夏休みは忙しい1
火後月に入るとスプレコーンの町は建設記念日を控えて騒がしくなった。まだ半月以上先だというのに、町はいつになく活気付いていた。
領主側の増設地も城壁工事が終り、ほぼ完売して、今は建設ラッシュの最中である。
領主もさぞ笑いが止まらないことだろう。
一方、巷で話題を集めているのが金色羊である。広い放牧地に金色のモコモコが闊歩している姿を見ていると目が痛くなる。
今や放牧地の柵には野次馬の群れができあがり、金色羊の置物が飛ぶように売れていた。
「ただの羊の置物を金色に塗っただけなのにね」
売り子の少年が世の理を知る。定価の二倍の値段で捌けていく様はまさに狂気の沙汰であった。
実験段階であるが、伸びた毛の根元も金色のままだそうで、恐らく今後伸びても金の羊毛が採れるだろうとの報告を受けた。交配とか今後の課題は多いが、出出しは好調である。
こちらとしては普通の羊毛を金色に変える方が遙かに楽なのでどうでもいいことだが。夏場に毛糸の編み物をする羽目になったエミリーはいい迷惑である。
一つ朗報があった。マフラーに使う金糸はあくまでワンポイントでということになった。キンキラキンのマフラーを熱望していたナガレ案は却下されたのであった。誰も使ってくれない物を編むのは嫌だとエミリーが暗に突っぱねた結果である。キンキラキンはナガレの分だけということになった。子供たちのピンチは去った。
我が家に関することで他に変わったことと言えば、敷地内に設置した内城門がすべての外壁の完成と共に、解放されたことだ。
これにより、獣人村の新旧が南門を通らず、真っ直ぐ繋がることになった。既に転移ゲートを両方の村に設置してあるので、生活が特に変わるということはないが、直接行き来できることは嬉しい限りである。
うちのパーティーでの最大のニュースはなんと言ってもエルーダ村に『銀花の紋章団』の隠れ家ができたことだった。毎日日帰りする余裕のある者ばかりではないので、安宿代わりの宿泊施設が切望されていたらしい。それが村の新しい造成地に建てられたのだ。
フェデリコ・アルガス伯爵も財源としてのエルーダ迷宮の重要性を認知したようで、梃子入れを始めたらしい。その手始めが造成地の建設であった。
団員専用の買取場は大人の事情でできなかったが、運搬仲買人が週に一度訪れることになった。建物の地下物置に日頃の成果を溜めておき、まとめて買い上げて貰う寸法だ。
今までスプレコーンに持ち帰るために自前で馬車を用意していた団員たちも、大助かりである。これでスプレコーンを離れて個別に活動していた団員たちも、まとまった行動をする機会が増えることだろう。
先行組の僕たちも多少のことなら協力できる。とりあえず建築祝いに山ほどのホールチーズと布団用の羊毛と上等な布、『エルーダ迷宮洞窟マップ』前後巻を三部提供しておいた。どれもエルーダで調達できる物ばかりだった。
「面倒臭かったですか?」
リオナに突っ込まれた。
死者の町から帰還した僕たちは、日常に戻った。以前、アンジェラさんに「足早過ぎる」と言われたので、少しスローダウンすることにした。リオナはまだ冒険者見習いなのだ。遊びたい盛りでもある。
「学校に行ってくるのです」
エミリーと一緒に嫌々出て行った。
「今日は学校の日だったか?」
「冒険でサボった分、補習ですって」
「エミリーまで付き合わなくていいのに」
「エミリーは勉強したいんですよ」
ロザリアが言った。
エミリーの実家は貧しくて、養えなくてエミリー本人を外に出したぐらいだから、教育とは無縁の生活だった。今はアンジェラさんの教育方針もあり、我が家のことより学校を優先するように言われてるし、僕もそう望んでいる。
学校に行っている間に冒険に出るとリオナにへそを曲げられるので、どうしたものかと考えた。すると姉さんが都合よくやって来て、登録を済ませた新型の『アローライフル』を持ってきた。これでスリングの出番は終わりだと思ったら、鏃の供給が遅れているらしい。筒と同じナンバリングのないものは使えない仕組みになっているので、矢が届くまではお預けである。今は西部方面への配備を優先しているから止むを得ない。こいつが必要な場所に行く予定も当分ないから別に構わないが。
