エルーダ迷宮侵攻中(殺人蜂・ジュエルゴーレム・ミノタウロス編)13
情報源と言えばギルドなのでまず窓口を訪れた。
「久しぶりね」と言われて、そう言えば久しぶりだなと思い返した。リオナたちは僕がいない間、何度か来ているのでその限りではないが。
マリアさんは「それは捨てちゃ駄目よ」と言った。
意外な答えに面食らったが、実はこれ、次のフロアーへの鍵になっていたのだ。当たり前なような気がして、でも、肩すかしを食らったような気がして、納得いくような、いかないような。
要するに次の地下四十階は、節目のフロアーになるわけで、当然ボスクラスが待っている。そいつの所に辿り着くためには、この鍵が必要なわけである。
では、他の冒険者はと言うと、実は三十九階層の魔物ならどれでも倒すと、稀に落とすらしいのだ。このときばかりは数が出る殺人蜂がもてはやされる。一網打尽にすればそのなかの数匹は鍵を持っている公算だ。
「特別なものじゃなかったのか」
ボスモンスターが落としたものだから構えてしまったが、他の魔物でも出るのだと思えば気が大分楽になる。
そうと分かれば気楽なもので、ついでに四十階層のことを尋ねてみる気になった。
「四十階層は厄介よ。あそこは本当の迷路だから」
今まではなんだったのだと突っ込みを入れたくなる場面であるが、聞けばなるほどということになった。
四十階層は紛れもなく迷路で、潜ったら最後、普通の方法では出られなくなるらしいのだ。いや、出られはするのだが、スタート地点からやり直しになるらしい。しかも、ゴールは深く、日数もかかるというので、途中、そのままでは退席ができないのだそうだ。
溜め息が出る。
「まず、赤い糸玉を探すことから始めるのよ。糸玉は最上階の宝箱のどこかに必ず入っているから」
「最上階というのは?」
「迷路は多層構造になってるの。横に広い迷路が五層連なって、一つの迷宮を形成しているのよ。最下層はボスがいるだけのワンフロアーだけどね」
上下にも入り組んだ構造をしているらしい。
「糸玉は何に使うんですか?」
「それがとても重要なのよ。糸玉があると外に脱出しても、続きを脱出したその場所から再開できるのよ。正直この糸玉がないと、攻略は難しいわね。迷宮を延々と彷徨うことになると思うわ。リアルな迷宮探索をしたければ別だけど」
念のために『楽園』に補給物資を放り込んでおくことにする。と言っても一旦帰宅してからだが。今日のところは何かあったらスタート地点からやり直せばいいだろう。
「糸玉は結晶キーに対して一つしか出ないから、なくしたら、結晶キーからやり直しよ。自分たちの糸玉が第三者に取られることはないから安心して」
「これから入っても」
「そうね、運がよければ今日中に見つかるでしょう。でも見つからずに何日も彷徨うケースもあるから、気を付けて。立体構造になってるから、降りて登った場所にあったりもするから注意してね。どうしても見つからないようなら、結晶キーを改めて取り直すのがいいわね。糸玉は嵌め込んだ結晶キーと対で存在するから、複数持っていても意味はないからね。行き先ごとに使い分けたりできないから。そこはもう別のマップだから。大枠は同じだけど、結晶キーごとに細部が変化するから、余所の地図は使い回しできないのよ、いいわね。自分でマッピングするのよ。他のパーティーに邪魔されないことだけはメリットだけど、応援も期待できないからね」
「ギルドのスタッフも?」
「ギルドには裏道があるから大丈夫。余り出てこないようなら探しに行くから、潜るときは必ず申告してから行きなさいね」
裏道というのはマスターキーか何かだろうが、いろいろと面倒なフロアーらしい。
