エルーダ迷宮侵攻中(四十階層ボス攻略戦?)33
周囲の崖を崩しても同じことはできた。ただ、それをやると『闇の信徒』が出てくる可能性があるので、わざわざ魔法で作った大岩を落としたわけである。
跡地の水位はどんどん上がっていった。河川は溢れ、結構な高さまであっという間に溜まった。川辺は既に足が着かないほどである。
ミノタウロスたちは、どんどん高台に追い込まれていった。
水は容赦なく跡地を襲った。
益々ミノタウロスは逃げ場を失い、僕たちが見下ろす高台の一角に集まり出す。
「さ、始めようかの」
「何を?」
ロメオ君がアイシャさんに聞いた。
「決まっておろう、殲滅じゃ」
ミノタウロスのいる辺りが一気に白く凍り始めた。
「そういうことか!」
アイシャさんに続いて、ロメオ君もロザリアも氷魔法を放った。
ミノタウロスは逃げ惑うが、水に濡れた床に足を付けた途端、凍り付いて動けなくなった。
「リオナはこれで頼む」
スリングと水の魔石で作った鏃を手渡した。
僕には別の仕事があった。それは堰き止めていた大岩を砕くことだった。このまま水が溜まっていくと水位が堰を越えてしまうし、水が引くまでの待ち時間が増してしまうからだ。敵を一網打尽にさえできれば洪水にもう用はない。
粗方凍ったことを確認すると大岩を破壊した。
堰は一気に決壊して、水は正規の流れを取り始めた。多くの瓦礫が流れに引き摺られて下流に向かい、程良い場所に、程良いサイズの新たな堰を作った。
頃合いを見計らって他の堰も崩していく。凍った島が高台に取り残される。
「余りいい気分じゃないな」
「やってることはいつもと同じじゃ」
薄っぺらな善意は一蹴された。
やがて、ミノタウロスたちが消え去った場所には大量の魔石と装備品が散乱することになる。
念のため残存勢力を確認する。まだ結構な数が残っているが、もはや脅威ではない。射程に入り次第殲滅する。
ずぶ濡れの跡地が残った。
アイテムの選別にはアイシャさんが全力で当たり、リオナたちは殲滅ついでに跡地にあるアイテムを大量に持ち帰る。僕はひとり発見された宝箱を開けていった。
信じられない量になりつつあった。
魔石だけでも回収袋一袋を要した。おまけに『魔石モドキ』もあって、それだけで二袋である。鑑定の終った宝飾品だけで既に頭陀袋を使い果たした。修道院のアイテム保管業務の担当も目を丸くしていることだろう。
魔石以外は全て修道院に流した。跡地を探し回り入れ物を見つけては、押し込んで転移させた。
「昨日帰って正解だったわね」
ロザリアが昨日の早期退却の判断を評価した。
「お昼まで掛かりそうだね」
ロメオ君もすっかり汗だくだ。
宝箱の中身だけは冴えなかったが、それでも修道院に払う手数料分ぐらいにはなった。
「こっち」
オクタヴィアが瓦礫の上で手を振っている。
「どうした?」
「見つけた」
そう言って流された瓦礫のなかに入っていった。
ヘモジがある建物の屋根の上で周囲警戒していた。
なかに入って明かりを灯すと……
「羊の戦鎚……」
壁に十本、すっかり見慣れた戦鎚が立て掛けられていた。
「苦労、無駄になった」
オクタヴィアの言うとおりだ。こんなことなら完全攻略はいらなかった。すべて『楽園』に放り込んだ。
「十本揃ったぞ」
ナガレに報告した。
「感謝する。ヘモジと見つけた」
オクタヴィアが手柄を自慢する。
「えらいぞ、お前らーっ」と言ってふたりを豪快に水に放り込んだ。
慌てふためくふたりの上にナガレがザバーンと覆い被さる。オクタヴィアもヘモジも必死に犬掻きで待避しようとするが、水のなかでナガレに勝てるわけもなく翻弄された。
水遊びをしている三人はさておき、回収作業は続いている。
「粗方片づいたな」
後は坑道を見に行ったロメオ君とロザリアの帰りを待つのみである。
