エルーダ迷宮侵攻中(殺人蜂・ジュエルゴーレム・ミノタウロス編)31
三階のジュエルゴーレムからは羊の戦鎚は手に入らない。でもミスリルの可能性があるので結局殲滅戦に変わりなかった。
「巡回が来たのです」
「やり過ごすか?」
このフロアーは部屋のなかが安全地帯になっている。巡回しているゴーレムには部屋のなかにいる限り見つからない。元から部屋のなかにもいることはあるが、その場合は葬ってから居座るのである。巡回組はリンクするので場所を選ばないと挟まれる。
現在、僕たちは鬼ごっこをしながら、巡回組の数を減らしている。
「よし、今だ」
やり過ごしたところで、部屋を飛び出し、後ろから脳天に一撃だ。回り込んで攻めれば、振り返ることすらまごつく相手なので戦闘は楽だった。さすがに近づきすぎると巨大な拳が飛んでくるのでそれだけは注意が必要だ。
「気付かれたよ」
通り一つ向こうの巡回ゴーレムに見つかった。
「部屋に戻れ」
僕たちは急いで部屋のなかに待避する。そして別の扉から後ろに回り込む。
ピー。オクタヴィアが『使役の笛』を吹く。
「ナーナ」
使役に失敗した。このフロアーのゴーレムには使役が効きづらかった。五割程の確率で効かない奴が現れた。
戦場が荒れた。使役された者はその場に止まり敵を探し、同じく使役された連中とバトルを始め、使役されなかった者は黒猫を追い掛け始める。
「捕まらない」
そう言って安全地帯の周りをぐるりと回りながら笛を吹きまくる。さすがに繰り返し吹けば使役されなかった連中も、勘違いを起こして周囲の仲間を殴り始める。そうこうしていると余所から更に増援が来て更なる殴り合いが始まる。
「ああ、ミスリルが……」
早期決着を図らなければ、ミスリルを採取する確率が下がってしまう。僕たちは同士討ちをしている連中の頭を撃ち抜いていく。たまに素面な奴がいて、ビクリとするが、同士討ちをしている一体を仕留めれば、相手のいなくなった奴は敵を探しだして、素面の奴を巻き込んでいく。
素面の奴を仕留め、再び殲滅作業に戻る。
やってることは一階倉庫と同じだが、入り組んだ廊下で繰り返される殴り合いは壮絶だった。うまく要所を守っている連中を巻き込んでくれると尚さら楽だった。
あっという間に周囲の平定が終った。
「こっちにもあるよ!」
「こっちは宝石…… 十三個!」
「鉄屑一、宝石十六」
「銀塊見つけた!」
「金塊も発見!」
「ミスリルあった」
「ナーナ」
オクタヴィアとヘモジが駆けてきた。
「あったか!」
これだけあれば新型銃の材料には充分だ。
ドロップ品をすべて回収したところ、おおよそ二十体ほど倒したようである。
結構広い範囲を掃討できた。マップを確認しながら宝石箱を探して回った。ランダムな箱は兎も角、固定の箱だと重要な何かがあるかも知れないので、後で取り逃したと言うことにならないようにしなければならない。
さすがにここまで来るともう一度来たいとは思わない。
「嗚呼、あった!」
何が? 全員が開いた宝箱を覗いた。なんとなかから羊の戦鎚が。
「これ、ランダムな箱か?」
「形は同じだからね」ロメオ君が地図を見比べる。
「隠し部屋ではないね」
ランダムである可能性は高いか。手に入らないと諦めていたナガレは嬉しそうだ。
「残るは三本か?」
意外に集まりそうだ。
「うおおりゃあああ」
四階の踊り場に上がり、屋上への扉をナガレが蹴飛ばした。
敵がいないからいいようなものを。ちょっと乱暴だぞ。あれから宝箱を全部開けて空振りだったものだがら、鬱憤が溜まっているのだ。
「ちょっと……」
だが、そんな気分は一瞬で吹き飛んでしまったようだ。
唯一の進路の先、吊り橋を渡った先にミノタウロスの大軍勢が待ち構えていたのである。
「あれ、ありなのか?」
「もしかすると我らはそもそものマップ選びを間違っていたのかもしれないの」
アイシャさんがしれっと言った。
「今更ですか?」
「あの一階のゴーレム倉庫を見て、気付くべきだったかも知れんな、難易度高目だと」
でもこのシチュエーション。
「使える」
僕はスリングを取りだした。そして、術式を施した魔石。
ピオトに頼んだ物はまだでき上がってこないので、これは棒切れにウツボカズランの触覚を縛り付けて適当に作ったものだ。
僕は敵の密集したエリアを狙ってスリングを放った!
