砂漠の竜(災害の地)5
「ビアンケッティ卿……」
聖騎士たちが色めき立った。
助けに行きたいと進言がなされたが、責任者としては容易く首を縦には振れなかった。
障壁でかろうじて被害を免れているが、小さな小石一つにも結界は随時反応している。
落下の軌道を描きながら飛んでくる大きな噴石も、降り注ぐ小さな噴石の雨も、障壁展開用の魔力消費を大きくする要因になっていた。魔石が尽きたら航行にも支障を来たす。
僕が結界を張るにしても、雨のように降り注ぐ岩をいつまでも防いではいられない。
やるとしたら一気に接近して、防壁を一気に築くことだ。
後は、補給物資を降ろそうが、治療に当たろうが勝手だ。
ただ、噴火がこれで終わりかどうかは僕には分からない。留まることができたとしても、噴石が収まらない限り何もできないだろう。
救出に向かうなら早い方がいい。だが……
「行かないの?」
チコが呟いた。
大人たちははっと我に返った。
子供の純真な瞳に、根っから正義感に溢れる聖騎士が反応しないはずがなかった。
考えるまでもない。
大勢は決した。
親父さんの返事を聞くまでもなく、僕は命令した。
「テト、ロメオ君、もう少し踏ん張れるかい?」
『問題ないよ』
『まだ行けるよ』
「よし、これから一気に接近して町を守るために防壁を作る! 進路変更!」
船は回頭し始めた。
僕は船のシステムに変わって障壁を張る。
『発進ッ!』
船が暗く闇に覆われた世界に突入する。
硫黄の匂いが鼻につく。
大きな岩が次々障壁にぶち当たる。
障壁は機能してるのだが、噴石が降り注ぐ景色だけでも恐怖心は募る。
船は火山と町の間に割り込む形で侵入した。
アイシャさんが魔法で壁をドーム状に作って船を覆った。
僕は船の障壁を解除すると、町を守るための防壁を更にドーム状の壁に沿って築き始めた。
地震が頻発した。
又土砂崩れが起こる危険があった。
空気は毒を含んでいて、長期滞在を困難にしている。
「また魔石の在庫が命の限界か」
魔石を節約するために居住空間を区切っても、今回は騎士団二十名がいる。村人もいる。
「一日も保たない」
どうすれば…… 清浄な空気を。
物資も少な過ぎる。食料も何もかも。
無理だ。ここに留まるのは自殺行為だ。
ここはやはり放棄するしかない。影響が出る前に動くべきだ。外を歩くこともできない。救助にも向かえない。魔石だけが消耗していく。
消音魔法を掛けて、被災者たちのうめき声や悲鳴を子供たちから遠ざけているが、いつまでもこの状況にしてはおけない。
「この空気はなんとかならんのか?」
こっちに聞くなよ! 浄化でもなんでも、そっちの専売特許だろうが!
「なるわけなかろう。毒を浄化するのはそっちの領分じゃろ?」
アイシャさんも同意見のようだ。
「こんなことは想定していない。分かっていれば広域魔法ができるスタッフを用意してきたのに」
カミールさんが言った。
「このままでは長居はできないぞ」
「待って、魔法はあるの?」
僕は尋ねた。
「浄化魔法の上位魔法で、清浄化魔法がある。だが、それには四人以上の魔法スタッフがいる。
僕とアイシャさんは目配せをした。
「ちょっと失礼」
螺旋階段を上って休憩室に行き、私物を取る振りをして籠もった。
万能薬で魔力を補充すると『楽園』に飛び込んだ。そしてすぐさま「清浄化魔法、術式、札」と矢継ぎ早にキーワードを浴びせた。
するとテーブルに聖魔法の書籍群と、四枚の札が現れた。
書籍は後で読むとして、札を回収してその場を後にした。幸い誰かを待たせることはなかった。
僕は札を持ってアイシャさんの元に向かった。
「分かる?」
「相変わらず古臭い術式じゃが、使えんことはない」
すぐさま札はふたりの衛生兵とアイシャさん、それとカミール氏にそれぞれ渡された。勿論入手経路は内緒だ。たまたま私物に紛れ込んでいたことにする。
迷宮ではこの手の、普段どうでもいいスクロールや札がドロップすることがある。たまたまにしては都合がいいが、探られることはないだろう。
手分けして壁の補強を行ない、なるべく広い空間を作った。
船ごと覆うドーム型の密閉空間を築いて、その四隅に札を貼り付けた。
なけなしの魔石を埋め込んで術式を作動させる。船のシステムで浄化し続けるより、消費は少ないはずだ。最悪、船に使っている自立吸収型の魔石を外すことも考えないといけないが、この状況では焼け石に水だ。
とりあえず数日凌げる状況を作り出すことはできた。
こんな辺境で生きているのだから、町を探せば眠ってる魔石ぐらいあるだろう。
その間に風向きだけでも変わってくれれば。噴石がなくなってくれれば。援軍を呼びに行けるのに。
とりあえず密閉空間に即席の扉を作り、僕は塹壕を掘る要領で屋根付きの半地下道を町に伸ばしながら進んだ。
生命反応のある方に進む。子供たちを残し、結界を張れる全員が僕の後に付いてくる。
探知スキルの使える者は独自に動き始めた。
こんな時探知スキルや獣人の耳は役に立った。置いてきたはずの子供たちも救助に参加し始めた。スキルを持たない聖騎士とペアを組んでの行動だ。
「ここまで来て、子供扱いするなよな」
ピノが生意気なことを言うが、その鼻先は煤で真っ黒だった。
ここは素直に謝っておくことにする。さすがにチコはお留守番だが。
僕たちは探知犬の如く正確さで、生存者を次々救出していった。
だが、それも焼け石に水だった。
救助した人たちも回復すると救助する側に回った。徐々に町の全容が解明する一方、失われていく命も増えていった。
「この場所だ。ここに、緊急の避難場所がある。ほとんどの住人がここにいるはずだ」
生き残りの年寄りが、町の地図のほぼ中央を指差した。
「ここになら補給物資もある」
だが、土砂崩れが起こる可能性も否定できない。次に崩落が起これば避難所は間違いなく飲み込まれる。そうなる前に人も物資も運び出さないと。
僕とロメオ君。聖騎士の半数が現場に向かった。
道案内のおかげで、問題なく避難所の入口に辿り着けた。だが、入口の上には崩落による土砂が堆積していた。
大きな噴石が上流の斜面に落ちた。山肌が大きく抉られた。
「直撃は勘弁な」
扉が開くと、人の放つ悪臭が襲ってきた。が、すぐに外の硫黄臭と混じり合って、気にならなくなった。
聖騎士団による誘導が始まった。
「ここにいては、崩落で閉じ込められてしまうんだよ。脱出しないと駄目なんだ」
言っても分からない頑固な連中もいた。当然そんな奴に限って、補給物資は渡せんとほざく。
だが聖騎士団は容赦なかった。
「望まぬ者は好きにしなさい。助かりたい者は自分の荷物を持って急ぎ新たな避難所に避難しなさい。あなた方にも余震が続いてるのが分かるはずです。土砂の崩落もすぐそこまで来ています。生きるも死ぬもあなた方次第。神は望まぬ者の命まで救っては下さらぬ。さあ、急げ、死の影はそこまで来ているぞ」
騎士団は出て行こうとする者たちには手を貸したが、留まろうとする者たちには見向きもしなかった。例えそれが子供であっても。
僕たちには時間がない。怪我人や、身体が不自由な老人たちをサポートしながら、避難所を後にした。




