オータン迷宮侵攻中(フランチェスカの冒険)3
典型的な定型基礎魔法だ。
発動した火の玉は見事に命中した。が、止めを刺せていなかった。
再び詠唱を再開する。
ゾンビはどんどん近づいてくる。
しょうがないので結界で足止めした。
二発目が命中するとゾンビは燃え上がって地に伏した。
そしてしばらく燃えてようやく息絶えた。
「みんなと違う」
ピノが遠慮なく言った。
ピノ、それを言うならお前の知ってるみんなが違うんだ。
まあ、イメージ構築の蘊蓄は抜きにしても、彼女の魔力量に対して、少々威力に問題があるようだ。
「確かに気になるね」
「どこが違うんですか?」
フランチェスカが真剣に聞いてくる。
「説明するより見せた方が早いかな」
ゾロゾロとゾンビたちが集まりだした。
「初級のゾンビは足が遅すぎる…… やる気があるのかあいつら?」
「兄ちゃんたちがおかしいんだよ。普通、瞬殺できないから、あれでちょうどいいんだ」
瞬殺したお前が言うか!
「まとめて殲滅してやろうと思ったけど、迎えに行った方が早いな」
僕が距離を縮めたことにフランチェスカが驚いた。
魔法使いの優位性を無視した行動だからだろうが。一撃で仕留めるなら問題ない。相手が相手なので、僕も殴られるほど近づきたくはない。
手頃な位置でゾンビに火を付けた。
「ゾンビはよく燃えるから、火を付けるなら足元からがいい」
弱い魔法でもゾンビは薪のようによく燃えた。
「一撃で吹き飛ばすならその限りではないけど」
遠くから頭を覗かせた二匹目を火の玉で吹き飛ばした。
「爆炎?」
爆風にフランチェスカは目を丸くした。
「どちらもただの火の玉だ」
右手で作った小さく絞った火の玉を別の方角から来る三匹目の前に放つ。
十字路の手前で爆発して三匹目と、角に隠れて彼女には見えていないはずの四匹目を巻き込んだ。
左手で少し大き目の火の玉を作って目の前に転がす。
ヘモジが焚き火にでも当たるかのように両手をかざして暖を取る振りをする。
「あちっ!」
ピノがマネをしようとして近づいたら、熱かったらしい。
「ナーナ」
ハンマーで火の球を打って、くすぶっていた一匹目にぶつけて、とどめを刺した。
ヘモジが笑った。ヘモジは自分の盾をコンコンと叩いてみせる。
からかわれたピノがヘモジを追い掛け始めた。
ふたりは置いといて、今は彼女だ。
「どれも同じ初級魔法の火の玉だ」
五匹目が別の通路からノソノソと現れた。
僕は特大の火の玉を放り込んだ。
ボオオオッと炎が轟音を立てて飛んでいき、ドンと響く爆発が起こる。通路から爆風が戻って来る。バラバラになった骨の欠片が一緒に飛んでくる。
フランチェスカは両手で口元を押さえて、驚きで溺れるのをかろうじて我慢している。
「見た限り、君に問題はなさそうだ。魔力も潤沢だし、詠唱も正確だ。君の魔法が周りに比べて威力がないのは別の要因だ。それも今すぐ解決できる」
「本当ですか!」
問題点は二つ考えられた。一つは本人の能力に起因するケース。二つ目は魔法に問題があるケースだ。
本人に問題がなければ、魔法側に問題があるということになる。
普通、定型魔法は特に、魔法側の問題を疑うことはない。術式がすべてなのだから、疑う余地はない。恐らく、他のクラスメイトは同じ術式で正しい成果を出しているはずだ。
術式を疑うくらいなら、読み間違いや、己の発声の仕方を疑うものだ。
僕も、長い間魔法が使えずにいたから、彼女の気持ちは痛いほどわかる。彼女の魔法を見る限り、思うように威力が出せていないことが悩みの種だと分かる。
たまにあるのだ。定型魔法にはこの手の問題が。
「君に問題がないとなれば、問題があるのは術式の方だ」
「術式?」
さすがにきょとんとしている。
