青嵐到来5
僕は何食わぬ顔で前進した。確かに村に近付くに従って嫌な感じが高まっていく。奴らが徹夜ならぬ徹昼して行動しているのもこの陰鬱さが原因だ。闇属性か? 魔力が吸われている気がする。迷宮のなかの環境効果を地で行っている。
ここは一気に浄化する必要があるな。
いきなりロザリアが『聖なる光・改(仮)』を放った。僕はびっくりして振り返った。
うちの女性陣がニヤニヤと笑っていた。
アイシャさんか。術式をロザリアにも教えたな。
お披露目が済んだのならこっちも遠慮はいらないだろう。僕も『聖なる光・改(仮)』を豪快に撃ち込んだ。
敵を無差別に殲滅しながら、陰鬱とした気配をも蹴散らしていった。
ファビオラは僕が光の魔法を自分以上に使っていることに驚いていた。が、どこか懐疑的だった。発動速度も効果もすべては術式の違いから始まっている。それが故の差で術者の差ではない。イメージ云々以前の差だ。
不意打ちを仕掛けようと扉をぶち破って飛び出してきたアンデットが光に当てられ一瞬で塵となって消えた。
通り道に面して出没する敵は粗方一掃した。
空気の重々しい感じも大分薄まった。これなら普通の廃村の埃っぽさと変わらない。
「建物が傷んでない……」
ロメオ君が商店の庇を見上げて言った。
「村ごと保存の魔法でも掛けられておるのかの?」
アイシャさんが言った。
「なんのために?」
「さあな。今はいない遠い昔の誰かではあるな」
「こちらです」
ファビオラが村の左手にある小径の先にある池を指差した。
「あった!」
石の台座が池の真ん中に水没してあった。
傍らには転がり落ちて真っ二つに砕けた封印石が水に浸かっていた。どう見ても自然に割れたものではない。
「水が腐っているな……」
池の周囲の水路の水まで淀んで怪しい色に染まっていた。
ナガレが近付いてきた。
「薬の原液持ってる?」
「非常用に大瓶がリュックのなかにある」
「ちょっとしゃがんで」
僕は言われるまましゃがむと、ナガレがのしかかってきてリュックのなかをあさり始めた。
「ナナ!」
「そこ、オクタヴィアたちの」
ふたりがそわそわしだした。
「あった!」
ナガレが僕に見せて確認させる。
僕が頷くと、蓋を開けて、容赦なく池に流し込んだ。
姉さんたちは目を丸くした。そりゃそうだろ、この一瓶でいくらになることか。
だが反応はすぐにあった。淀んだ一角が透き通ってきたのである。
「そこ堰き止めて!」
流れ出す先を急いで堰き止めさせた。すると水の流れを逆流するかのように透明な水の領域がどんどん拡大していった。
「今のうちよ」
そう言われても馬車は小径まで入っては来られない。
ロメオ君がイチゴを召喚した。イチゴは鋏で封印石を摘まみ上げると、ロメオ君を背中に乗せたまま歩いて池に入っていった。
「大丈夫か?」
心配になったが、ナガレは気にする様子がなかった。
「もうただのきれいな水よ」
そう言って手ですくった。イチゴはロメオ君の指示通りに台座に封印石を納めた。ついでに壊れた石を陸に投げ捨てた。
ロメオ君は魔力を無駄にしないために用が済んだイチゴを解放した。なるほど、これが本来の召喚獣の正しい使い方だと感心した。それに引き替え…… うちのヘモジは肩の上でいつの間にか眠っていた。
「なんだか様子が変じゃない?」
急に涼しい風が吹いてきた。
ヴァレンティーナ様が剣の柄に手を掛けて周囲を警戒する。
「もう堰き止めなくていいわね」
ナガレが僕に指示して堰き止めていた部分を破壊させた。
透き通った水が下流の淀みを押し出していった。
「この水路がそのまま巨大な魔法陣になっているのよ」
「なるほどそういうことか」
ナガレの講釈に姉は納得した。
