閑話 ソルジャー・チコ
我がエルリン親衛隊は追い込まれていた。
深い森のなかで敵の襲撃に遭い、今まさに四方を敵に囲まれていた。敵の数はおよそ百人。こちらの数はわずかに五人である。我々はなんとしても現状を打破し、本国に帰還しなければならない。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
「ちょっとピノ、うるさい」
「仕方ないだろ、装備が足んないんだから!」
「だからって隠密行動にその格好はないだろ!」
「それで木の上登れる?」
「実弾じゃないのです。普段着に眼鏡だけで充分なのです」
あれだけ騒がしいのに、何かの罠だと勘違いされて、ピノはここまで襲われないですんでいた。
隠密行動を旨とする我らの戦場にあんなうるさいプレートメイルを着てくるなんて。
「これは俺の制服なの。さっさと前に進もうぜ」
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
「あーもう、うるさい!」
「敵、接近中! 隠れろ!」
接近してくるのはふたりだけだった。
残りはどこ?
自慢の索敵スキルを完全解放した。
「見つけた」
それで隠れたつもりかッ!
ソルジャー・チコの敏感な耳は騙せない。
「挟み撃ちにするつもりだよ」
あんなうるさい馬鹿には、こちらの位置がばれるから死んでもらってもかまわないのだが、同じ釜の飯を食った仲間を見捨てることはできない。
隊長リオナが指示を出して、我々は配置に就いた。隊長は隠密のプロだ。万事任せておけば大丈夫なのである。
敵は猫族、案の定、木の上からやって来た。
だが、敵の本命は我々の反対側から迫ってきている。
敵も気配を消した。だが遅すぎた。ソルジャー・チコの耳と鼻は一度捕らえた獲物は逃さない!
「うう…… ソルジャー・チコの腕力では射程が足りない……」
茂みのなかから放たれた一撃が敵の先兵に命中した。ピオトである。
「うわあああー。やーらーれーたー」
演技が下手糞であった。
取り敢えず敵のひとりが倒れた。
だが、一撃を加えたピオトの位置は特定されてしまった。
もうひとりの先兵が反撃を開始する。
そのとき、ガシャン、ガシャン。
敵はひるんだ。チコもひるんだ。
バシュッ!
ピノの一撃が炸裂した。
「うわあああー。やーらーれーたー」
こいつも大根だった。
我らを挟撃しようとしていた敵本隊が急速に接近する。
チコは場所を移動する。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
うるさい! ピノは移動するだけ無駄!
新手のグループが現れた。
これは同士討ちさせるに限る。
我らは手で合図を送り、消臭魔法で臭いを消した。
若様直伝である。これで敵はこちらの動きを察知できなくなる。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
「……」
幸いなことに、敵は一枚岩ではなかった。
我らを討ち取ろうと召集されたのは各国の諜報機関の連中だ。それぞれが違う理由で、立場で我らを追ってきていた。そして手柄を独り占めしようと、互いに反目し合っていたのだ。
テトが別働隊を威嚇しながら、敵同士を鉢合わせさせようと画策していた。さすが頭脳派なのである。どっかの馬鹿とは違う。
でも馬鹿は最強だった。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
敵が一斉に動いた。
突然、迎撃されたと判断した敵は目に入る物を手当たり次第に撃ちまくった。
双方が二人ずつ倒れた。
そして大根部隊の最後のひとりが、敵に挟まれて息絶えた。
「やーらーれーたー」
余りに下手な演技に勝ち残った連中は棒立ちになった。
「今だ!」
チコたちはあっという間に敵を殲滅した。
森の奥で散発的に衝突が起きていた。
耳を澄ませろ、チコ。
接近する敵を探し出すんだ。
隊長が「こっちに来い」と合図する。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
「見つかった」
また、ピノのせいで見つかった!
我らは再び茂みに紛れた。
「今、こっちから音がしたぞ。ピノだろ?」
「なんでまだあいつ生きてんだ?」
「敵の罠じゃないの?」
「他の連中狙った方がよくないか?」
手遅れだ。
我らの包囲網のなかに既に踏み込んでいる。
「うわっ」
「うおっ」
「痛っ!」
「やーらーれーたー」
みんな大根だった。敵の残存兵はどこかに隠れている。
「!」
「ピノ、危ない!」
ピノがふたりに挟撃された!
