エルーダ迷宮侵攻中(殺人蜂・ジュエルゴーレム・ミノタウロス編)23
「とおりゃああ」
リオナが元気だ。
敵はミノタウロスなので好きにさせた。
本日の攻略はまず地下二階北側の未到達エリアからである。マップの空白を埋めるためだ。下への入口を見つけてしまった以上、無駄な努力とも思えたが、下から上がってくる階段や、別の下り階段が見つからないとも限らない。
「エルリンはマップに隙間があるのが嫌なだけなのです」
それもあるが、慎重を期したいだけだ。
「ここは一種のミスリル鉱脈だからね。周囲の状況を把握しておきたいんだよ」
ロメオ君、心の友よ。
「確かにエルフも驚きの鉱脈じゃ。知れたらエルフが大挙して押し寄せてくるじゃろうな」
「エルフならジュエルゴーレムを一撃でやれますしね」
「でも、ワンフロアーの一室にゴーレムが何十体も固まってるマップって…… 他のみんなのマップもそうなのかな?」
「入口で屯してる奴らに聞いてみるんじゃな」
順調に北側を攻略していった。
相変わらずゴーレムのいないフロアーだが、その分ミノタウロスが張り切っている。
「ましな斧でも落とせば、ワカバの家族にくれてやるんだがな」
「斧じゃないのがいるです!」
リオナの言葉に全員、前方を振り返る。
通路の先の丁字路を左から右に横断するミノタウロスが確かに別の武器を持っていた。
「レアな予感……」
僕の言葉に肩の上のオクタヴィアが頷く。
持っていたのは鎚だった。それもミノタウロスには珍しい、戦鎚だ。
「ナーナ」
ミヨルニルの所有者が対抗心を露わにした。
だが先陣を切ったのはナガレだった。
落雷一つで仕留めた。
「なによ、このハンマー。変なハンマーね」
ナガレの言う通り、そのハンマーには温厚そうな、凄みも何もない羊の頭のレリーフが施されていた。
そもそもミノタウロスなら牛ではないのか?
話のネタにナガレが回収した。わざわざ自分のリュックのかぶせと本体の隙間に突き通した。
それから数匹のミノタウロスと戦闘を繰り広げ、北側には何もないという結論に達した。しかも宝箱はゼロである。
「完全に無駄足だったのです」
無駄だったということが分かったことが今日半日の成果であったと、言い訳をしておこう。
空も高く、澄んでいて平穏な一日を予感させた。
「一日寝ていたい気分だな」
食堂だけは相変わらず賑やかだ。
「それレプリカですね」
突然、店員の青年に声を掛けられた。
ナガレが遊びで持ち帰った羊頭の戦鎚を見ての発言だった。
「レプリカ?」
「それと同じ形をした黄金のハンマーがあるそうですよ。そのハンマーで叩いた羊は金色に染まり、金色の羊毛が取れるようになるとか」
「凄いのです!」
眉唾に決まってる。第一金色の羊毛なんて誰が買う。
「ナーナ」
「金の羊毛でセーター作るだって」
オクタヴィアも呆れてるぞ、ヘモジ。
「センスを疑うわね」
ナガレの言葉にヘモジは撃沈した。
「一度余興で見てみたい気もするがな」
「余興なのです」
「本物ってあるの?」
「さあ、聞いたことはありませんが」
仮に存在していてもばらす奴はいないか。
「金てことは金属だよね。てことは羊毛が金属になるのかな? それとも金属のような羊毛になるのかな?」
「価値は大きく変わるわね」
馬鹿話を真剣に考察しちゃ駄目だよ、ロメオ君。
でも、前者だったら…… 目の色を変える連中がいてもおかしくないな。迷路はプライベート空間のようだから、他のパーティーの心配はいらないが、見つけたら要注意だな。て、有り得ないから!
