砂漠の竜(災害の地)4
想像していた魔物には出会えなかったが、それ以上のものがあの先にあった。
「あの山の向こうで溶岩が吹き出していた」
そう叫びたいのは山々だったが、生憎『憑依』のことはまだ誰にも話していない秘密だった。
だが、次の瞬間、言わなくて済む状況が訪れた。
噴火したのである。
黒い雲の柱が青空に舞い上がったのだ。
戦っていた闇竜も一斉に散り散りになった。
「衝撃波が来る!」
アイシャさんが立ち上がって叫んだ。
「急いで全員を回収しろ!」
ロザリアは騎士団から預かった信号弾というか魔法の矢を放った。緊急は二発だ。
魔法の矢は空で弾けて目映い光を放った。
「船を近づけろ! 速度落とせ! 高度もだ! 急げ!」
普段、冷静なアイシャさんが慌てていた。
騎士が次々甲板に戻ってくる。
リオナが急いでなかに待避するように促した。
キャビンに次々飛び込んでくる。
ドン!
衝撃が船を襲った。
結界が船を守ったが、まだ空中に待機していた最後の数人が衝撃に巻き込まれた。幸い甲板に叩きつけられただけで済んだが、鎧のなかの人間はそれでも複雑骨折の重症だ。
すぐにキャビンに運ばれ、回復魔法が施された。
「ああっ!」
外を見ていた者たちが、悲痛な声を上げた。
別の場所から何倍も大きな黒い雲の塊が立ち上ったのだ。
全員が窓の外の景色に貼り付いた。
山頂が破裂して、土砂が空高くに舞い上がった。
破裂した瞬間、空気の輪が一瞬、黒い煙を押しのけるのが見えた。
衝撃波だ。今度の衝撃波はさっきの比ではない。
黒い塊がゆっくり立ち上り、白い雲を突き抜け、青空を覆い隠そうと広がっていく。
「あの山陰に突っ込め!」
僕はアイシャさんの伝言をテトに伝えるべく操縦室に向かった。
テトは既に待機していた。目的の山陰を指示すとリミッターを振り切って一気に加速した。
ロメオ君が魔力を最大限に注いだ。
魔法陣が眩しく輝いた。
テトは舵を倒すと地上スレスレの高度を滑空するかのような勢いで飛んだ。
『バンカー撃ち込み用意!』
アイシャさんの声だ。
『格納庫船底ハッチ開きます!』
ロザリアの声だ。
「おいおいおいおい!」
一番機械に疎い奴にやらせてどうする!
僕は操縦室を飛び出した。
格納庫に降りると、そこにはロザリアの他にリオナとピオトもいた。
『射出準備完了! いつでも行けます』
『衝撃に備えろ! エルネスト!』
「テト、お前がカウントダウンしろ!」
『了解!』
僕はアーム操作に加勢した。
「身体を固定しろ!」
『五秒前…… 三』
ピオトがベルトを固定するのに苦労している。
『二』
焦ってフックが掛からない。
『一』
ようやくフックを近くの手摺りに固定した。
ハッチの下は景色が猛烈な勢いで流れている。
『急制動!』
身体が一気に進行方向に持って行かれた。
僕はピオトに覆い被さり必死に庇った。
「手を離すなよ!」
リオナもロザリアを必死に支えた。
ハッチの下の景色の流れが緩やかになった。
「バンカー発射ッ! 頼む、ピオト」
僕の両手はふたり分の重さに耐えるため、必死に手摺りを握っていた。
最後のロックピンを外す操作は位置的にも腕のなかのピオトに任せるしかない。
ピオトは身体を伸ばすと、ハンマーでロックピンを打ち付けた。
ワイヤーが猛烈な勢いで伸びていく。
船は減速を続けているがまだ止まらない。
ワイヤーの巻き上げドラムが暴れた。
残りわずか!
「総員、衝撃に備えろッ!」
ガギーンッ!
ワイヤーのストッパーが火花を上げて、アームの射出口にぶつかった。
ギイイイイイイッ!
船が大きく振られて、遠心力で船体が斜めに傾いた。
「うわぁあああ」
ピオトもリオナもロザリアも必死に手摺りにしがみつく。
急激な制動が掛かり、船体が悲鳴を上げた。
僕たちは振り回された。
ようやく減速を実感したときだった。
きつく握りしめた指をほどき、張り詰めた筋肉を緩めた瞬間。
ドオオオン!
「うわぁああああああ」
外部からの猛烈な衝撃が船を襲った。
静寂が訪れた。
『姿勢制御回復』
テトの疲れきった声だ。
船が水平を回復した。
『バンカー、回収じゃ』
アイシャさんも疲れた声で指示を出した。
船の高度を下げながらワイヤーの巻き取りが始まった。
ある程度の高さまで来ると、僕は突き刺さった地面を緩めて杭を抜き取った。
「よく抜けなかったな。高度上げていいぞ」
『了解』
ワイヤーを巻き上げながら、船も高度を上げる。
杭の泥を水の魔法で流すと所定の位置に固定した。
船底のハッチが閉じられた。
「ほんと、よくあの衝撃に耐えられたわね」
ロザリアがアームを叩きながら感心した。
「棟梁たちに酒でも奢らないといけないな」
射出装置の弦の巻き取り作業を騎士団の人たちも手伝ってくれた。
ハンドルを回して、負荷を少し掛ける程度に引き絞ると、ロックボルトを固定して、作業完了だ。残りの巻き上げは射出するとき、床のハッチが開いたときに錘が落ちることで行なわれる。錘は普段何も入っていない。大きな頭陀袋が置かれているだけだ。そこに砂でも水でも溜めて落とせばいいのだ。因みに杭には魔法付与が施されていて小さいながらも、大きな貫通力を発揮するようになっている。
キャビンに戻ると、沈黙が待っていた。
部屋のなかは惨憺たる有様で、固定されている物以外、飛び散らかって、まるで嵐が通り過ぎたようだった。ヘモジとオクタヴィアも取っ組み合いでもしたかのようにボロボロになってソファーの隅に転がっている。
魔法が効いてなかったら窓ガラスも全損だった。
しかし、皆が沈黙していたのは室内の惨状のせいではなかった。
全員が窓の一方向を見て固まっていたのだ。
高度を上げた船体が山の稜線を越えたとき、そこに広がっていた景色は驚愕の景色だった。
真っ黒な雲に覆われ、空一面が灰色に染まっていた。
雲のなかで稲光が明滅を繰り返していた。
日光に遮られ、微かに見える山の稜線も大きく変わっていた。
「村人は?」
村は噴石によって崩壊していた。教会の鐘楼も崩れて、下の建物を押し潰していた。
雪のように火山灰が降り積もる。
「既に最寄りの町に避難しているはずだ」
カミールさんが答えた。
「町というのはあれですか?」
それは城壁のある山間の、多少大きな町だった。山の斜面に沿って町並みができていたが、衝撃をもろに食らう向きにあった。
案の定、押し潰された町並みに人々は混乱し、泣き叫んでいた。
近づこうにも空から噴石が降ってきて、接近には危険を要した。
船は止むを得ず距離を取るしかなかった。
避難所がちゃんと設置されていればいいのだが。
「ああああッ!」
一斉に声が上がった。
土砂が崩れた。
町の上部の山肌が傾斜に沿って崩れ落ちた。町が土砂にたった今、飲み込まれた。




