オータン迷宮侵攻中(ピノ少年傍観中)8
三十四階は大型魔物御用達の天井の高い典型的な大部屋構造だった。全方位石壁の地下空間である。明かりは壁に掛けられた燭台のおぼろな炎だ。
問題のポイントへ行くには、崩落の関係上、三十四階入口からではなく、出口から入る必要があった。
言われるまま三十五階から侵入した僕たちは上層への階段を登る。
既にヒシヒシと『闇の信徒』の存在を感じる。
すぐにおかしいと感じたのは、僕とギルド職員の数名だった。
僕たちの足は止まった。
「なんだ…… これは?」
職員の一人が後ずさった。
「桁違いだ……」
確かにおかしかった。三十四階の魔物のレベルは十七前後でしかないはずだ。エルーダの一階の地下蟹が二十だから、例えグレードアップした『闇の信徒』でも、ランクBの冒険者が恐れるレベルではない。こっちは数でも圧倒しているのだ。
なのに、なんだ? この重苦しさは。
明らかに、警戒しろと全身が警笛を鳴らしている。
この重圧は…… エルーダ中層の魔物に匹敵する。レベル五十は優に超えているはずだ。
「全員ヘモジから離れるなよ。敵はレベル五十越えだ。八十もありうるぞ」
僕の言葉に全員が驚いた。
ヘモジは盾を構えた。
「敵の射程に入るなよ」
僕たちは敵の気配に近づいていった。
大部屋と大部屋を繋ぐ狭い人間サイズの廊下を進む。
部屋にはまだ倒されて間がないゴーレムや魔石が転がっていた。
部屋を抜けて、長い通路に差し掛かる。
「この先もう一ブロックで――」
振動が伝わってきた。
「来るぞ!」
職員の一人が叫んだ。
突然、大部屋の先の丁字路から瓦礫が飛んできた。
埃で一気に周囲が見えなくなった。
クラッソ姉妹のどっちか分からない方が風魔法で埃を一蹴した。
お、この子もイメージ構築できているな。
「ここにいては駄目だ!」
確かに、ここでは逃げ場がない。先に進んで大部屋に突入するか、引き返すかだ。
僕は結界を張りつつ、先に進み、現状を確認する。
敵は二間先にいるが、周囲は破壊し尽くされ、足場が悪かった。
学院の教師たち五人が戦っているが、成果がまるで上がっていない。
魔法で圧倒できるはずなのに、敵に到達していないのだ。
「対魔法結界だな」
「魔法使いじゃ、駄目ってこと?」
ダンテが口を開いた。
「いや、教師たちのレベルならあの程度の結界は問題ないはずだ」
「反射だ」
「反射?」
職員のひとりが言った。
「反射結界だ。強力な魔法は放った術者を滅ぼす」
「物理も反射するのか?」
「いや、物理反射は見たことがない」
あるのか、ないのか。試すしかないか。
試せるのは『完全なる断絶』持ちの僕しかいないか……
「お前たちは出番なしだな」
「そんなことないよ。要は敵に直接魔法を当てなきゃいいんだろ?」
なるほどその手があったか。
でも駄目だ。敵の強さは想定外だ。
「お前たちはこの先には行くな」
職員に止められた。
同時に地上へ伝令が送られた。
「全員ヘモジから離れるなよ。僕は先に行く。危ないと感じたら躊躇せずに脱出しろよ」
全員が頷いた。
「ピノ」
「なんだよ! こんなときまで我が儘言わないよ」
「違うよ。見せてやろうと思ってね」
「何を?」
「僕の本気をだよ」
ピノが目を丸くした。
「死ぬんじゃないぞ!」
僕は気合いを込めた。多重結界を張り、黒剣を抜いた。
『闇の信徒 守護者 レベル七十、オス』
この狭い空間でドラゴンフェイク級の相手である。
混合魔法という奴が強力すぎたのだろう。『闇の信徒』が迷宮の損傷レベルに合わせて出現すると考えれば、理解できる話だ。加害者を懲らしめるにはそれ以上の力が必要なのだから。となれば、事件を起こした連中は余程の悪さをしたことになる。
混合魔法か……
興味を引く話だ。『楽園』に行ったら忘れないで検索しないとな。
「レベル七十だ。油断するなよ!」
僕は一言、台詞を吐くと消えた。
『千変万化』で加速しながら、転移する。
守護者は一回り大きなゴーレムだった。ゴーレムというには表面が輝き過ぎていた。そしてその手には魔法使い張りに杖を握っていた。
敵の後ろに姿を現わし、勢いのまま剣を叩き込んだ。
一瞬光った。
三重の壁だ。そのうちの一層を破壊した。
やはり、多重結界!
