砂漠の竜(VSファイアードラゴン)7
灰色の世界から抜け出すべく、船は一気に加速した。
ようやく窓を開けられる。
パリスさんも椅子に座ってほっと胸を撫で下ろした。
その時である!
子供たちの顔が凍り付いた。
『どうするの!』
こちらが聞くより先に、テトが聞いてきた。
「どうしたね?」
パリスさんが僕を見た。
「ドラゴンです」
僕は手短に答えた。
パリスさんは顔をゆがめた。
最悪の状況だった。
今この船にドラゴンに対抗できる人材は僕とヘモジ以外いない。運の悪いことにパリスさんのフライングボードは避難所に降ろした備品庫のなかに混ざっている。
アイシャさんもリオナもロメオ君もロザリアもナガレもいない。まして今回は姉さんもいない。
今度のドラゴンは手負いでも何でもない。本来の強さを持ったドラゴンだ。スノードラゴンのときとは違うことを子供たちも感じていた。
最悪の相手。ファイアードラゴン。
凶暴性と攻撃力は随一の敵だ。守備の弱さは炎を纏うことで補っている。
近づくことはほぼ不可能。遠距離からの戦いが主流になるが、『魔弾』だけで魔力に満ちた敵の多重結界を突破することができるだろうか?
「ナーナ」
ヘモジはやる気だ。
一瞬で方が付くか、長期戦になるかは最初のアプローチ次第だ。
そして、それが恐らく勝敗を決することになる。一瞬で仕留められなければ負けるのはこっちだ。
長期戦になれば船の障壁に頑張って貰うことになるが、使える魔石は既にない。満タン状態の魔石がかろうじて一つだけだ。
前回の手負いのスノードラゴン戦でもブレスの直撃を数秒、受けただけで魔石があっという間に空になっていた。
あれから対ドラゴン用に改良を加えられてきた障壁だが、どこまで消費を抑えられるかがこの戦いの肝だ。
攻撃力のあるファイアードラゴンのブレスに数発耐えられたなら、善戦する可能性も出てくるが、できなきゃ、持って二発。それで終わりだ。
万能薬を啜りながら、パリスさんに魔力の補充を行なって貰うにも、一瞬の魔力の切れ目が致命傷になる。攻撃を受けている間と魔力を充当する間、蓄えた魔力で凌いで貰わなければならない。消費と供給のバランスが崩れたら終わりだ。
今回は、身を隠せる場所もない。砂漠が広がるのみである。最悪の状況。
山陰に隠れて、体勢を立て直したり、攻撃を凌いだりはできない。
噴火でこの辺りの大物が巣にいられなくなることを想定してのことだろう。逃げ場がないことを分かっていて、奴は遙かな高みから餌を物色していたのだ。
下手をすると村の位置がばれてしまう。
どうしてもこちらに奴の気を引き付けておかねばならない。後顧の憂いを絶つためには、残念ながら逃げる選択肢はないのだ。
「とりあえず奴を町から引き離す。引き離したら僕とヘモジが出る」
「待ちたまえ、ドラゴンとやり合おうというのか?」
「町を守るためには、仕方ありません。このまま引き帰されたら、見つかってしまうかも知れません」
「無茶だ!」
「その間にこの船は脱出して任務を遂行するように」
やはり、勝ち目の薄い戦いに子供たちは巻き込めない。
「みんなを呼んでくるのは?」
チッタが言った。
その手があったか。
「町に戻って応援を呼んだ方が確実か…… どの道、足止めは必要だが」
「応援を呼んでくるよ」
ピノが言った。
「分かった。一旦離脱した後、気付かれないように町に戻るんだ。その後の指揮はアイシャさんに任せる。いいな」
子供たちは頷いた。
「いいわきゃ、ないだろ!」
「大丈夫だよ。おじさん。若様はこれまでだって一杯ドラゴン倒してるんだから」
チコが言った。
ひとりで戦ったのは一度きりだったけど。
「そう簡単にはやられませんよ」
