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消えた情報と金色羊

「ケルベロス?」

「そう、ケルベロス」

 スプレコーンの事務所でロメオ君が言った。

「四十階層のボスってケルベロスだったよね」

 ロメオ君は『エルーダ迷宮洞窟マップ・下巻』を何度も確認する。

「そう言えば…… ケルベロスだって言ってたよな。あれ?」

「てことはまだボスを倒してない?」

「あのさ、この表記おかしくない?」

「何が」と問い掛けて僕も気付いた。

 そうなのだ。僕たちが見ているのは四十階層の情報欄ではなく、三十九階層の情報欄なのだ。

 これはどういう…… 四十階層のボスは四十階層の情報欄に書いてあるのが常套だ。

「今気付いたよ」

 僕たちは顔を見合わせる。

 誤植か? それとも訳ありか?

 分からないときはマリアさんに聞くのが一番だ。せっかくの休日を僕はエルーダ村にヘモジとふたりで向かった。



「結晶キーであなたたちは扉を開いて、あなたたちだけのランダムなマップの世界を攻略したのよね」

 マリアさんの言葉に僕は頷いた。

「そこのボスらしきものは倒したのよね?」

「ええ、まあ。あれがボスと言えるのなら」

「結晶キーを持たなかったらどうなってたかしらね?」

「そりゃ、迷路に入れなかったんじゃ?」

「三十九階層の台座には別の仕掛けがあってね、結晶キーを使わなくても扉を開ける方法があるのよ。それをして、四十階に下りると地獄の番犬ケルベロスが待ってるって寸法なのよ。分かりやすく言うとね、「長い迷路を行かなくても、ショートカットできますよ。でもその分敵は強いですよ」て話なの。因みにどちらかの方法で一度でも扉を開けたら残りはクリアーできなくなるから」

「ケルベロス倒せなかったら最悪だな。確かレイドを組まないと倒せないとか」

「地図にはそう書いてあるわよね」

 それがないから、困ってるんだけど。

「過去の詳しい情報はないんですか?」

「典型的なケルベロスの情報以外に何かあるの?」

 言われてみればその通りだ。

「マリアさんは、ケルベロスと?」

「命あっての物種よ。わたしも遠回りを選んだ口よ。強さがはっきりしない強敵より、生存率を優先したわ」

「このマップ情報の表記、これでいいんですかね?」

 僕は四十層の頁を開いて彼女の前に晒した。四十層の大雑把な特徴と登場する魔物のリストだけの頁。回収できるアイテムリストも若干不十分だ。

「ケルベロスに会いに行くかどうかは三十九階が鍵でしょ。台座は三十九階にあるわけだし…… ちょっと、四十階に注意書きはなかった?」

 地獄の番人の情報がないことに彼女は動揺した。本をひっくり返したり、頁をめくり直したりして何度も確認した。

「これって……」

 マリアさんの表情から笑顔が消えた。そしてすぐアイテム販売所の店員を呼んで、新書を持ってこさせた。そして封を破いて頁を開くと、ケルベロスに関する情報がはっきりと開示されてあった。

 そうだ、この頁だ。見覚えがある!

「だとしたら、なんでだ?」

 僕の本の発行年月日は新書と変わらなかった。

 でもこの部分だけが、店員が言うところでは、古い記載になっているのだそうだ。

 遡ると、最初にケルベロスが発見されたのは今からわずか十年ほど前らしい。マリアさんも改訂には立ち会ったので覚えているらしい。

 こんなことがあるだろうか? この部分だけ古い情報に差し替えられていたなんて。


 ケルベロスについて話した記憶があった。あの時、ロメオ君に言われて思いだした。元々階層には注意を払っていなかったから、もっと深くなったら出会えるものと、いつの間にか勘違いしていたらしい。失った情報にすり合わせるために記憶を改ざんしていたのかもしれない。

 でも、確かに覚えている。あの時僕たちは確かに四十階層のボスの話をした。解体屋の職人とも話した。

 誰が、一体なんのために…… こんなことを。



 犯人は身近にいた。

「リオナがやりました」

 リオナがごめんなさいをした。

 犯人はリオナだった。

「お姉ちゃんに取り替えて貰ったです」

「どのお姉ちゃんだ?」

「レジーナ姉ちゃん」

「なんで?」

「リオナ、頑張って予習してたです。それでついうとうとして…… 涎垂らしたです。それできれいにして貰おうと思ったのです。エルリンだけならいいけど、他の人も見るし…… でも魔法が効かなくて。頁も貼り付いちゃって……」