当然、鍵師を調達するように言われたが、そっちの心配はしなくていいだろう。
少し早いが、昼食にして、糸玉探しをすることにした。
「新しい敵はミノタウロスだって」
ロメオ君がマップ情報を確認する。
「牛頭なのです」
「牛……」
「体力があって、危機に瀕すると攻撃力が上がるって。殺人蜂とジュエルゴーレムも出るらしいよ」
「面倒臭いのです」
殺人蜂は兎も角、ゴーレムとミノタウロスを倒しながらの攻略というのは確かに厄介だ。
四十階層に入ると湖畔の入り江に出た。周囲は何もない平原に囲まれていた。池の中央には島があり、これ見よがしに大きな両開きの扉が設置されていた。
池に掛けられた吊り橋を渡り、重厚な扉の前まで来ると僕は結晶キーを嵌め込む穴を探した。だが扉には嵌め込む穴がどこにもなかった。周囲を探すと、蔓草に隠れて汚れた台座が見つかった。
「ここに嵌めればいいんだな」
水晶キーを嵌め込むと、大きな扉が音を立てて開け放たれた。
覗き込むと足元に石畳の階段が現れた。
階下へと延びるその壁面には火の魔石の燭台の明かりが煌々と燃えていた。
「まさに迷宮」
マップ情報を頼りに、大まかな方向を定める。
階段は迷宮のほぼ中央にあり、今日のところは一番狭い西のエリアを探索することにした。
殺人蜂がやたらと多かった。虫除けで避けているだけでは面倒なので、誰も見ていないことだし、豪快に燃やすことにした。
燃やし尽くすのでドロップ品も出ないわけだが、その分点在する宝箱がそれを補った。
さすがに狭い迷路を巡回するゴーレムはいなかったが、要所要所に姿は見ることができた。
今回は誰も文句は言わない。有効手段を行使して時間短縮を旨とする。
急所はすぐに見つかったり、見つからなかったりした。見えなくても少し魔法で削ってやれば、急所はすぐに現れた。
「こっちでみんな狩ったほうがいいのです」
勿論そういうチームもあるだろうが、ネックはミノタウロスだろう。
たまーに通路を巡回しているミノタウロスだが、こいつが思いの外強いのである。まさに牛の如き突進を仕掛けてくるのだ。背中の両刃の大斧を掲げると、人生に迷いなんてないとばかりに、豪快に振り回しながら突っ込んでくる。
「ウモオオオッ」と叫びながら、ひたすら殴りつけてくる。
魔法を食らっても意に介さない。兎に角、止まらない。
ただ二体に一体は、僕の結界に突っ込んで、昏倒するので、リオナとヘモジは笑いが絶えなかった。ヘモジは相変わらずだが、ゼロ距離からなら、通常弾頭でもミノタウロスの急所を射貫くことができた。リオナにとどめを刺させた方が、弾代がかさまないのだが。今日のところは気楽に行くことにした。
迷路に罠はない。迷路それ自体が大きな罠であり、宝箱が小さな罠を兼ねていた。
「ゴーレムだ!」
僕は銃に『魔弾』を込め、『一撃必殺』を発動させた。
胸の鳩尾辺りにある反応を射貫いた。
大きな石の塊が部屋に転がり、動かなくなった。
「おおっ」
みんながドロップ品に歓喜の声を上げた。
少量だがミスリル鉱が取れた。
こいつ、ミスリルを落とすのか!
これは大きな収穫だった。ミスリルは欲しくても故意には手に入れられない物だったからだ。確率の問題はさておき、こいつから取れると分かれば御の字である。
俄然やる気が起きてくる。ミスリルが手に入れば飛空艇をもっと軽く、丈夫にできるのだ。
だが、そうなるとミノタウロスがうるさく感じる。
ヘモジはようやく銃を返却して、ミョルニルを装備し直す。気分転換はできたようで、晴れやかな顔をして軽やかにハンマーを振り回す。
「宝箱があったのです」
だが、その前には二体のミノタウロスが陣取っていた。




