エルーダ迷宮侵攻中(インターバル・ワカバ来訪)19
修道院で、アイテムを袋ごと処分した。宝石も混ざっていたが、ほとんど宝石箱から得た安物なので全て任せた。ゴーレムから回収した物はイチゴに積んだので、それだけで充分である。
代金の精算は物が売れてからなので、改めて後日、出直すことにした。
帰宅したゲートの先にはまだ、荷物が放置されていた。
「遅かったな。待ちかねたぞ」
ワカバが地下から現れた。
「ワカバ、何してんだ?」
「とうちゃんが族長会議に参加しに来たついでや。明日まで泊めてな」
「トレド爺さんは?」
「だから、会議言うたやん。とおちゃんと一緒やといびきが酷くて眠れんさかい、逃げて来たんや」
「普段どうしてんだ?」
「とおちゃんの寝室だけ消音結界張ってあるんや。近所迷惑やさかいな」
なんと言っていいやら。
「そりゃ構わないけど。飯食ったのか?」
「若様を待っとたんやんか。そしたら凄い荷物持ち帰ってきたから、びっくりしてん。うち、ミスリルとか金塊見たん、初めてや」
「ワカバ、早く行けよ。後つかえてんぞ」
子供たちがゾロゾロ現れた。
「遅かったな、兄ちゃん」
ピノが現れた。
「すげー収穫だな。相変わらずボロ儲けだな」
ピオト、お前、もうちょっと言い方が……
「ミスリル、船に使うんでしょ? これでまた強くなるね」
その通りだ、テト。魔法の伝導率も増すからな、省エネにもなるぞ。
「お腹空いた」
「金塊全部運んだらね」
チコとチッタも出てきた。
そしてまた回収袋から小分けした手のひらサイズの金塊を持てる分だけ抱えてみんな、地下に下りていった。
「遅くなったからの。ロメオは先に帰したんじゃ。金塊を小分けにして、宝物庫に運ばせておる。ミスリルの方は明日商会に取りに来させるから、その辺に寄せておけばいいじゃろ」
替わりにアイシャさんが上がってきた。
「宝石も地下の作業場に運んでおいたのです」
リオナが残りの金塊を袋ごと担いで地下に消えた。
「みんな、報酬の精算は? ミスリルは僕の買取にするから、分配考えないと」
「ミスリルは全員からの寄付じゃ。気にするな。残りは等分して貰うが、今でなくていい」
「では謹んで有り難く」
「そのうち、最高グレードの宝石を頂くつもりじゃ、気にするな」
「さあ、食事にしますから、若様は装備を下ろして来てください」
エミリーに押されて、僕も地下に落とされた。
「これ、なんやのん? おいしそうやな」
「いつもなら専用の窯を使うんだけど、今日のところはオーブンで勘弁してね」
サエキさんが言った。
スープの次に出てきたのはピザだった。ベーコンとコーンが載った奴とスタンダードな奴だ。要は祭りの残り物だ。
それと、五種類の肉のステーキとわかめ入りサラダ。
ナガレが新鮮なわかめに感動していた。配達便が来たのかな。
そのナガレの前に追い打ちを掛けるように、脂の乗った魚の塩焼きがステーキの代わりに置かれた。ナガレが固まった。
「人生最良の日ね。何か悪いことが起きなきゃいいけど」
卓上には醤油も並んでいる。
一方、オクタヴィアは泣いていた。お腹も号泣していた。
「魚……」
絶望に打ち拉がれていた。
「今夜は食事抜きじゃ」
仕方なく、オクタヴィアはクッキー缶を開けてクッキーを貪る。
「何かしたの?」
子供たちの疑問に僕たちは全員口を揃えて「敵に突っ込んだ」と答えた。
「じゃ、しょうがないな」
ピノが言った。
子供たちも同情するのを控える努力をした。
「リオナにもつらい時期があったのです」
そういや、そんな時もあったな……
食事を済ませると子供たちは双六を始めた。よく飽きないものだ。
僕は風呂に入り、すっきりしてから地下の作業場に潜った。
作業台に宝石の入った回収袋が転がっていた。