 くすん。と鼻を鳴らした。

「情報改ざん防止用のプロテクトが掛けられているからな。普通の浄化魔法じゃ、染み込んだ汚れまで落とせないんだよ」

「お姉ちゃんもそう言ったのです。だからお姉ちゃんの本の頁と少しの間だけ入れ替えさせて貰ったのです」

 真っ赤になって耳をぺたりと頭に貼り付けている。こっちがいじめている気になる。

「姉さん、頁直してくれるって?」

「有料になるけど、取り寄せてくれるって言ったです」


 それから、ロメオ君に真相を話しに向かった。

 涎の件は伏せておく代わりに、ジュースをこぼしたことにしておいた。この件に疑問を抱いたのはロメオ君だけだったので、あえて拡散することもなかろうと判断した。


「余り叱らないでおやりよ」

 アンジェラさんが食器を片付けながら小声で言った。

「アンジェラさん知ってました? リオナが予習してたって」

「天真爛漫なあの子を見てると想像できないけどね。でも、あんただって出会った頃のあの子のことは覚えているだろ?」

「すっかり忘れてた」

 あいつは人知れず努力する子だったんだ。

「あの子はあんたの後ろを追い掛けるのに必死だよ。もう少しゆっくり歩いてお上げよ。あんたの歩みは早すぎる」

「そうですか?」

「そうよ。みんな優秀だから付いて行けてるけど、気を付けなさいな。冒険だけが人生じゃないわよ。ちゃんと息継ぎしないと」

「確かに、一年ちょっとで迷宮地下四十階攻略だもんな。僕も姉さんやヴァレンティーナ様を追い掛けるのに必死過ぎたかもしれない」

 リオナはまだ冒険者にもなっていない、仮免中だったんだよな。

「手紙来てたわよ」

「誰から?」

「魔法学院から」

 パスカル君たちからであった。夏休み、大所帯で来るそうだ。

「気が早いな、まだ一月もあるのに」

「一月なんてあっという間よ。今月はスプレコーンの建設記念日も入ってるんだから、急いで宿の手配済ませときなさいよ。どこも一杯になるからね」

 それはもうとっくに済んでる。新しい宿泊所の最上階をすべて彼らのために押さえている。

「騒がしいわね」

 家の外で、子供たちが騒いでいた。

「大変です! おば様」

 エミリーが飛び込んできた。

「どうかしたの?」

「金色の羊が!」


 中庭を覗くと裏木戸からゾロゾロと子供たちが入ってくるのが見えた。

 その先頭には金色に輝く羊が二匹。

「あいつら本気で買って来やがった」

 同情した僕が馬鹿だった。

「見なさい! これがわたしたちの金色の羊よ!」

 ナガレ…… 馬鹿か、お前は。

「こら、ナガレ! お前、そいつらを面倒見きれるのか?」

「世話はプロに任せるに決まってるでしょ。今契約してきたんだから」

「羊毛が取れるのは一年に一度だけだぞ。羊毛目当てなら買った方が安く済むだろ?」

「これは実験なの! 金色の羊が金色の羊を産むかとか、毎年金色の毛が生えてくるのかとか、肉の味は変わるのかとか、そういう問題なの!」

「どこの牧場と契約したんだ?」

「領主御用達のブリーダーよ。あそこなら警備も万全だから」

「こりゃ、姉さんたちに情報行ったな」

 我が家の玄関のノッカーを叩く音がした。

 来たか……

「領主様がお呼びです」

「庭の草は食べさせるなよ。希少な薬草なんかも含まれてるんだから、羊が腹壊すぞ」と捨て台詞を言って、僕は領主に頭を下げに向かった。

 余計な騒動起こしやがって。せめて身内だけでこっそりやってくれないと。自重しろよな。


「紛れもない金糸だ」

 いきなり金の毛糸玉を見せられた。

 なんでマギーさんまでいるんだよ。商会まで騒動に巻き込んだのか?

「リオナ様に頼まれまして。羊毛を試験にまわしていたんです。とても丈夫な金糸でした。これなら商品として十分通用いたします」

 リオナ…… さっきのしおらしい顔は全部忘れてやる! 

「先程、知り合いの牧場から連絡がありました。リオナとナガレが羊を金色に変えたとか?」

「そのようですね。さっき我が家に連れてきたみたいです」

「その羊から金の羊毛が取れるのかしら?」

「まあ、今生えている部分からなら。今後のことはふたりもまだ実証段階でして、金色の羊が金の羊を産むのか、毎年金色の毛が生えてくるのかは未知数です」

「面白そうね。うまくいけば毎年大量の金の羊毛が手に入ることになるのよね。町の特産品にもなるかしらね。縫製産業にも予算を回さないといけないかしらね?」

「いや、だからですね。結果はまだ――」

「どうやったのかは詮索しないであげるから、うちの牧場の羊、千頭ほど金色に染めてみてくれないかしら? 実験だと思って。ね。報酬はちゃんと払うから。うまくいけば観光の目玉にもなると思うし」

「まだ目玉が欲しいんですか?」

「品種の改良中だと言えば皆、納得しよう」

 聞いちゃいないよ。

「金の刺繍の入ったドレスもいいわね」

 あの…… 帰ってもいいですか?


 四十階層のボスはケルベロスじゃなかったかという、ご感想を頂きましたので。

「しまった! 失念していた」とは言えないので、一本書いてみました。

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