やられて欲しいような、欲しくないような。
だがピノは敵の攻撃をかわした。
反射神経の化け物である。そして弾を撃ち切った敵は次弾の装填中にこちらの攻撃で死んだ。
「やーらーれーたー」
もう何も言うまい。今後の課題として、提言することにする。
互いにつぶし合い、森のなかの生存者はようやく半数になった。
我らは息を潜め、敵の数が減るのをじっと待った。
木の上に何かいる…… 敵か?
ソルジャー・チコはスリングを放った。
「きゃっ」
敵の斥候を叩いた。
木から落ちた敵が無言だ。
「大丈夫ですか?」
「チコちゃん? こっちは大丈夫。頑張って」
敵に応援されてしまった。
丘の下で戦闘が始まった。
結構大規模なものだ。移動する足音が全部で十五。我らはすぐに身を隠した。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
敵は突然の大きな音に動揺した。そしてその一瞬で数を半減させた。
恐るべしピノ。味方でよかったような、悪かったような……
我らも泥沼に介入しようとしたときだった。
「おーい、ピザが焼けたぞー」
終戦の合図だった。
周囲はいつの間にか暗くなっていた。
すっかり夜の帳が下りていた。
茂みのなかからポコポコと子供たちが首を出す。キョロキョロしながら互いに終わりの確認をし合った。
我々は森を抜け、若様のお家に向かった。
我ら親衛隊は若様を守った充足感で満たされていた。
「楽しかったか?」
若様が出迎えてくれた。もうチーズの匂いで部屋中が満たされていた。
「楽しかったのです」
「リオナは何もしてなかっただろ!」
邪魔ばかりしていたピノが偉そうだった。
「リオナは保護者なのです。味方が危なくならない限り手は出さないのです」
「チコは、平気だった? 怪我してない?」
お姉ちゃんが心配してくれた。
「平気、楽しかった」
「みんな、お入り。中庭にもう席を用意してあるからね。好きなところに座りな」
「お邪魔しまーす」
「すっげー、これが若様んちか」
「リオナ姉ちゃんの森だ」
「こら、勝手に入っちゃ駄目なのです」
「はっ……」
みんなが固まった。
「あれが例のあれだよね?」
みんな神樹と宿り木を神妙な顔で見上げた。
「マーベラス!」
神々しい輝きがみんなを虜にした。
「ほら、みんな。さっさと食べないと、ピザなくなるですよ」
ピオトが両手に焼きたてのとろーりピザを持って、これ見よがしに口のなかに放り込んだ。
「あち、あち!」
コップを取りたいけど、両手が塞がっていて何もできない。へんてこな踊りをした。
「あーずるいぞ、ピオト」
「ていうか、火傷するぞ」
「早く行こう」
「こら、待ちな。どこに行くんだい。みんな手を洗いな」
アンジェラさんに手を洗うように促された。
「おばちゃん、早く」
「順番だよ」
「焼けたぞ」
トッピングをエミリーさんとサエキさんがして、若様がピザ窯でピザを焼いた。わたしたちはテーブルごとに大皿を持って順番に並んだ。
ぷつぷつと焼ける生地を見つめるだけで、みんなのお腹がぐーと鳴った。
チコたちの分はリオナ姉ちゃんが運んできた。早速、チコも一枚頂いた。
おいしい。これは蟹とコーン味だ。
ピノが二枚目を持ってきた。ベーコンとコーンの奴だ。チコは普通の奴がいい。
お姉ちゃんがウーヴァジュースをチビ樽のまま持ってきた。
「で、みんな、どうだった? 楽しかったか?」
若様が嬉しそうに尋ねた。
「重大な問題があったのです」
リオナ姉ちゃんが深刻そうに言った。
チコも頷いた。
「みんな死に方の演技が下手過ぎなのです」
若様の顔がポカンとなった。
「指摘する所、そこなの?」
チコはその顔がおかしくなって笑った。
「それとピノがうるさかった」
その場にいた全員が頷いた。
明日もスーパーソルジャー・チコは正義のために戦うのだ。だから今は栄養補給。ウーヴァジュースを片手にピザをたくさん頬張るのである。




