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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第三章 ユニコーン・シティー
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うまうま

「また蟹か……」

 リオナがうれしそうに持ってきたのは岩蟹討伐の依頼だった。

「緊急なのです。うまうまなのです」

 聞けば、さる団体が岩蟹の養殖事業に失敗したことが発端であった。

 会員を募り、食肉用に岩蟹を郊外の生け簀で養殖していたのだが、経費がかさみ頓挫。でかくなった蟹を殺す手間も金も惜しんだ彼らは生け簀をそのまま放置して逃げ出した。

 残された蟹たちは空腹に耐えきれず、やがて脱走、近場のアルガス外周の堀の一角に住み着いた。というより二十匹ほどが落ちて抜け出せなくなったというわけだ。

 水面の高さまで十メルテ。幅は二十メルテ程、堀は急勾配の岩壁に覆われていた。

 町の警備の任に付いていた門番や巡回兵たちは当初、自然死を待つことにしていた。だが、つい先日、うわさが領主の耳に入ってしまい、週末の査察が決定したのである。

 当然、現場はそれまでになんとかしなければならなくなり、今回の討伐依頼になったのだが、駆除するには条件が悪すぎた。

 堀は深く、岩蟹は堅かった。

 幼い頃は岩陰や浜砂の下に潜り込んで過ごしていたかわいいやつも、大人になるともはや我が物顔で、川辺でゴロゴロしながら我が世の春を謳歌するのである。


 今回は緊急ということで報酬額も多く、すでにいくつかのパーティーが受諾していたが、すべて失敗。蟹のでかさと堅さ、地の利のなさに誰もが困り果てていた。

 まず堀が深く、降りたら最後、二十匹の蟹を殲滅するまで上がってこれないことがやっかいだった。瞬殺できるならいざ知らず、二十匹を相手に長期戦を余儀なくされ、脱出も困難となれば、おいそれと降りることはできなかった。

 その上、足元には一、二メルテほど泥が堆積している。この区画の堀の水を、堰を空けて何十年かぶりに抜いたせいで現れたものだが、溜まりに溜まったものである。降りたら最後鎧ごと沈むこと請け合いである。一方、蟹は隠れる場所に事欠かない始末。

 この段階で近接攻撃主体の一組が脱落した。

 ならば遠距離攻撃とばかりに、魔法使いのいるパーティーが対応したが、泥のなかに逃げられ、効果が得られていなかった。魔法使いたちの必死の一撃も、泥の水柱に変わり、周囲を泥だらけにして不興を買うのが関の山だった。

 堀を破壊するほどの強力な魔法を使えれば別だろうが、依頼主がそれを許すはずはなかった。

 状況は膠着状態に陥っていた。



 リオナはそんなCランク依頼が、Bランクの依頼に格上げされたことを見計らってから依頼を受けてきたらしい。とんだ地獄耳である。報酬は金貨十枚から二十枚に跳ね上がったそうだ。

 僕たちのレベルでは本来受けられない依頼だが、Sランクギルドの威光は伊達ではなかった。

 当然現場に行くと、野次馬やまだ居残っていた冒険者たちに「ガキが何しに来た」と馬鹿にされ、冷ややかな視線を向けられた。

 僕とリオナは泥だらけの脱落者には目もくれず、依頼主に現状がどうなっているのか尋ねた。そして、ターゲットが減っていないことにほっとした。報酬の分配をあんな冷たい視線を向けてくる相手と交渉しないで済むと思ったからだ。脚が何本か無くなっているものもいたが、それはこっちのせいじゃない。


 さてどうしたものか?

 普通にやれば、他の冒険者と同じ結果になるだろう。ギャラリーが多いから、余り派手なことはできないし、ヴィオネッティーであることも伏せておきたいから『魔弾』も封印だ。できればリオナの銃も封印しておきたい。銃を使うのが一番簡単なんだが……

 堀のなかをのぞくと、泥から目だけを出して蟹どもがこちらを警戒していた。

『岩蟹、レベル二十四、メス』

 近場の一匹をのぞいたら地下蟹より強かった。これで飼育途中というのは…… 飼育業者は何を考えていたのだろう……

 凍らせるか? でも泥と一緒じゃ、あとが面倒だ。

 問題は泥だな。泥をなんとかする方法を考えないと。

 僕は腕組みをして考えを巡らしていた。

 担当者が「無理ならやめてもいいぞ」と言ってくれた。

「お気になさらずに。効率のいい方法を考えているだけですから」

 僕は答えながら、手段を探した。

 そして泥を固めて足場にしてしまえばいいという結論に達した。濡れた土は固まりにくいことはすでに体験済みだ。だとしたら、ここは土魔法ではなく氷結だ。

 姉のように瞬間冷凍できるなら本体を狙えばいいのだろうが、僕では蟹を拘束しようとしている間に反撃されるのが関の山だ。最悪堀まで破壊してしまう。だから狙うは泥だ。

 地の利がないなら、作ればいい。

 バイブルで勇者も言っている。『天の時は地の利に如かず地の利は人の和に如かず』と。どんなに好機であっても相手に有利な土俵では勝てず、どんなに有利な土俵でも人の輪には勝てないという教えだ。