地図で確かめると、上流からの清流が山の手で二股になり、村を囲むようにして下流でまた一つに合流しているのが分かる。中州に村を造ったのではなく、村の周りにわざわざ水を引いたのだ。封印石は清流が淀まぬように水路自体を保存、浄化してきたのだ。墓守は水路が落ち葉で塞がらないように泥すくいでもしていたのだろう。
そう考えると村の入口が劣化していなかったのも分かる。恐らくその余波で村自体も劣化から免れていたのだ。但し、水路近くだけだ。
現に周囲が浄化されてきたせいで、村の中心部の淀みがはっきり見て取れる。すべての元凶はあそこにある。
「気は進まないけど、この辺りで食事にしましょうか。一服したら本命に向かいましょう」
食事は、ほぼ昨日と同じベーコンエッグサンドとウーヴァジュースだ。ヘモジには持参した野菜スティックを出したが、姉さんたちに奪われ食べられた。ヘモジは恨みがましそうに減っていくスティック野菜を見守った。
僕はお代わりのスティックを『楽園』から出してやると、ヘモジはそれを抱えて隅っこに避難して、コリコリと音をさせていた。
休憩中、ファビオラは自分にも『聖なる光・改(仮)』を伝授して貰いたがった。アイシャさんが教えた以上、ロザリアのものにはさすがにエルフの秘術は含まれていないだろうが、それでも教会の古典術式よりは遙かに高度に洗練されたものになっているはずだった。アイシャさんは、これは『銀花の紋章団』の秘技だとして突っぱねた。それをいいことにうちの姉さんが僕に擦り寄ってきて耳打ちする。
「ああ言ってるぞ」
「同じ団員なんだから術式を教えろ」という意味で言っているようだ。
僕は一言、エルフ語でアイシャさんに修正される前の古臭い術式を読み上げた。
姉さんは眉をひそめた。
「改良版はアイシャさんに教えて貰ってよ。僕からは言えないから」
「ハイエルフの秘術か?」
「そんな感じ」
姉は諦めてロザリアの元に向かった。ファビオラといっしょになって公開可能な最新版術式を公開させようとロザリアを困らせた。
結果、ロザリアは敗北した。情報は開示され、姉は喜び、ファビオラは困惑した。ロザリアの通った道を彼女は通過するのだろうか? それとも諦めるのか? ここが試金石である。
村の中心部に向かう道を僕たちは進んだ。馬車は荷台を外し、馬だけを引き連れている。手綱はエンリエッタさんが握り、その頭の上にはオクタヴィアが、背中にはヘモジを抱えたヴァレンティーナ様が乗った。姉さんとアイシャさんは最後尾に付いている。
光の届かなかった暗がりにはまだアンデットが隠れていた。寝ている者は兎も角、寝ないでフラフラしている奴は僕とロザリアが潰していった。リオナは偵察に専念し、ナガレとロメオ君は、ファビオラと馬を左右から挟む形で警護した。いつになく変則的だ。
姉たちは対ドラゴン戦に備えて力を温存しているのか、今のところ何もしていない。
万能薬もあることだし、遠慮なくやってくれていいんだけど、敵が弱すぎるのか食指も動かさない。
急に風が吹いて、霧が前方から迫ってきた。と同時に屋根の上に影が覆い被さった。
ロザリアが頭上に光の矢を放つ。ひるんだ敵にロメオ君が火の球を食らわせた。
敵は燃え上がった。
それは巨人族のスケルトンだった。いや、ゾンビだったものか…… 今となってはよく分からない。よく燃えるとだけ言っておこう。
うなり声と共に、もう一体が燃え始めた。飛び火したようだった。巨人族のアンデットは村の建物も手に持った棍棒で容赦なく打ち壊した。
そのときだ。巨大な何かが燃えている巨人族の魔物を横薙ぎにした。巨人族のアンデットは全身炎を纏いながらバラバラに砕け散って、視界から消えた。
「出たか!」
姉さんが前線に飛び出してきた。と同時にヴァレンティーナ様がすれ違い様、馬から飛び降りた。エンリエッタさんも馬の手綱を近くにいたナガレに託すと、ふたりの後を追って前線に立った。俄然やる気を出したようである。