よくもまあ、これだけ大きな宝石が揃ったものだ。一体のゴーレムから三、四、五個取れるので、袋のなかには百個以上の大きな宝石が入っている。
僕は早速、『鉱石精製』で宝石のランク上げ作業を始めた。前回の作業で、限界が見えるようになったので、作業は大分やり易くなった。
一つ一つの石を限界ギリギリまで精製、圧縮していく。
さすがに百個は骨が折れる作業だが、その分スキルのレベルも鰻上りだ。また一つ、二つレベルが上がった。更なる限界が見えてくる。微かなものだが、更に突き詰めていく。
「これ…… いくらになるんだ?」
百個の中の上、上の下ぐらいの宝石の山だ。
これだけ上質の宝石になると、いよいよ商業ギルドに数を卸せなくなる。もはや迷宮で取れたとは数的に言い難い。精々小出しにするしかないだろう。
翌朝、開いたばかりの『銀団』の窓口に行って、宝石をすべて売り払った。
職員は顔色一つ変えずに受け取ると石の仕分けをして、相場の代金を用意した。次のオークションまで間があるので、すべて消費に回して貰うことにした。
販売リストを眺めていたら『高級蜂蜜』の文字に目が止まった。
熊族は蜂蜜好きだったよな。
ワカバのために一瓶購入して帰った。
早速、朝食の卓の上に『高級蜂蜜』が並んだ。
ユニコーンの散歩から帰ってきたワカバは飛び跳ねて喜んだ。
「これ蜂蜜やん。ええんか? これ食べて」
アンジェラさんが瓶の蓋を開けるとスプーンを添えた。漂う甘い匂いにワカバはメロメロになった。
今朝のパンは厚切りのトーストだ。オーブンで温めて皿に盛られている。
アンジェラさんがトーストの上に蜂蜜を塗って、子供たちの前に出していく。
「いただきまーす」
子供たちは順番に目を丸くする。
オクタヴィアが床でぽつねんとしているので呼んだ。アイシャさんももう怒ってはいない。
僕は自分の分をオクタヴィアにちぎって出した。
はむっ。もぐもぐもぐ……
「甘い! おいしい」
ぺろりと一枚平らげた。
「お代わり、食べていい?」
僕に小声でおねだりしたのだが、アイシャさんが自分の皿を差し出した。
オクタヴィアは嬉しさに涙を拭った。蜂蜜だらけの手で。
「おいしい。こんな美味しい蜂蜜、初めてや!」
ワカバも満足してくれたようだ。こちらも口の周りがべったりである。
中途半端に余った蜂蜜をジュースのコップに垂らしてやった。
「おおっ、甘くなった」
そりゃ甘くなるだろう。苦くなったら何かのマジックだ。
子供たち全員、自分のコップでマネをした。
「うま、うま」
「甘い。入れすぎた」
「こっちは足んない」
「ちょうどいいよ」
「いいなぁ、若様と一緒だとこんなに美味しい物が食べられるんやな」
しみじみとワカバが呟いた。
「ワカバの村とこの町の交易が盛んになれば、いつだって食べられるようになるさ」
「あたいもピノみたいに冒険者になろうかな」
それは駄目だって、とうちゃんとかあちゃんに言われたろ? 狩りで生計を立ててるのだから似たようなもんだとは思うが。
「いつでも遊びに来るといいのです。ワカバはもう家族なのです」
子供たちには子供たちの世界で楽しんで貰うとして、僕は糸玉の位置が今のポイントにあるうちにゴーレムを狩ってこようと思った。仕掛けも分かったのでヘモジとふたりでいいだろうが、きのうのリベンジにオクタヴィアも連れて行くことにした。
装備を整えると、振り子列車ではなく、ゲートで移動した。
前回撤収した回廊からの再開である。
ミノタウロスが闊歩する下階を見ずに尖塔の螺旋階段を上がる。
木戸を開けると同じ煉瓦倉庫の光景が広がっていた。
「仕舞った、明かりだ」
昨日はロザリアがいたから気にならなかったがこの部屋には明かりがないんだった。
急いで懐中電灯と光の魔石を準備する。
そしてふたりに魔石を持たせ、僕はライフルに懐中電灯を括り付けた。




