようだ。

 大幅に間引かないとこの辺りの草を全部食い尽くしそうな図体をしている…… 頭数にして約二十匹…… どうしたものか? 狩るべきか、見逃すべきか。

 グサッ。

「あっ」

 脳天にリオナの短剣が突き刺さった。

「牛肉です」

 違うから。

 ボスはあっさり昇天した。

 長居は無用。僕たちは黒毛を五匹ほど狩って転移結晶で帰宅した。

「あっ!」

 転移先が屋敷の中庭のままだった。

「これは不法侵入になるのかな?」

 扉を開けてなかに入ると、姉さんがいた。

 うれしそうに僕たちを出迎える。

「ええと…… 転移結晶使ったら中庭に出ちゃって……」

 それから引き留められること一時間、解体屋に寄らないといけないからと言い訳してようやく解放された。

 しかし困った。帰還用の結晶を使うと中庭に繋がるんだった。

 これじゃ、家を出た意味がないよな。でも『銀花の紋章団』のメンバーでもあるわけだし…… 町の公共ポータルを使うべきか……

「エルリンは考え過ぎなのです。会えることはうれしいことなのです」

 リオナが言った。

「でも、毎日家のなかを通るのは気が引けるのです」

 ですよね。



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