やがてふたりも帰ってきた。収穫はなかったようだ。どうやら裏で繋がっていることはなかったようである。ほんと難易度高めのマップだ。
さて正規の脱出路だが、それは川の本流に掛かった橋の向こうである。
橋は瓦礫やらが引っかかっていつ壊れてもおかしくなかった。
僕たちは荷物をすべて送り出すと、橋を渡り手頃な場所で攻略を中断した。
食事をしながら地下五階の敵の確認をする。五階の敵は即ち、エルーダ迷宮地下四十階層のボスでもある。
「王様みたいなのがいるのかね」
「情報がないもんな。ジュエルゴーレムかミノタウロスの系譜だとは思うけど」
「殺人蜂はなし?」
「クラウンゴーレムだったりして」
「マップ情報にも特にないんだよね。どういうことかな?」
「マリアさんは何か言ってた?」
「底まで辿り着けたのならやれるって。ただ壁にひびが入ったら注意しろだって」
「伏兵かの?」
装備を整え、いよいよ攻略である。
無理なら脱出すると申し送りをする。
さて、午前中、脱出した場所に戻る。
岩に囲まれた通路の先に見慣れた両開きの扉があるのみだ。
慎重に扉を開いていく。
「暗いわね」
僕たちは長い階段を降りた。足音だけが反響する。
やがて足元が明るくなってきたので、ヘモジとオクタヴィアが手摺りの隙間から覗く。
「いない、いない」
「ナーナ」
敵の姿は見えないらしい。
僕たちも側壁で見えないところから手摺りのある高さまで下りてくると、下の有様を確認した。なるほど敵の姿は見えない。
床のど真ん中に大きな囲炉裏が四つあって、大量の薪が燃えているだけだった。
壁を確認する。ゴーレムの彫像でもあるのではないかと。でも周囲を囲うのはただの煉瓦の壁だ。
壁にひびが入ったら注意と言っていたが。もしかしてこの壁が崩れるのか?
壁の向こうに何かいる様子もないが……
突然、部屋が揺れた。大きな亀裂が入った。
「え?」
亀裂って、こんなに大きな亀裂なの?
四面は四面でも天井と床を含めた縦四面に大きな亀裂が入った。僕たちは階段の手摺り部分に固まり、亀裂のどちら側の床が抜けるのか、戦々恐々としていた。
落とし穴の可能性もあるので、全員に転移結晶を用意させた。
天井が崩れ始めた。
何かが軋む音がして、床が大きく波打った。そして大きな衝撃と共に、床の一部が抜けた。
隙間からは雲間が見渡せた。
飛空艇でも到達できなさそうな高度だった。地面が見えない。
こんなことになっている理由が分からない。
だが次の瞬間、亀裂に大きな指が掛かった。
うなり声が響いた。
ボロボロと部屋が瓦解する。
ヘモジは僕のリュックのなかに退避した。オクタヴィアもご主人の肩の上に戻った。ロメオ君は盾をいつでもボードとして利用できるように、背中から下ろした。
部屋の片側が雲のなかに落下した。
「嗚呼!」
何かに部屋の半分の壁を剥がされたようだった。
空いた空間から、顔が覗いた。それは石でできた何かだった。
「ゴーレム?」
垣間見える景色を覗きながら、何が起きているのか推し量る。
どうやら、何かが遙か地底から上を目指して登ってきたようだった。そしてそいつがたまたまこの部屋の亀裂に手を掛けた。そして手がかりにしていた部屋の半分が奈落に落ちた。
空いた空間に上を目指していく魔物の姿が垣間見えた。
巨大過ぎるゴーレムだった。それは人を模した美しい姿をしていた。
上に登っていく奴が、上から瓦礫の雨を降らせた。
「なんなの? あれ?」
僕たちは天井の隙間から上を見上げた。
物理的にはあの上は僕たちが午前中いた石切場の跡地部分のはずなのだが、どこまでも伸びる垂直な壁になっていた。よくよく見ると遠くにも似たような柱があり、同じようによじ登る巨人の姿が幾つも見て取れた。
だが次の瞬間、降ってきた何かに当たって落ちていった。
「なんなのこれ?」
上空にいるミノタウロスが地底から這い出してくる巨大ゴーレムを追い払っているかのようだった。