「あ!」
鏃は飛ぶには飛んだが魔力を発動することなく谷底に消えていった。
「魔力を発動せんでどうする?」
アイシャさんに怒られ、スリングを奪われた。
「もっともこのまま普通に作動してしまうと『爆発』してしまうからの。結界があるとは言え痛い目にあっとったじゃろう。まず石に刻まれた術式を書き換えんと」
「最初に言ってよ!」
「いきなり撃つとは思わんじゃろうが! 説明してやる間もなかったわ」
すいません……
「まず、『必中』を発動、筒がないから爆発させても無意味じゃから、最初の『爆発』は省く。
その分『必中』と最後の『爆発』に魔力をまわす。魔法の矢と同様、最初の魔力伝達は番えるときに触れることじゃ。さすがにこの数ではこちらも手加減はできんからの、遠慮なくやることじゃ」
僕は橋の周囲の一団を葬ることにした。橋は傷つけないように注意しないとな。
隊長クラスと思われる一体に狙いを定める。
そして鏃に、この際もう弾でいいだろう。ここは第三者の入ってこられないプライベートエリアだ、何をしたってばれやしない。それをビュンと、空に放った。
晴れやかな青空だった。
「一…… 二…… 三……」
到達までの時間を数える。
「六」
ドオンッ! 砂塵の柱が空に舞い上がった。強烈な爆風が崖の上の集団を襲った。
僕たちは絶句した。
魔法では届かない距離にあれだけの威力のある魔法を放り込めたのである。でもスリングの射速ではあの距離が限界だ。飛翔時間を延ばしても後二割といったところだ。空中戦で使うには距離が短すぎる。一瞬で接近される距離だ。
だが地上戦では、これは文句なしの武器になる。
「人の手に地上を取り戻せる日が来たのかも知れないの……」
「人同士で争わなければね」
「滅亡を早めたかも知れんの」
「圧縮した魔石は人前では使わないようにしないと不味いな……」
「ここでは、そうも言ってられんぞ」
さすがに敵もこちらに気が付いた。ということはなかった。見つけられないでいた。
周囲を慌てふためきながら警戒している。
「もう少しだけ減らしたいの」
安全に橋を渡るにはまだ敵が多かった。
「左右にもう一発ずつかの」
「了解」
「次はリオナが撃つのです!」
「ナーナ」
「オクタヴィアも」
「あんたたちは無理だから。わたしもやりたい」
リオナとナガレにレクチャーをして、作戦再開。
オクタヴィアとヘモジは慰め合っているのか何か話し合っている。
「まずはリオナなのです」
ビュン。
オクタヴィアが二本脚で背伸びして弾の行方を真剣な眼差しで見送った。
「ナーナ」
ヘモジもすぐ横で爪先立ちしてフラフラしていた。
肩ならいつでも貸してやるのに。
「ドーン!」
リオナが擬音を発すると、遅れて轟音と共に土埃が舞い上がった。オクタヴィアとヘモジは爆風を受けて一瞬身体を浮かせるとゴロンと後ろに転がった。
ふたりはむくりと起き上がった。
爆風で毛が逆立った様子を見て互いに笑い出した。
「ナーナ、ナナーナ」
「面白い、モサモサ」
落ち込んでたんじゃなかったのかよ。
浮遊感を楽しんでいたようだった。
ふたりが馬鹿やっている間、敵は見えない敵に右往左往していた。
「今度はわたし。あっちよね」
ナガレが準備する側でふたりがまた爆風に乗る準備をしていた。




