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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
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砂漠の竜(災害の地)6

「この塹壕に沿って進め。外の空気は吸ってはならぬ。布で口を覆え」

「結界を張っている者の後に続け」

 外の惨劇におののく間もなく、村人は次々、塹壕の入口に誘導されていく。

 大きな揺れが来て、皆慌てて地面に伏した。

「きゃぁあああああ」

 村人が悲鳴を上げた。

 大きな落石がゴロンゴロンと避難所の入口目掛けて転がってくる。今まさに脱出を試みる者たちを踏みつぶさんとゆっくりと迫ってきていた。

「お願い」

 いつの間にかやって来たロザリアが、僕に言った。

「しょうがないな」

 聖騎士が大勢いるのに、と一瞬思ったが、そうではないことにすぐに気付いた。

 結界や回復魔法を使い続けている彼らに、もはや魔力の余裕はなかったのだ。グングニルと盾を構える憔悴しきった姿が為す術なしといった感じだった。

 僕は銃を構え『魔弾』で大岩を粉砕した。後は結界が弾いてくれる。

 歓声が上がった。

 感動してないでさっさと前に進んでください。

「薬を持ってきてないのか?」

 僕は騎士団の薬の使用に関してロザリアに不満を漏らした。

「許可がないと飲めないんですって」

「誰だよ、この期に及んでケチってるのは」

「うちの父よ」

「今使わずにいつ使うんだ」

「そう言わんでください。戦争状態でもなければ、我らにとっては平時と同じ扱いなのですから」

 副隊長のパリスさんがすまなさそうに言った。

「ここにいる騎士団全員で分けてください。たぶん一本で間に合いますから」

 僕は万能薬をパリスさんに手渡した。

「一本で?」

 彼は不思議そうな顔をした。

「彼とエルフ専用なのよ。普通の物より濃度が濃いから、舐めるだけで全快するわ」

 納得したのか言われるまま一瓶を飲み回して、その効果に驚いていた。

「それより何しに来たんだ?」

 僕はロザリアに尋ねた。

「駄々をこねてるって言うから、説得に来たんだけど。要らなかったみたいね」

 大きな揺れが頑固な頭をかき混ぜてくれたのか、渋っていた連中も方針を変えて外に出てきてくれたのだった。

「急ぎなさい! ここで滞っていたら他の場所で苦しんでいる者たちを救うことができないのですよ。仲間を助けたいなら、誠実である証に、足を踏み出しなさい」

 お母さんのお株を奪いそうな物腰だった。聖女様、様々だ。

「なんだありゃあ」

「おい、あの向こうに何かいるぞ!」

「魔物だ! 魔物がいる!」

 村人が叫んだ。

 村人が騒いでいる方を見るとそこにいたのはイチゴだった。

「すいませーん。驚かせちゃって」

 どこに行ったのかと思っていたら、ロメオ君とピノがイチゴの頭の上から下を覗き込んだ。

「助けられたのはこの人たちだけだった! 町の西側に生存者はもういないよ!」

 ピノが叫んだ。

 イチゴの背中に灰を被って煤だらけの村人が三十人近くうずくまっていた。

「ここはもうすぐ崩落する! もう少し先で降ろすんだ!」

「分かった!」

「外の空気は吸うなよ!」

「分かってる!」

 巨大蟹がのっし、のっしと瓦礫を跨いで去って行く。

「僕も出そうか?」

「張り合わなくていいわよ! それより補給物資なんとかしてよ」

「だから蟹を出そうかって……」

 総動員で手頃な大きさのチョビに物資を載せられるだけ載せると、僕たちもその場を去った。


 次に来た大きな余震と共に下流が崩れて、引き摺られるように避難所があった場所も崩落した。


 大きな扉がチョビを迎えた。急ごしらえの扉には布が掛けられ砂塵を防いでいた。イチゴのために開けられた扉だろう。現在、小さめのチョビは楽々、通過できた。

 ドームに戻ると、被災者で溢れ帰っていた。

 チョビを見ると大勢の人たちが道を空けた。

 チョビが腹ばいにしゃがむと自然と補給物資の積み卸しが始まった。

 手頃な大きさに再召喚されたイチゴが補給物資を鋏で挟んで地面に置ろしていく。ヘモジも大きさが加減ができれば大活躍できたのに。オクタヴィアといっしょに村の子供たちの相手をしている。


