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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第三章 ユニコーン・シティー
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閑話 姉と姉

「どうしよう、どうしよう、ヴァレンティーナ!」

 早朝、執務室の扉を乱暴に叩いたと思ったら彼女が飛び込んできた。

「何よ、血相変えて。ユニコーンでも攻めてきたの?」

 彼女は首を振った。彼女が動揺する理由なんて限られている。

 聞くまでもない。

「また喧嘩でもしたの?」

 それはもう済んだはずだ。それとも、まだ尾を引いてるのか?

「弟が、弟がぁああ……」

 ほんとにこいつは弟が絡むと駄目女になるな。

「しっかりしなさいよ。何があったの?」

 これが、弟を死の一歩手前まで痛めつけた鬼教官の姿なのか? 

「弟がこの家から出て行くっていうのよぉおおおおお」

 こら、抱きつくな! 髪セットしたばかりなんだから。

「なんで急に、そんなことになってんのよ」

「知らないわよ」

「なんで聞かないのよ?」

「聞いたわよ、聞いたけど教えてくれなかったのよぉおお」

 子供か! いつもの横柄さはどこへ行った?

「ヴァレンティーナァ……」

「わかった。聞いてきてあげるから。聞いてあげるから、その顔どうにかしなさいよ」

「ありがどー だずがるー」

 ズビーッと鼻を啜る。



 レジーナが鬼教官になりきれなかった指導の翌日、泣きを入れてきた彼女のために、私は嫌々ながら間を取り持つべく行動を起こした。

「エルネスト君ですか?」

 マギーに尋ねた。

「今日はもう狩りに行きましたよ」

「リオナも一緒?」

「はい」

 あれだけ半殺しの目に遭ってよく行く気になったわね。姉も姉なら弟も弟だわ。

 彼らの狩りは朝の散歩と同義だから、昼には帰ってくるでしょう。

 問題はそれまで姉の方が保つかだが……

 案の定十分おきに聞いてくる。

「だから帰ってきたら聞くって言ってるでしょ!」

 その度にトボトボ帰って行く。

 どこかで内乱でも起きないかしら。放り込んでやるのに。

 やがてリオナだけが帰ってきた。

「お帰り。収穫は?」

岩蟹(ロッククラブ)が二十匹、旋回竜(サークルナーガ)を一匹、狩ってきたです」

 リオナが自慢げに言った。

「え?」

 どこまで行ってきたの?

「岩蟹は国境向こうの砂漠に行かないといないと思うんだけど?」

「外の堀にいたです。緊急事態だったです」

「緊急事態?」

「視察がクビなのです。犯人は馬鹿タレでした。でもうまうまだったです」

 言ってることが全然わからないんだけど、今はこっちの方が先よ。

「相方は?」

「鍛冶屋さんに行ったです。新しい銃の弾作るために金型を作って貰うと言ってたです」

 弟君、今度は何をやろうというのかしら? 

 また面倒なことになるんじゃないでしょうね。ほんと目を離す隙もないんだから。

「蜜のよくなる木には蟻がたかる」と先人もよく言ったものだわ。ある意味、災害級よ、あの子は。

 結果的に巻き込んだこっちの言い草じゃないけど、当分は自重してほしいわね。

 レジーナじゃないけど心配になってきたわ。

「いつもの鍛冶屋?」

「たぶん」

 私はエンリエッタを呼んで、鍛冶屋に向かわせた。

 そして入れ替わりに彼が戻ってきた。

「あ、ちょうどよかった。地下の保管庫から出したいものがあるんですけど」

「その前に聞きたいことがあるんだけど」


 私は執務室に彼を引っ張り込んで問いただした。

 家を出たい理由が姉を嫌いになったせいではないことを確認すると、わたしはひとまず安心した。

 彼の決心はかたくなだったが、アンジェラのおかげで、なんとか妥協点を得ることができた。

 これならレジーナを説得することもできるだろう。

 これでどこか別の街にでも放そうものなら、どうなることか。

 ほんとに面倒な姉弟なんだから。



 わたしはふたりの仲に当てられて、妹の顔を拝みに行った。

 妹はジャングルのような自室でドラゴンの頭蓋骨に逆さまに寝そべって眠っていた。

 どう見ても死ぬ玉には見えないわね……

「リオナ、風邪引くわよ」

 扉の先から声をかけるとゴロリと一回転して床に着地する。

「ごはん?」

「違うわよ。エルリン、帰ってきたわよ」

 耳がぴんと立ってにこりと笑った。

「早かったのです」

 リオナの手にはあの忌まわしきボールが握られていた。

「エルリンはやることがあるみたいだったわよ」

 妹は耳をうなだれてしょぼくれた。

 くーっ、我が妹ながらかわい過ぎる。

「お昼までならお姉ちゃんが相手してあげるわよ」

「やったのです。お姉ちゃんと一緒なのです!」

 考えてみれば、この子もずっと母親とふたりきりだったのよね。

 たまにはいっか。



「……」

 執務室の前で膝を抱えて待っている怪しい物体がほどよく疲れたわたしを出迎えた。

「あ、ごめん。忘れてた」

 すっかり解決した気でいたわ。そういや、あんたが残ってたんだった。

「ヴァレンティーナァ…… あの子なんだってェえええええ」

 こ、怖い。怖いから、やめてよ。

「とりあえずアンジェラが住んでいた家に引っ越すそうよ。新しい領地に行っても同じ町で暮らすって確約取ってきたから」

「……」

 喜ぶべきか悲しむべきか微妙なところなのだろう。どう反応すべきか頭のなかの天秤が揺れているようだった。

「それから、嫌ってないそうよ。むしろ感謝してるって。よかったわね」

「ほんと!」

 いい歳してその笑顔は反則よ。それじゃリオナの笑顔と変わらないじゃないの。

「今どこにいるか知ってる?」

「自室でしょ。もうすぐお昼だからほっといても会えるわよ」

 彼女はそれでも喜び勇んで駆けていった。

 まるで恋する乙女だわ。

 わたしは彼女の後ろ姿を見送りながら大きく溜め息をついた。

「とりあえず…… ご苦労さま、レジーナ」


 あの子たちから死の訪れが遠のきますように。


「ところでうまうまって何?」

 

次回、うまうまです。

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