砂漠の竜(続ファイアードラゴン)8
聞けば、伝統的なアースドラゴンの狩り方というのは僕がやった方法だったらしい。人手や、準備期間の違いはあるが、要は穴掘って埋めてしまうのだ。アースドラゴンは飛べないのでこれが一番安全な方法なのだそうだ。土砂の圧力で肺が縮まり、ブレス対策にもなるので一石二鳥でもあるようだ。が、穴に誘導するまでが困難極まりない作業であって、犠牲者は絶えないらしい。
期せずして僕はファイアードラゴン相手ではあったが、同じ方法を試みたわけだ。確かに埋めるというのはいい案だが、やはり落とすまでが本来命がけの作業なのであろう。
結界にぶつかって脳震盪だなんて、世界一間抜けなドラゴンでよかった。余程空腹だったんだろうと善意に解釈しておくことにする。
すぐに船がやって来た。
僕は甲板に降りると、仲間と対面した。
「ドラゴンはどこ行ったですか?」
リオナをはじめ、みんなが僕に詰め寄り、周囲を見渡す。子供たちの耳がびくびくしてる。
「ごめん、もう倒しちゃった」
「はぁああ?」
みんな驚きの声を上げた。
アイシャさんも呆れて天を仰いだ。
「結界に勝手にぶつかって、落っこちて…… ヘモジがぶん殴って仕留めた」
ヘモジが大いばりで胸を張った。が、オクタヴィアに肉球パンチを顔面に食らっていた。
船のわずかな軋みと風鳴りだけが聞こえた。
「兄ちゃん、肉は?」
「早く回収しないと、ワームに食べられちゃうよ!」
「そうだったのです!」
「どこ?」
チコまで一緒になって窓から砂漠を見下ろした。
チコ落っこちるなよ。
「もう姉さん御用達の解体屋に送ったよ」
勿論、いくら姉さん御用達の解体屋の転送距離でもこんなミコーレの果てから送れるものではなかった。
アイシャさんはすぐに察してくれたが、ロザリア辺りは納得のいかなさそうな顔をしていた。
でも『姉さんの――』と言えば、なんとなくありかなというコンセンサスができているので、
深い追求はされなかった。
そろそろ、パーティーにだけは説明した方がいいのかもしれないな。アイシャさんと相談してみよう。
子供たちは肉さえ無事なら、狩りの細かいことなど気にしない。ほっといて大丈夫だろう。
パリスさん以下、応援に乗り込んできた聖騎士たちも、狐につままれたようにきょとんとしているだけで、本質に気付いていない。この際、知らんぷりを決め込もう。
『テト、船を戻せ。出直すぞ』
町に戻り、出直すと僕たちはバルトゥシェクに向かった。
往復二日の行程を繰り返しながら、被災した町の人々の命を繋いだ。
陸路の救援が来る頃には町の脱出組が、新たな移動先に旅立った。政府の厄介になりたくないという人たちである。
町に残った者たちはミコーレの管轄の元、新たな移住先を探すことになるらしい。ミコーレが負うべき責任ではないのだが、教会とのバーターで話が付いたようだ。
僕たちはスプレコーンから来た一番艇と商会所有の二番艇、ガウディーノ殿下の船と合わせて三隻の応援の到着と共にお役御免になった。
「ガウディーノ殿下が何しに来たんです?」
僕は一番艇の責任者のエンリエッタさんに聞いた。
「船が完成したものだから、どこかに行きたかったんだそうですよ」
子供かよ!
「それで、お姉様に会いに行こうとしていたら、知らせがちょうど来まして。ついでに使われてる次第でして」
殿下ではマリアベーラ様の口車には勝てないか。
商会の船の責任者は知らない人だった。専属の船長さんらしく、以前は本当に海の上で商船の船長さんをしていたらしい。
僕を見つけると寄ってきて、痛いほど強く手を握った。「よくぞ、こんなすばらしい乗り物を発明してくれた」と喜ばれた。
名をオッタヴィアーノ・アモローソと言う。船乗りというより、宮廷にいそうな名前だった。
「空は男のロマンだ」
ロメオ君にも勝るとも劣らない趣味に生きる人だった。『海猫亭』の主人とも知り合いらしかった。僕のことはそっち経由で知ったらしい。
「よお、エルネスト。とんだ目に合ったな」
殿下である。こんな辺境によこされたというのに、いつになくご機嫌だ。
「ガウディーノ殿下はお元気そうで」
「まあな」
マリアベーラ様相手に小遣いせびりに成功でもしたのかな?
町の人たちはアールハイト王国の四隻の飛空艇を目の当たりにして、王国の威勢をまざまざと見せつけられた。うち二艇はど派手な赤だから、どん引きしたのかも知れない。
教会の命で、カミールさんたち第一陣には帰還命令が出された。火山から離れた場所にキャンプの設営も始まり、教会関係者も続々と集まっているらしい。
「あぶれた者同士帰るとするか」
カミールさんもさすがに疲れたようだ。聖騎士団のみんなも帰れると聞いて喜んだ。
魔石の調達を済ませて、僕たちは飛び立った。
「火山の向こう側が見たい」と言うご要望があったので、一回りして帰還することにした。
だが、それが運の尽きだった。
最近感じた嫌な気配が迫ってきていた。
「素直に帰ればよかった」
子供の目だけが輝いていた。
あれが肉に見えるなんて、心はすっかり勇者だな。
「大丈夫だよ、若様いるもん」
チコがにっこり笑った。
「おまけだよ。帰りの駄賃に狩っていこうぜ」
ピノまで気楽なもんだ。
これ以上ドラゴンの肉はいらないから。というよりこっちが餌になりそうなんだが。
「逃げろ。ここで戦ったら町に被害が出る可能性がある」
『了解』
正直やる気がおきない。
召喚主の感情が伝播するのか、ヘモジもやる気なさそうにしている。
モチベーションがなどと言ってる間に、敵は接近してくる。
既にブレスの攻撃態勢に入った。
「不味いな」
前回のドラゴンはやはり例外だったらしい。
リオナとロザリアのライフルが炸裂した。
通常弾など焼け石に水だが、それは分かっている。障壁を削っているのだ。
ブレスが吐かれた瞬間、ナガレの雷撃が命中した。
ブレスはあらぬ方向に逸れた。
僕も見ているだけでは駄目だ。
銃を構える。
が、既に距離を取ってこちらの様子を伺っていた。
雷撃のダメージから回復しようとしているようだ。
あいつ…… 強敵だ。




