オータン迷宮侵攻中(ピノ少年の冒険)1
肉祭りと大遠征からわずか数日後、開校の準備が遅れていることをいいことに、ピノは「迷宮に連れてってよ」と駄々をこね始めた。
獣人にとって春はもっとも歓喜に満ちた季節である。遠征のせいで、最良の時期はのがしたが、まだ残滓の残る森はピノにとって魅力的なものであった。
新芽や若草の匂いが春の微風に乗って鼻をくすぐる幸せな時節であった。
ピノは迷宮探索にあやかって、遠出をしたいのだ。
遠征は砂漠だったしな…… 気の毒と言えば気の毒だ。
新たな命が芽吹く季節であり、この時期は子連れで狩りに出かける家族も多かった。日も優しく風も心地よい、ちょうどいい散策日和であったが、父親のいないピノには少し胸の痛い時期でもあった。
普段は長老が父親代わりをしてくれるのだが、ここのところ忙しく、相手にして貰えないらしい。
僕としても、初心者用の迷宮には一度行ってみたかったので、一も二もなく快諾した。
初心者用の迷宮は王立魔法学院の側にあった。と言うか学院が迷宮の側に作られたのだが、
そこは王都に隣接するリュボックにある。
王都からリュボックへとポータルで移動し、そこから馬車で半日ほど行った場所に目的地があるらしかった。
「ここから馬車で半日だよ」
ピノが僕の手を引きながら言った。
「乗り場はどこだ?」
リュボックの町外れにある駅馬車のホームには何やら子供たちの団体が屯していた。
見覚えのある制服だった。
魔法学院の制服である。
行き先は同じらしい。何台かの駅馬車に分乗していく姿が見えた。
聞けば実地訓練で迷宮に向かうという。
パスカル君がいるかもと思い、尋ねたが、パスカル君の学年はもう現地に着いているのだそうだ。
「向こうで会えるかな」
ピノが駅馬車に乗り込みながら言った。
「さあな、迷宮に籠もってたら無理だろうな」
僕たちは馬車の末席に搭乗した。
僕たちで満員になった駅馬車はすぐに足場を揚げて、走り出した。
「持ち物チェック。見せてみな」
僕はピノのリュックを取り上げてなかを見た。今夜はお泊まりで野営することにしているので荷物が普段より多いが、テントは魔法で作るので、その分は身軽であった。
「銃だ。買ったのか?」
そこにはライフルと短銃の中間ぐらいの長さの銃が一丁入っていた。
「練習用に買ったんだ。一応、船の上じゃ狙撃手だからな」
「安くなかったろ?」
「ちゃんと自分の給料で買ったんだ。一番安い奴だけど、しっかりしてるって、店の人が教えてくれた」
僕は銃を構えた。確かに作りはしっかりしてる。さすがにここでぶっ放すわけにはいかないので、収めたが、物はいいようだ。装飾も何もない、実践に特化したと言えば聞こえはいいが、要は無駄を省いた無骨な一品だった。
渋いな。
「弾は?」
「リオナに分けて貰った。とりあえず百発分」
「盾は?」
「避けられるからまだいらない」
「そうなのか?」
ピノは頷いた。
ピノは窓の外の景色と匂いを堪能すべく窓を開けた。
「ちょっと、窓開けないでよ! セットが乱れるじゃない!」
魔法学校の女学生が髪を押さえながら抗議してきた。
「すまない」
僕とピノは急いで窓を閉めた。
「ピノ、上の席に移動しよう」
「うん」
ピノは一礼して、二階に上がる螺旋階段を上がろうとした。
「奴隷のくせに、馬車になんか乗りやがって」
生徒のひとりが呟いた。
生徒たちのなかでも上級生らしかった。落第を何度か繰り返しているようで僕より年上に見えた。
「難関を突破して、進級した割に教育がなってないな」
僕はその上級生の全身を首以外凍らせた。
「うわぁあああッ!」
周りの生徒たちも驚いた。
「人の連れを奴隷呼ばわりすればどうなるか分かったろ? それに、魔法使いなら、窓から吹き込む風ぐらい自分で制御するものだ」
騒ぎを無視して僕たちは二階への階段を上った。
「上は揺れるな」
僕は素直な感想を述べた。
「兄ちゃん、下がうるさい」
まだピーピー騒いでいる。凍らせた程度でいつまで騒いでいやがる。
「さっさと解除したらいいのに」
まさかあれだけ生徒がいて回復できる奴がひとりもいないのか? それとも解除の仕方を知らないだけか?
「ちょっと、あなた! あんなことして許されると思ってるんですか!」
先ほどの少女だ。階段を上がってわざわざ文句を言いに来たようだ。
「何か問題でも? 魔法学校の生徒ならあの程度、解除できるでしょ?」
「あなたのしたことは犯罪です!」
「家族を奴隷呼ばわりされたら普通怒るよな?」
「それは……」
「加減はした。殺されないだけ有り難いと思え」
少女は何も言えず、こちらを睨むだけだった。
「早く助けないと馬車の揺れで、氷ごと身体が砕けるぞ」
砕けやしないが、早くしないと凍傷になる。
「魔法学院の上級生がこの程度ではな。実戦に臨むのに備え一つしてこないとは。魔法が使えないなら、薬があるだろ? 誰も持ってきていないのか?」
「薬は現地で配られるんだから仕方ないでしょ!」
「日頃の備えのことを言っている! 君たちは卒業していなくても魔法学院の魔法使いだ。魔物が出たら問答無用で頼られる存在だ。それが、この程度のことでお手上げとは恥ずかしいとは思わないのか? 情けない」
悪いのはこの少女ではないのだから、当たるのは酷というものだ。
悪いのは未だに凍ったままで、謝罪にも来ない間抜けだ。
「この馬車から卒業生が出ることなど、夢の又夢のようだな」
少女はポロポロ涙を流し始めた。
「兄ちゃん……」
ピノが止めに入った。
「たった一人、意見を言いに来た君に免じて、術式を教えてやろう」
「え?」
僕はメモ書きから一枚破って答えを書いた。
「四年生の魔法教本?」
「悔し涙を流すくらいなら、日頃から努力することだな」
少女は階下に戻り、四年生を探して教科書から回答を得た。
上級生の力を借りて、僕の仕掛けは無事、解除される運びとなった。
結局、ピノを侮辱した少年は最後まで謝罪に現れなかった。
「お、あれか?」
「人が一杯だ」
確かに学生たちが溢れていた。迷宮のある森のなかに無数のテントが設営されていた。
「悪い日に来たな」
パスカル君たちの反応は見当たらなかった。
街道は森を抜け、丸太を地面に打ち付けて作っただけの柵で守られた村に入った。
馬車は入ってすぐの広場に止まった。
僕たちは馬車を降りると荷物を抱えて冒険者ギルドオータン出張所を目指した。
ピノに案内されて辿り着いた場所には大きな立て看板があった。
「なんだ?」
それは実地訓練における魔法学院の生徒たちの迷宮到達深度を示す表であった。
地下二十階をピークに名札が菱形に分布していた。
「パスカルさんのチーム、あったよ!」
ファイアーマンとビアンカもいっしょのチームが断トツの地下三十五階層だった。
一年生の新人チームが一位だなんて。
「ピノの今日の予定は何階だ?」
「うん…… 二十階を予定してたんだけど」
この人数ではもう狩り尽くされていることだろう。
「魔法が不利なアンデットの階層にでも入るしかないね」
僕たちは二十二階層のアンデットのいる階層に潜ることに決めた。




