エルーダ迷宮侵攻中(金羊毛)36
予約時間間違ったw
「あんたたちなんで羊を連れてるの?」
修道院に預けてあった諸々を回収したり、売却を依頼したりしてから、例のモドキの依頼をこなすために窓口にやって来た僕たちはマリアさんに開口一番そう言われた。
「羊?」
振り返るが羊はいない。もしいたら羊の金鎚で殴っているところだ。
「そこよ。どこから連れてきたの?」
マリアさんが指差す先を、全員が首を傾げながら振り返る。一緒に後ろを向いて首を傾げているヘモジに視線が集まる。
「ナー?」
向き直ったヘモジの頭に羊のお面が。
「まさか、蛙の着ぐるみ――」
「羊バージョン?」
全員が声を揃えた。
「ヘモジ、お面取れ」とジェスチャーする。
「ナー?」
ヘモジがお面を外したところ、どよめきが起こった。
ただでさえギルド事務所にいる羊は目立つのに、それが忽然と消えてヘモジが出てきたら、誰だって驚く。
僕は咄嗟にお面を回収して、『楽園』に放り込んだ。
「また珍品拾ったのね?」
マリアさんは見逃さなかった。
「ええ、まあ」
ごまかしようがない。
こういう物に限ってどこかの金持ちや貴族が欲しがったりするんだよ。「金に糸目を付けない」とか言って、後で余計な騒動になるんだよ。
羊繋がりで羊の金鎚の存在がばれるのは避けたい。あそこをクリアーした上級冒険者は案外持ってる気がするのだが。それはそこに行き着いた者にしか分からない。
「わたしたちは素通りして簡単に済ませちゃったわね」
アンジェラさんは言った。
「そんな戦鎚があったなんてね」
夕飯を囲みながら、経験者に尋ねた。
「わたしたちにはあの迷路で遊ぶ余力はなかったからね」
その頃のアンジェラさんはもう旦那さんたちと行動を共にしていたらしい。
ヘモジが面をかぶった。
エミリーが驚いて、椅子をガタンと揺らした。
羊は「メー」ではなく「ナー」と鳴いた。
「最後のイベントはどうだったですか? 空から落っこちたですか?」
「あんたたちは落ちたのかい?」
リオナが頷くと、逆に感心されてしまった。
「随分無茶なことをするもんだね」
僕たちが望んだわけじゃないんですけどね。
「まあ、あそこは失敗しても夢オチで復活するとか言うしね」
「そうなの?」
全員、食事の手が止まった。
「死んだと思ったら夢でしたってオチを経験した奴もいたね。そいつにはボス戦もなかったらしいけど」
あそこはそういう空間だったのか。道理で誰も騒がないはずだ。あれが普通だったら死人出てるもんな。マリアさんなら注意喚起を山ほどしてくるだろう。
「それで見たものは僕たちと同じでしたか?」
「総体は同じだろうね。でも、立ち位置が違うね。わたしたちは初めから島の上で戦ってたからね」
そういうこと? なんだ、そっちのシチュエーションの方がよかったな。
「あれってほんとのことなんですか?」
ロザリアが尋ねた。さすが教会の娘。気になったか。
「迷宮ってのはね、世界中の世間話をごちゃ混ぜにするところなのさ。空想も現実もお構いなしにもっともらしい話を作っちまうのさ。今となってはただの伝説だったのか、真実だったのか、誰にも分かりゃしないよ。遺跡でも出てくりゃ話は別だがね」
「この町に羊いないですか?」
リオナがナガレを代弁して言った。
「誰かが飼ってるんじゃないかい?」
ミコーレ辺りでは盛んに放牧してた気がするが、この町では余り見かけない。
第一、他人の羊を金色にすることはできない。
「やはり、眠り羊か」
腕組みをする。
「こっちもミスリル取りに行くから、明日一緒に行くか?」
ということで、明日もエルーダ詣である。
地下十一階の山岳フロアーを目指した。まだ、人もまばらな早朝である。リオナとナガレと僕とヘモジは丘の上で草を食む眠り羊を見つけると、落とし穴に落とした。
さすがに驚いて暴れている。
「こいつ、これで剣が通らない奴だったんだよな」