 住人たちに落ち着きが戻って来た。

 船をいつでも外に出せるように、新たな仕切りの壁をドームの内側に作る作業に取りかかった。

 救出作業はまだ続いていて、終る気配はなかった。

 ドームの中央に魔法で作られた盛り土のテーブルに町の地図が置かれていた。チッタとチコはそこにいた。

 地図にはマルとバツの印がされていた。その数は膨大であった。

 まだ救出されていない人たちはマル印。救助が完了した、あるいは間に合わなかったらバツ印だ。

「ふたりとも休め」

 僕は傍らに寄って肩を抱いた。

「でも……」

 聞こえてしまうのだ。救助を待つ人たちの声が、悲しみに暮れる人々の声が。休みたくても休めないのだ。

 僕は消音結界を張るとふたりを船のキャビンに連れて行って、浄化の魔法を施した。

「辛いことになってしまったな」

 僕は食事を保管庫から取り出した。今回も又ベーコンサンドとポテトサラダだ。

 ふたりは黙々と食べていたが、食べ終わる頃にはぐっすりと眠りに就いてしまった。

 僕の選択は間違っていたのだろうか? この子たちがこんなつらい思いをしなくてもよかったのに、と後悔の念が湧いた。

 すっかり灰色になったピノとピオトも戻って来た。

 階段で止めて浄化魔法を掛けた。

「チコ大丈夫?」

 ピオトが心配して覗き込んだ。

「今は消音結界を張ってる。お前たちも少し休め」

 ふたりは保管庫から自分の分を取り出すと食べ始めた。

「兄ちゃん」

 ピノが明るい声で話し掛けてきた。

「なんだ?」

「きてよかったな」

「何がいいんだよ。お前ら悲鳴しか聞こえてないだろうに」

「そんなことないよ。助かって喜んでる声とか、『ありがとう』ってお礼の声もちゃんと聞こえてるよ」

「若様、どうせ僕たちのこと考えて、そんな顔してたんだろ?」

「兄ちゃん、まず自分の顔洗いなよ」

 鏡を見たら疲れ切った自分の姿があった。急いで浄化魔法を自分に掛けたが、余り変わらなかった。

「帰って、早く風呂に入りたい」

「それよりさ、応援呼びに行かなくていいの?」

 ピオトがベーコンサンドにかじり付きながら言った。

「せめて風向きが変わってくれないとな。この辺りの町や村が、王国ほど潤沢に魔石があるとは思えないんだよ。魔石をうまく使わないと、戻って来られなくなる」

「南に大きな町があるんだけど、こことたぶん同じだろうって。北のミコーレの国境の砦まで行くのがいいって」

 チコが目を覚ました。

「寝てていいぞ」

「もう平気、元気になった」

 ほんのちょっとのうたた寝だが、顔色がよくなったようだ。

「バルトゥシェクまでだと往復で二日掛かるぞ」

「だったら早い方がいいよ。食料は兎も角、魔石がギリギリだもん」

「噴火は一週間、続くかも知れないって言ってた」

「どうしたものかな」

「伝令に出て貰えると助かる」

 カミールさんも休憩に戻って来た。

「薬の使用を許可したよ。さすがにみんな魔力の限界だ」

「船を出して大丈夫ですか? 非常事態に対処できないと」

「もはや、我らだけで逃げる選択肢はないよ。村人たちと一蓮托生だ。とりあえずバルトゥシェクの教会に向かって欲しい。伝令を一人付けるから連れて行ってくれると助かる」

「そなたたちだけで行け」

 アイシャさんが戻って来た。

「ロメオは運搬係に、ロザリアは精神安定剤代わりに置いていけ。リオナも救出班に必要じゃ」

「俺たちも残るよ」

「お前たちは行け。テトの代わりに操縦桿ぐらい握れるじゃろ。それと格納庫の小部屋を急いで降ろせ。保管庫と騎士団の待機場所にする。騎士団の装備は安くないからな」

 すぐさま格納庫の横のハッチを開いて、小部屋の解体搬出が行なわれた。

 すべての搬出作業が終ると、みんなの期待を胸に船を出航させる準備に入る。

 聖騎士の伝令係は副隊長のパリスさんだ。

 アイシャさんが外周の壁を崩すと、真っ黒な空が上空を覆っているのが見えた。

 大きな噴石は大分収まってきていた。

 その代わり火山灰が地面に一メルテ近く積もっていた。

 船を牽引して、ゆっくり天井の下から引っ張り出す。ロープを引っ張るのはチョビとイチゴである。

 所定の位置に付くと、僕はチョビを解放して船に乗り込んだ。

「じゃあ、行ってくる」

 入口のハッチでリオナの手を取る。

「気を付けるのです」

「リオナもな。無理するんじゃないぞ」

 村人たちが物珍しそうに船を見上げた。

 船は上昇しながら船首を回頭させて、バルトゥシェクがあるはずの方角に舵を取った。


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