 ここは自分の都合のいい戦場に作り替えるのが吉だ。

 そうと決まれば、行動は早い。

 リオナと作戦会議を済ませると、僕は蟹のいない堀の縁を凍らせ始めた。そして足場がある程度固まったのを確認すると、用意された縄梯子をたらした。

 蟹はまだ作業を遠巻きに見ている。

 氷上に降りた僕は魔力を解放して一気に氷の面積を広げた。蟹たちがどんなに押しても崩れたり、ひっくり返らないように徐々に質量を増大させていった。堀のなかが一気に冷え込んだ。

 砂漠育ちの岩蟹が、この寒さにいつまで耐えられるか。

 僕はじわじわと足場の面積を増やしていき蟹を追い込んでいった。

 行き場を失った蟹が一匹、氷を必死にひっかきながら登ってきた。近づいてくるのを待って僕は剣を抜いた。

 泥の上に出してしまえば怖くない。

 僕は動きの鈍い蟹の脚をさらに凍らせた。

 僕は背後に回り込むと蟹の背中に登り脳天に『兜割』の一撃を加えた。

 一丁上がりである。

 やっぱり地下蟹より堅かったが、『蟹を狩るもの』の称号は伊達ではなかった。

 歓声が上がった。拍手が沸き起こった。

 リオナがロープを投げ下ろした。

 僕は蟹の身体にロープを縛り付けると脚の氷を緩め引き上げさせた。

 上ではリオナに手配させた牛か馬が準備されているはずだから、引き上げは容易だろう。

 こっちは次の一匹を探して、ゆっくりと追い込んでいく。

 ざわめきが起こった。

 岩蟹が二匹同時に氷上に上がってきたのだ。

 でもやることは同じだ。

 僕は一匹の足元を凍らせ接近を食い止め、残りと一対一の状況を作った。安心、安全が第一である。

 あとは流れ作業である。



 昼前に作業はあっさり終わった。数が減れば減るほど作業が効率化したからだ。

 最後の一匹を仕留めると僕は兵士たちと入れ替わりに梯子を上がって、地表に出た。

 兵士たちは凍った泥をこの際ついでに引き上げてしまうことにしたようだった。

「暖かい……」

 地表はぽかぽかした陽気に包まれていた。堀の底の寒気が嘘のようだった。

「お帰りー」

 リオナが出迎えた。

「臭い」

 泥の腐臭が鼻についたようだ。

 僕はすぐさま消臭の魔法をかけた。

「帰ったら、エルリン洗濯なのです」

 どうやらOKが出たようだ。


 少し離れた場所に人が大勢集まっていた。野次馬か? 最初の一団とは毛色が違うような……

 敷物を敷いて座り込み何やら楽しそうに騒いでいた。

「なんだこりゃ?」

 そこでは宴会が始まっていた。

 ぐつぐつと煮えたぎる大きな鍋に殻をむかれた蟹の脚が放り込まれていた。

 行列に並んでいる兵士たちや野次馬たちに次々鍋が振る舞われていた。

 離れた一角では解体屋の解体ショーまで行われていた。まるまる一匹を専用の包丁一丁で捌いていく行程は目を見張るものがあった。勉強になるなぁ。

 ショーが終わると見学者たちから拍手が起こった。僕も拍手した。


 それにしてもリオナ、お前何をした?

「荷馬車や牛が借りられなかったのです。親を連れてこいと言われたのです。話のわからないやつだったのです。だから解体屋さんにお願いして来て貰ったのです。牛もついでに借りたです」

 リオナの手にはほかほかと湯気の出ている蟹汁の椀が握られていた。

「みんな退屈そうだったです」

 確かに地味な作業だったからな。みんなさぞや暇だったことだろうさ。

 まかないのおばちゃんたちはたまたま昼の弁当を届けに来た兵隊さんの奥方連中らしい。知り合いが知り合いを呼んで、あっという間に大宴会である。

 僕は依頼主の元に顔を出した。

 彼もすっかりできあがっていて、顔が真っ赤だった。

「非番で駆り出されたんだ。これくらいの役得あったっていいだろう」だそうだ。

 完了のサインをいただき、一杯だけ蟹汁をいただくと、後片付けを頼んで、ぼくたちは帰路に就いた。

 突然、リオナが一発ぶちかました。

 空から旋回竜が落ちてきて、地面に激突した。

 辺りが一瞬騒然となった。

 解体ショーで出た臓物を狙って降下してきたところを、リオナが仕留めたのだった。

「泥棒はいけないのです」

 そういうとリオナは武器をしまった。

「旋回竜は肉と、羽根ですね」

 その場で解体屋に回収して貰った。

 銃の存在がばれたかと思ったが、幸い料理に夢中で誰も見ていなかったようだ。

 そうだ、新しい弾丸を考えていたんだった。帰りに鍛冶屋に金型発注しておかないと。

 僕は途中、リオナと別れて鍛冶屋に寄ることにした。


 本日の報酬。依頼料金貨二十枚。蟹脚の代金、宴会用の供出、出張料を差し引いて、まとめて金貨十五枚。旋回竜の諸々、銀貨五枚。大漁であった。



 週末、堀の視察は滞りなく行われた。


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