つい去年のことが、随分昔のことのようだ。
モコモコではあるが、さすがに今の僕たちの装備に抗う術はない。
ナガレが腰に挿していた羊の金鎚を抜いて、ジワジワと接近する。
羊は丸くなって防衛体制を取った。
コツンと軽く、モコモコに鎚を落とした。すると……
みんな大笑いした。
「き、金色になった!」
「金のモコモコなのです!」
「何これ!」
「ナー、ナナナナ!」
涙を流しながら、馬鹿笑いした。
目の前にいるのはどこから見ても金の眠り羊だった。羊の形をした金塊にはならなかったが、輝いていた。もっさり、ずんぐりした動きと巧みなコントラストを見せた。
「どうするですか、これ?」
殺してお持ち帰りか? さすがに召喚獣ではないので生きたまま引き回すことはできない。
「面白いから、このままにしておくわよ」
ナガレが言った。
「ナーナ」
生きた羊を叩いたらどうなるかというナガレの実験は済んだ。後は毎年、金の毛を生やすのかという問題だけだ。冗談抜きでリオナと金の羊を飼う算段をしているところを見ると、もう眠り羊はどうでもいいらしい。ふたりの夢はもう我が家の裏手辺りの別の場所に飛んでいた。
金の眠り羊はそのまま解放して、僕たちはゴーレム狩りに移動した。
「大量、大量」
宝石も金塊もミスリルも予定通り回収できて、ほくほく顔で迷宮から出てきた僕たちはすぐさま異常に気が付いた。
地上の空気がざわついていた。
「また何かあったですか?」
僕たちは身構え、剣の柄に手を掛けた。
「違う、違う」
すぐさま門番さんが僕たちに手を振った。
なんでも金の羊を見たとかいう噂で村中持ち切りになっているらしかった。
しかもお昼時の今になっても未だに元気に逃げ回っているようだった。ただでさえ混んでいるあのフロアーが今は野次馬含めて人でごった返しているらしい。
「金のモコモコは強化されたですか」
リオナとナガレが笑った。
昼食を済ませると僕たちはスプレコーンに戻った。戻ると今度は森が騒がしくなっていた。
門扉を入った先の森に立て札が立っていた。
『模擬野戦練習場。柔らか木の実が飛んでくるので通行人は注意!』
柔らか木の実…… いよいよ始めたか。でも……
「ここは駄目だ。もっと表通りから離れた場所にしろ!」
僕が森に向かって話し掛けると、村の子供たちが、長老が以前言っていた練習用の装備をして顔を出した。
「ここがいい」
「近いし」
「手入れが行届いてるから」
「駄目なの?」
お、チコだ。
「駄目みたい」
「もっと誰の迷惑にもならない場所でやれ。通行人が注意しなきゃいけないような場所でやるな。何かあって怒られるのはお前たちだぞ」
「じゃあ、どこならいいの?」
リーダー格の村の少年が言った。
リオナが立ちはだかった。
「いい場所があるのです。付いて来るのです」
リオナは剣を抜いて、森のなかに入っていった。子供たちがゾロゾロとリオナの後ろに付いていった。
「よお、兄ちゃん。今帰りか?」
ピノたちもいた。
ゾロゾロと茂みのなかから小っこいのが引っ切りなしに現れた。
なんで、こんなにいるんだ?
反応はあったが、実際見ると驚くべき数だった。
「何人いるんだ?」
「百人ぐらい。これから十チームで生き残りを賭けたバトルなの」
チコが言った。
「話が大きくなってるわね」
「ナーナ」
ナガレもヘモジも呆れている。
「早くするのです。夜までに決着付かないですよ」
「はーい」
なんだろう。リオナがしっかり者のお姉さんに見える。
「行きましょ。わたしたちがいても邪魔なだけだし」
「そうだな」
僕たちは先に帰宅することにした。リオナが連れて行くのはほとんど使われていない我が家の西南の森だ。獣人の村からは南になる。ユニコーンの温泉エリアの手前の森だ。
「百人か…… ピザでも焼いてやるか」
僕が呟くと、森の奥で歓声が上がった。