自分の結界もまた一層破壊されていることに気付いた。
僕の剣の物理と魔法、どちらの力が干渉したのかよく分からない。
僕は転がっている石ころを蹴り飛ばした。
障壁をあっさり貫通して、守護者の石の身体に触れた。
決まりだ。
僕の攻撃に遭わせて、教師たちが仕掛ける。
土魔法で作った大岩を別のひとりが爆破して吹き飛ばす。魔法で押し出せない分威力はないが、有効な物理攻撃になっていた。
さすが学院の選りすぐりの教師たちだ。
僕は、石つぶての雨をかいくぐりながら距離を取る。
ただ、この程度ではゴーレムの硬い身体を貫くことはできない。
せめて天井が高ければ岩石落としができるのだが。
「物理攻撃は?」
「今、応援を要請している」
「避けろ!」
衝撃が広がった。
「今のは…… 衝撃波?」
アイシャさんの十八番を使うか……
結界を切られたことが癪に障ったのか、近づけまいと巨大な杖を振り回す。ただでさえリーチの長い攻撃が更に長くなり、近づくことが困難になった。
教師たちは結界で衝撃波をなんとか凌いだが、ダメージは大きかった。既に疲弊がピークに達していた。
ギルド職員の応援が来ても、あれを浴びるわけには行かないだろうな。
守護者のターゲットを引き受けている教師が、弱い魔法攻撃で牽制する。反射してくる魔法を除けながらの攻撃だ。
「やるか」
僕はライフルを取り出す。
通常弾頭で攻撃をする。
全弾命中しても、かさぶたが一枚剥げる程度だった。おまけにすぐ回復してしまう。
「やっぱり火力不足か。ドラゴンがこんな攻撃で落ちるはずないしな」
『魔弾』装填。
「『魔弾』も無属性だけど魔法なんだよな。ほほ十割返ってきそうなんだよな。ヘモジに任せるのが簡単なんだが…… あいつのミョルニルも純粋な物理攻撃じゃないからな」
『千変万化』で強化するのはスピード。
『一撃必殺』は反応しない。コアまで貫通しないという判定だ。
万能薬をくわえる。『魔弾』の連射なんて初めてだ。
僕は反射した流れ弾が、間違っても教師たちに向かないよう、対角方向よりやや斜めに位置取りをする。
「行くぞ!」
『魔弾』を分厚い胸部に放った。
障壁が光った。
爆風が返ってくる。障壁を一気に二枚破壊した。
避けろ!
反射してくる衝撃を回避しようと全力で避ける。
が、こちらの障壁も消えた。
ゴーレムがこちらを本命の敵と認識したようだった。
身体の向きを変え、巨大な大岩の連なりのような腕を振り下ろす。遅れて杖が地面に叩きつけられる。
僕は落下ポイントから逃げながら隙を探る。
「杖の使い方じゃないぞ」
念のため武器破壊しておくか。どの道あんな巨大な杖を使える人間はいない。壊したところで、報酬が減ったと怒る奴はいまい。
僕は『装備破壊』のスキルを発動しながら次に振り下ろされた杖を殴った。
付与は入っていなかったのか、さして変化はなかった。
教師たちが、牽制してくれた。
僕は改めて距離を取る。
教師たちの粘り強い攻撃のおかげで敵の障壁回復を遅らせてくれているが、敵の障壁が早くも一枚復活する。
こちらの障壁はまだ一枚だ。回復スピードは向こうが上か?
ほんの数秒のことが、果てしなく長く感じる。
「ナーナーナー」
ヘモジが飛び込んできて、僕の足元で盾を構えた。
「ナーナ」
「お前、みんなは?」
振り返ると増援の冒険者たちが、子供たちをガードしながら、自分たちの出番を待っていた。
ここで交代はごめんだね。
僕は『魔弾』を発射した。
敵が吹き飛んだが、ヘモジも吹き飛んだ。
僕の障壁も消えている。
ヘモジがムックと起き上がる。魔力は消費しているが健在だ。
僕は万能薬を急いで口に流し込む。
守護者の障壁が完全に消えた。
僕は大きく息を吸い込んだ。
「落ちろーッ!」
『魔弾』をぶち込んだ。教師たちもここぞとばかりに魔法を放り込んだ。
障壁が復活する前にコアを破壊しなければ……
腹部が消し飛んだ。
角張った四角い体型があっという間に崩れてパタータ、じゃがいものような凸凹になった。
まだ『一撃必殺』が発動しない。
『魔弾』をもう一撃加える。
コアの位置が違うんじゃないか?
二撃、三撃と撃ち込む。爆風でもう周囲は何も見えない。
『竜の目』だけが頼りだ。
そのとき、反応があった。
『一撃必殺ッ!』
僕は渾身の一撃を放った。
爆風に身体が浮いた。
しまったッ!
敵の障壁が復活していた。
渾身の一撃の反射をもろに食らった。
久方振りに直接、我が身に降りかかる焼けるような衝撃。
『完全なる断絶』が破壊される?
いや、『完全なる断絶』は無敵だ! 例え僕の渾身の一撃だったとしても、百パーセント反射されてきているわけじゃない。
受けきれないはずがない!
ラヴァルのあの完全障壁が、ドラゴンのブレスさえ寄せ付けない断絶が、この程度のことで突破されるものか!
多重結界なんて甘いことをするから、一枚の強度が落ちるんだ。
爆風が吹き荒れる。肌が焼ける。
魔素を食い破ろうとする力を押し返せ!
「ナーナ」
ヘモジが飛び跳ねるゼスチャーをしている。
その手があった。
吹き荒れる魔力の塊は僕を丸ごと飲み込んで、天井高の広い側壁にぶち当たり、壁を崩壊させた。




