エルーダ迷宮侵攻中(四十階層ボス攻略戦?)34
ガアァンと何かが僕たちの近くにぶち当たった。
亀裂に指を掛けて、部屋を半壊させながら上を目指したはずのゴーレムが落ちてきた。破壊を免れた部屋の一部を手がかりにしようと掴みかかって、引っかくようにして残りを巻き込んで落ちていった。
状況が飲み込めない。
すっかり何もなくなった壁の向こうでは、巨大ゴーレムとミノタウロスの戦闘が続いていた。
「困ったな」
僕たちの足場はもう階段部分しか残っていなかった。
「もしあっちにいたらどうなっていたんだろうね?」
なくなった床の側にいたとしたら。どうなっていたことか? 瓦礫やあのゴーレムと一緒に地の底に落ちて行ったのかも知れない。
しばらく何かが起こるだろうと期待して状況を見守った。
だが、騒がしいだけで状況が進行する様子は一向になかった。
「もしかして一緒に落ちた方がよかったのかな?」
そう言って下を覗くも、とてもじゃないが落ちたいとは思わない。
空に浮かんだ巨大な柱の上と下には何があるのか?
これは一体何なのか? 遠い昔の神話か何かか? 状況は変えようがなかった。
僕たちは来た階段を登ることにした。
日を改めてやり直そう。情報をもっと集めて。適切な行動をしよう。これじゃ何していいのか分からない。取り敢えず転移できる安全な場所を探そう。
すると、おかしなことにあるはずの出口の扉がなくなっていた。代わりに別の通路があって、柱の外壁に続いていた。ようやく全容を見渡すことができた。
やはり僕たちは天にそそり立つ何か巨大な塔のなかにいたのだった。
下から新手のゴーレムが上がってくる。上空からはそうはさせじとミノタウロスが大きな槍や瓦礫を振らせてくる。
柱は雲の上、たまに見える地上は青々とした海原だった。
「どっちが味方で、どっちが敵なんだ?」
「この通路を行くしかなさそうだぞ」
見れば通路は柱の周囲を螺旋を描きながら上下に伸びていた。だが下への通路は先程の巨人の爪痕で抉られていて、先には進めなくなっていた。僕が転移して通路の先を見てきたが、ごっそり柱の壁が削ぎ落とされていた。
上に向かえということらしい。
「急に騒がしくなったわね」
ナガレは暢気に広大な抗争劇を見守りながら僕の前を歩いた。
とてもじゃないがこのペースではいつまで経っても柱の頂上には着かないだろう。
ギイイイイイ。遠くで聞き慣れない音がした。
バキッ、ゴゴゴゴッ……
遠くに見える柱が今まさに折れるところだった。
折れた瓦礫が空から降ってきて、別の柱を襲った。別の柱の外壁が抉られた。ゴーレムが衝撃に巻き込まれて落ちていく。そして見る見るうちに抉られた部分から折れ曲がって、倒れてきた柱の上部が逆さまになる。
雲がズンという音と共に波打った。柱が雲を叩いたようだ。
地上がとんでもない事態になっていそうだった。
こっちの空からも大きな物が落ちてきた。一瞬のことで見分けが付かなかったが、柱の外壁の一部のようだった。
そして幾本もの柱で支えていたらしい大きな天蓋部分が姿を現わした。傾いたまま空からその巨大な建造物が落ちてきた。
ギイイイイイイイッ。
もはや自重を支えきれなくなったようだった。生き残っていた柱もたわみ始め、ぼろぼろと外壁を落下させていった。ミノタウロスの軍勢が傾いた天蓋から次々と転がり落ちていく。
そしてそれが今僕たちの頭上にも降ってきた。
「危ない。逃げろ!」
逃げ場があるわけもなく、ただすぐ横の部屋に飛び込んだ。
僕たちのいた柱も上の方だけでなく、下の方でも折れたみたいだった。
僕たちが逃げ込んだ部屋も大きく傾き、身体が慣性で浮き始めた。
「まずいな、こりゃ」
このまま崩壊に巻き込まれて、いいのだろうか?
ミノタウロスの軍勢が次々追い越して、落下して行くのが見えた。
この高さでは助かるまい。地上はまだ雲の下である。
だが状況はこれ以上悪くなる気配がなかった。落下しているはずなのに、一向に雲を突き抜けない。ミノタウロスだけがすれ違う。
そうか、また何かアクションを起こさないといけないのかもしれない。
僕たちは状況を打開する何かを探した。
何かないか? 部屋から抜け出せる何か。
すると入ってきた入口とは別の扉を見つけた。
今は天井と化している側壁にある扉だ。僕たちはそれを魔法で突き破った。すると突風が足元から吹き込んできて、僕たちは全員、空に打ち上げられた。
そして空中でくるくる回転していると眼下に広がる真っ青な海原が目に入った。
なるほど、あそこに落ちろということか。
僕は結界の張れないリオナの所にまず転移した。ロメオ君はなんとかボードに乗ることができたようだ。アイシャさんは既に落下に備えて体勢を整えている。ナガレも飛び込む気満々だ。ロザリアは、気絶していた。
僕は転移した。水面ギリギリで捕まえて、頭を抱えて飛び込んだ。
水のなかでロザリアは息を吹き返した。一瞬パニクったがリオナがなだめた。
水面はどっちだ? 泡が上っていく方に視線を向けた。
結構潜ったな。息苦しくなる前に急いで浮上しないと。
水面に太陽の日差しが輝いていた。
全員が水面から顔を覗かせていた。
ロメオ君だけがボードで空を飛んでいた。
『エルーダ迷宮洞窟マップ・下巻』は無事だったが、僕のリュックのなかの『魔獣図鑑』はずぶ濡れになってしまった。
あっ、そういやヘモジは? どこ行った! リュックのなかにいたはずだが。
「ナーナナー」
頭陀袋を気嚢にして一拍遅れて落ちてきた。ぽちょん。
竜と化したナガレがヘモジを掬い上げた。
頭陀袋の袋とじの紐に絡まって、溺れ掛けていた。
取り敢えず僕たちはナガレの手引きで最寄りの小島に上陸した。
砂丘には柱とゴーレムの残骸や、ミノタウロスの無残な姿が転がっていた。そして今もまた柱の残骸が空から降り注いできては水柱を上げていた。
「これって、伝説のなかにあった魔族降臨の出来事の再現なのでしょうか?」
ロザリアが言った。
「魔族が空から降ってきたというあれか?」
アイシャさんが答える。
コートルーよりずっと南の土着の伝説だ。
「確かゴーレムはあの時代人類の先兵だったとか」
それにしちゃ、状況が違いすぎるが。
「魔法文明も今より進んでいたとはきいていたけど」
全員が空を見上げた。
「空から降ってくるって、こういうことだったの? てっきり飛行型の魔物の背にでも乗って下りてきたのかと。まさか天を貫く柱から下りてくるなんて」
砂浜に見慣れぬミノタウロスが現れた。
ミノタウロスは咆哮を上げた。
「うるさい!」
ナガレが尻尾で払った。ミノタウロスは一撃で葬られた。
「今の……」
ロメオ君と僕が顔を見合わせた。
「ボスだったんじゃないの?」
見るからに一回り大きく、高級そうな装備を身に着けていた。手にはレアな両手斧が。
周囲を見回すが、他に敵はいなさそうだった。
「飛んだアトラクションだったわね」
ナガレが何食わぬ顔で言った。
四十階層のボス情報がないのはもしかして、影が薄かったからか。状況がスペクタクル過ぎて、気付かれなかったのだろうか? 今となっては目の前のミノタウロスの亡骸がボスだったのかどうか……