「退屈だな」
これからはリオナが学校に行く日のことを考えて用事を作っておかないといけない。
あれか、宝石の精製のために、石を大量に溜め込んでおくか? じゃなかったら……
「そうだ、薬を作らなきゃ! 忘れてた」
死者の町で大量に消費したんだった。姉さんたちの分も用意しておかないとな。
今日の時間つぶしが思い付いて僕はほっとした。
僕は嬉々として地下に籠もり、材料を保管庫から取り出すと作業を開始した。
結構いい時間、掛かるんだよね。
ちょうどリオナたちが帰宅する頃、薬も完成した。完成といっても、寝かせる時間が必要なのだが。とりあえず、面倒な作業はこれで終わりだ。
「お尻が痛いのです」
階段を上がると、ソファーに身を投げているリオナがいた。
「鉛筆どうだった? 使えたか?」
鞄を整理しているエミリーに尋ねた。
「はい、絶賛でした」
エミリーが答えた。
「インクほどにじみませんし、擦れませんし」
僕は完成した鉛筆と鉛筆削りを見せて貰った。
「鉛筆削りで芯を細く削れば細かい文字も書けますから、紙の節約にもなります」
すぐに昼食になった。家人たちがゾロゾロと食堂に集まり食事を済ませる。全員家にいるなんて珍しいこともあるものだ。
さて、午後からだが迷宮に入るぞ。
「ミスリル取りに行くですか?」
「一緒に行くか?」
「行くのです。戦闘第一なのです」
それを言うなら安全第一だ。オクタヴィアとヘモジも一緒だ。
「半日だから、長居はしないからな」
そう言って僕たちは転移ゲートで現地に向かった。
「土蟹も一匹倒して、クヌムで両替して帰るか。リオナは寄りたいところないのか?」
「ないのです」
ゴーレムのいる倉庫に向かい。ミスリルやら宝石を回収する。そして金塊や銀塊も。
リオナがじっと見ている。
「魔法の袋持ってるですか?」
ばれた。
「騙してたですか!」
「いや、そう言うわけでは……」
「アイシャは知ってるですか! 他に知ってるのは誰ですか!」
「アイシャさんと姉さんだけだ。アイシャさんにはすぐばれたから」
リオナはほっぺたを膨らませて抗議した。
「魔法の袋はないですか?」
「うん。ないな。あれはただの物入れだ」
「なんで秘密にするですか!」
「いや、だって凄く不味いことなんだから。ユニークスキルなんだぞ。三つ目だったんだから」
他にもユニークあるけど。
「仲間には教えるべきなのです。一蓮托生なのです!」
「でも、お前ら、話しちゃいそうだしな」
三人はお互いの顔を見合わせる。
そしてお互い難しそうな顔をする。
「努力するってことで」
「努力する!」
「ナーナ」
「おい!」
頼むよ、化け物扱いされるかの瀬戸際なんだからな。
「寝言でも言うなよ。村の連中、耳がいいんだから」
「村の人たちはもうエルリンが何しても動じないと思うのです」
「例えそうであったとしても、秘密は秘密だ」
秘密はばれるためにあるとも言うが。
「頼むよ」と念を押して、狩り場を変更する。
土蟹は相変わらずでかかったが、戦闘はすぐに終った。
「この脚全部持って帰るのはどうですか?」
「みんな驚くだろうな」
ぷーとまたほっぺたを膨らませる。
「『そこは蟹鍋するか?』なのです」
「でもチョビやイチゴの同族だぞ?」
「う…… 止めておくのです」
土蟹の肉は美味しいと言うが、蟹なら他にも手頃なサイズがいるからな。と言うより魔石を採りに来たんだから脚切っちゃ不味いだろ。
それからクヌムの町を散策しながら交換屋へ。
両替した大量の魔石が入った袋を僕はリオナたちの前で消して見せた。三人は多いにはしゃいだ。
久しぶりに休日を満喫した感じだ。
町に戻ると出店で買い食いしながら帰宅した。
三人は既に、ロザリアやエミリーに話したくてウズウズしているようだった。
「こりゃ、ばれるのも時間の問題だな」
自分の口で説明した方がよさそうだ。