刻々と敵は近づいてきていた。振り切らずに微妙に距離を取りながら、町から引き離すことに成功した。
ようやく点のように見えてきた。
奴にはこちらが疲れ果てたように見えたのであろうか、一気に距離を詰めて来た。
炎を纏い、翼を広げた巨大な影が迫る。
「じゃ、行ってくる。うまくやるんだぞ」
「うん、若様も」
「ナーナ」
ヘモジも手を振る。
僕たちは甲板に出るとボードに乗った。
このボードも今や障壁機能を持った盾だ。そう簡単にはいかないぞ。
僕は宙に飛び出した。
見る見るうちに船は遠ざかり、ドラゴンは近づいてきた。
「行くぞ。最初が肝心だ」
僕は『魔弾』を装填した。『千変万化』で魔力を付与しながら、接近してくるまで待った。
ただの小鳥程度に馬鹿にしているのか、ドラゴンは一直線に船を狙ってこちらに突っ込んでくる。
大口を開けてこちらを牽制してくる。
突然、岩壁にでも当たったかのようにはじけ飛んだ。
「おや?」
ヘモジの不意打ちを入れる前に、こちらの結界に激突して、脳震盪を起こして、落ちていった。
「ラッキー」
こんな幸運滅多にない。
僕は転移した。
ファイアードラゴンが頭から砂漠に落ちた。
長い首がぐにゃりと曲がり、大きな図体が地面に叩きつけられた。
大地は陥没し、砂塵が舞った。
「ナーナナー」
ヘモジが巨大化してすべての重量を乗せてピクリとも動かない頭に一撃を入れた。
きらりと光った。
「結界が生きてるぞ!」
鋭い棘の付いた大きな尻尾が揺れた。
「しぶとい」
僕は砂漠の無数の砂を使って、とぐろを巻く蛇のようにドラゴンの四肢を拘束した。が、ドラゴンの地力が勝った。僕の全力をもってしても拘束を維持することは困難だった。
有効でない手段に固執していてもしょうがない。
兎に角、羽ばたかせたら負けだ。飛ばれたら、あっという間に形勢が逆転する。
「これでどうだ!」
僕は落とし穴を掘り、引きずり込んだ。
ドラゴンはもがきながら深みに嵌まっていった。いくら強靱な肉体をもってしても、砂の重さを跳ね返すことはできなかった。這い出すことはできなかったのだ。
さらに僕は、砂を一気に固めた。
ドラゴンは身にまとう炎を強くするが、もはや効果はない。砂が焼けるだけだ。
ヘモジが唯一地上に出ているドラゴンの頭を殴りつけた。
効いてる。
「ナーッ」
ヘモジの執拗な攻撃が障壁を貫通した。
神槌ミョルニルが、ドラゴンの堅い頭蓋骨を打ち砕いた。
「ナーナ」
急激に生命反応が消えていく。
「まさか…… これで終わり?」
だが、いくら待ってもドラゴンは動かなかった。
ヘモジのおかげでブレスを吐かれることなく始末できた。
「ナーナナー」
ヘモジが又巨体を投げ出した。ポンと変身して僕の腕のなかに収まった。
「ナーナナー」
ポージングを決める。
「よくやったな、ヘモジ。おかげで助かった」
「ナー、ナー」
身体をよじって照れた。
僕は空っぽになった魔力を補充すべく万能薬の小瓶を飲み干した。
サンドワームの接近が気になった。
周囲にいた数匹が、ドラゴンの反応がなくなった途端、動き出した。
このままだと獲物を丸ごと奪われてしまう。
僕は毎度のことながら『楽園』に亡骸を放り込んだ。
「又食べ比べに一品増えたな」
そのときだ。妙な感覚に襲われた。
これは…… 何か分からないがスキルが上がった感覚だった。
「いよいよ、ドラゴンスレイヤーの称号でも手に入ったかな」
「ナー?」
僕たちは空に舞い上がった。
遅れて、足元の地面が陥没した。そして大きなゴオオオオーという呼吸音と共に巨大な口が這い出してきた。
「残念でした」
無駄な努力をしたサンドワームがすごすごと戻っていった。