「どんなに君が望んで強く放とうとも、定型の術式では術式がすべてを決めているから、君の望む威力にはならない。それが定型魔法の定型たる所以だ。では、君の魔法の威力が上がらないとなるとその原因はなんだ? 君は術式を誰に教わったのかな? 君の術式には他の子たちより制限が掛かっているようだけど」
「基本は母からです。でも新しい魔法は授業で学びました」
「よく術式を見比べるんだね。きっと君のお母さんは君の安全のために術式に手を加えているんじゃないかな。君がお母さんに教わったのはずっと幼い頃ではなかったかな?」
彼女の目が見開かれた。
僕が初めて魔法を教わったのは二歳ぐらいだ。日常会話より先に術式を枕元で囁かれていた気がする。教えてくれたのはやはり姉さんだが、母さんが危ないからといつも止めに入っていたらしい。
「パウクス……」
僕は呟いた。母さんが教えてくれた最初の呪文。「少しだけ……」の意味だ。「呪文の最初に必ず唱えるのよ」と母さんに諭されたものだが、姉さんは「そんな言葉は不要だ」と僕に唱えることを禁じた。逆に「ムルトゥス」、「多い」を付けろと言われたくらいだ。結局ふたりを悲しませる結果になったのだが。
少女の顔に何か思い当たる節が浮かんだようだ。
彼女は首にぶら下げているお守りを取り出した。
「わたしがまだ小さかった頃、お母さんがくれたお守り……」
「魔法の練習をする間は必ず付けていなさい」と教え込まれて、今日まで肌身離さず着けていた物らしい。
渡した方ももう忘れていることだろう。
僕は彼女からお守りを預かった。
そして次に現れたゾンビ目掛けて彼女は魔法を放った。
彼女は両目に涙を浮かべて憚ることなく泣き出した。
何度拭っても、涙は止まらなかった。
「ピノ、彼女も一撃じゃないか。ここのゾンビほんとは弱いんじゃないか?」
「違うよ。その姉ちゃんが凄いんだよ! 嘘だと思うなら他のパーティー見てみろよ!」
一番近くにいるパーティーの戦闘風景を『憑依』を使って、覗かせて貰うことにした。
おっ、魔法使いの六人パーティー。なんかうまそう……
やばッ、深層に入りすぎた。頭のいい連中と違って入り込みやすかった。
急いで意識を遠ざけた。
魔法が一斉に放たれた。自分が憑依しているアンデットとは別のゾンビをキャーキャー言いながら攻撃していた。炎系がいないな。
三発が命中して、ゾンビは果てた。
なるほど。弱点属性でも一撃はないようだな。
僕は『憑依』を解いて我に返った。
彼女はもう泣き止んでいた。
ピノは僕の帰還を待ちながら、ヘモジと周囲の警戒をしていた。
僕が索敵能力で遠くを確認していると思っているのだろう。でも、人間の索敵能力は獣人ほど優れてはいないのだ。そんなに多くの情報はくみ取れないのである。
「悪かったな、ピノ。ピノが正しかった」
「だろ? 彼女凄腕だよ」
「元々強すぎたんじゃないのか? だからお母さんが制限掛けたんだろ?」
「そ、そうでしょうか……」
恥ずかしそうにしている。
「問題解決だな」
「まさか、こんなことが原因だったなんて……」
お守りをまじまじと見つめている。
「じゃ、本領発揮して貰うぜ、姉ちゃん!」
ピノとヘモジが歩き始めた。しばらくしてふたりが飛んで戻って来た。
「なんか違うのがいる!」
「違うの?」
僕はマップ情報を確認した。登場する魔物一覧のなかに、レアボスの名があった。
「スケルトンリーダーってなんだ?」
ピノが聞いてきた。
「リーダーなんだろ?」
僕は笑った。
「やるか?」
「やる!」
「やります」
「結界は張ってやるから心置きなくやってみな」
「やったーっ。行くぞヘモジ! 姉ちゃん!」
三人は元気に駆け出した。
『スケルトンリーダー レベル十五 オス』
スケルトンリーダーは少しだけいい格好をした盾持ちの斧戦士だった。




