夏の予感
「駄目に決まってるでしょ」
執務室の大きな机の向こうでヴァレンティーナ様があっけなく言った。
「あなたは十四歳、リオナは十歳。あなたのご両親が許しても、わたしが許しません。独り立ちなどまだ早い」
「お願いします!」
僕は深く頭を垂れた。
「君は信用できない」
「お願いします。もう馬鹿な真似は金輪際」
「無理よ。あなたみたいな馬鹿は何を言っても無駄」
「本当に反省しています。もう二度としません」
「駄目なものは駄目よ」
「そこをなんとかお願いします」
「信用は結果の積み重ねよ。まず態度で示すことね」
「もういいだろ? 許してやんなよ」
突然後ろから声が掛かった。
振り向くとアンジェラさんがいた。
「アンジェラさん?」
「リオナに聞いたよ。ここを出て行きたいんだって?」
僕は頷いた。
「あんたにはあんたの言い分があるだろうが、こっちにはこっちの、大人の言い分ってものがある。まだ幼い子供たちを危ない場所に行かせるなんざ、大人の責任として容認できないって話だ」
「でも、今、許してやれって?」
「あんたたちが馬鹿やらないようにしつける奴がいっしょなら話は別だろ? わたしが付いていってあげるよ。ま、息子とエミリーもいっしょだけどね」
「そんな! フィデリオだっているのに!」
「息子をしつけるなんざ、ひとりもふたりも同じさ。とりあえず、わたしが以前住んでた家に引っ越せばいい。まだ売れてないはずだから。急げばまだ間に合うだろ」
「新しい町の受け入れ体制ができたら、引っ越してくることが条件よ。出資額相応の場所を用意しておくから、いいわね?」
「でもそれじゃ、何も変わらない!」
「それはお前さん次第じゃないのかい?」
アンジェラさんが僕の肩に手を置いた。
「世界はあんたひとりで回っているわけじゃないよ。あんたの周りには大勢の仲間がいる。家族がいる。天涯孤独じゃあるまいし、ましてユニークスキル持ちのお貴族様だ。しがらみがない方がどうかしてる。姫さんをよく見なよ。あれがただの木偶に見えるかい? 美人でお姫様であんたの義理の姉をやってるあんたの大切な家族じゃないか。独り立ちするってのはね、ひとりぼっちになることとは違うんだよ。わかるね? あんたの家族はここにいる。必要なときは頼っていいんだよ」
「でも…… だから甘えてしまいそうで」
「甘えて何が悪い! 甘えながら大きくなりゃいいじゃないか! 確かにあんたの姉さんは過保護だと思うよ。でもしかたないじゃないか。血を分けた姉弟なんだから。心配なんだよ。ずっと離れ離れだったんだ。やっと一緒になれたんじゃないか。手を伸ばせば届くところにいておあげよ。わたしなんてほら、もう会えないんだよ」
母親という人種に負けた。
僕は新しく作られる町の受け入れが始まり次第入植することになった。そのときはこの屋敷もそのまま移築して、領主館として使うらしい。さすがに領主の館を土塊でほいほい作るわけにはいかないらしい。
そして僕は貰った土地にリオナとアンジェラさんたちと住む家を建てることになった。自分の家だ。
でもそれはまだ先の話。
屋敷から見下ろす街の一角にある、今は真新しい煉瓦が敷き詰められているあの家が僕たちの仮の住処だ。
僕の資産は僕の手持ち以外は、姉さんに預けて運用して貰っている。あとで少し小切手に換えて貰わないといけないかな。
僕は部屋の奥に押し込んでいたトランクケースを引っ張り出し、埃を払った。
さすがにもう一つでは収まらないか……
隣の部屋がやけに騒がしい。
顔を出してみると、リオナがゴミを捨てられまいと奮戦していた。
僕は初めてリオナのゴミ箱部屋をのぞいた。
「なッ!」
部屋の真ん中にドラゴンの頭蓋骨の骨が鎮座していた。そしてあちこちに木の苗が植えられ、小さなジャングルができあがっていた。順番に陳列されている植木鉢に見慣れた木が植わっていた。あれは初めてふたりで一緒に狩りをしたときに持ち帰った木の枝だった。
「よく床が抜けなかったな」
僕は呆れて笑った。いずれ僕たちの記念の木も大きくなるのだろうか。
「家が大きくなったら取りに来よう。それまでは預かって貰えばいいさ」
僕がそう言うとリオナは渋々了解した。
こりゃあ、床が抜ける前に庭付きの家を建てなきゃいけないな。
こうして僕と姉さんたちとの短い共同生活は一つの終わりを迎えた。
窓からそよぐ暖かい風がリオナの森を揺らす。
夏の足音がもうそこまで来ていた。