「食ったら眠くなった」
「三階まで攻略する予定なのです。行くですよ」
三階の庭園をショーカットせずに、順路通り進み、目的の階段に辿り着くルートを消化するのが、本日後半の目標である。
池の畔の東屋から橋を渡り、対岸の建物に入る。その前に外周の確認をすると脇道が次々見つかった。
フライングボードで上空から確認しながら、マッピングを始める。用紙がいくらあっても足りなさそうだ。
右の庭園のはずれの柵から外に出ると、崖下まで通路が続いていて、底まで降りて行くと祠がある。一方、その手前の庭に面した壁に、斜めに延びた広い階段を上がると、屋根伝いにこの巨大建造物の奥に行けそうだった。橋から左手に進むと今度は建物の縁を左回りで進む道が現れる。正面の建物の入口を含めると四択である。
「どうする?」
「一番近場から攻めるのがよかろう」
「どれも怪しそうよね」
「案外、池をショートカットするのが正解だったりして」
「今日中に走破できるか、怪しくなってきたな」
「まあ、楽しむことじゃ。苦しむために迷宮に来ているわけではなかろう?」
確かに好きでしていることだ。焦ってみても始まらない。
「攻略を楽しむとするか」
「じゃ、一番近場からよろしく」
いつもの隊列で建物のなかに侵入した。
「なんだろうね。これは」
迷路というよりミノタウロスサイズの住人のための宮殿だった。通路は天井が高く、幅もあった。調度品も随分大きなものだった。
一部屋ごとに扉を開けて中を覗いていく。用途も趣も違う部屋が待ち構えている。
「ここは大広間だ」
扉の数だけでも十を超えた。敵の姿はなかったので手分けして扉の先を確認する。ほとんどの扉が部屋を周回する一つの通路に繋がっていたが、一角の扉は厨房に繋がっていた。厨房の先には別の広間があって、そこの扉もまた複数あった。
「まずいな、こりゃ」
すぐに戒厳令を引いた。勝手な行動は慎むべしと。
改めて脱出用の転移結晶の確認をさせた。迷子になって合流が不可能だと判断したら、躊躇せずに脱出するようにと確約させた。
マッピング作業は困難を極めていた。
図面を書いている当人でもないのに、投げ出したい気分になっていた。もう勘で進もうとかと思いたくなるほど、やたらと分岐が多かった。
「ミノタウロス発見!」
広い部屋に一体だけ立ち尽くしていた。
「あれも迷子になったですか?」
「かもしれんな」
向こうもこちらに気付いたようで、叫びながらこちらに迫ってくる。
テーブルや椅子を押しのけ、あっという間に配置をごちゃごちゃにして、自分の進行を妨げた。
接近に苦労している間に、リオナの『ソウルショット』の餌食になった。
「避けて進んだ方が早いのです」
「相変わらず金目の物はないな。装備品も在り来たりだ」
扉の先を確認して回る。
おおよその見当が付くとロメオ君の元に戻って報告をする。
ロメオ君はテーブルに着いて、地図をまとめ始めた。
魔石を回収すると、更に先に進んだ。
次から次へと部屋が現れた。舞踏会用の広い部屋から、クローゼットのような狭い部屋まで。数段のステップから、踊り場付きの本格的な階段まで現れた。窓のある部屋、ない部屋。天井の高い部屋、低い部屋。敵のいる部屋、いない部屋。
「これは、大変なことになったわね」
マップは順調に埋まっていく。だが、フロアーの広さは既に上階の四倍だ。広い空間をただ歩かされている感じがしてつらくなってきた。
調子のよかったリオナも、足のだるさを感じているようだった。
建物の右手片面の壁に沿ったエリアはほぼ制圧した。現在L字型に折れて、入口から正面奥の壁の攻略中である。
「あああっ!」
突然、リオナが叫んだ。
僕が開けた宝箱のなかから、数枚の紙の束が出てきた。
「地図見つけたッ!」
全員が駆け寄った。
それは、現在攻略中の建物の地図だった。
「一枚が一層を表してるんだ。ほら、この階段が下の紙にも続いている」
「地図に番号が振ってある」
「他にもあるのかも知れない」
自分たちの書いた地図と見比べながら、成否を確認した。地図に間違いはなかった。隠し部屋を幾つか見逃していた。
「宝箱にまだ地図があるかも知れない」
面倒だが確実に行くために、もう一度スタートに戻って、見逃した部屋の確認をし直すことになった。




