一角獣の夜1
僕は雨具をまといゲートを潜った。
ゲートから出るとそこは二、三人寝転がるのがやっとの小部屋だった。サリーさんが僕を見て驚いている。
「珍しいお客様ね」
「罰ゲームだそうです」
「あら、お気の毒」
「ここテントのなかですか?」
「まさか、どんな魔物がいるか分からないのに? 土壁じゃ寂しいから布で目隠ししているだけよ。ここは塹壕を掘って横穴を空けただけの洞穴よ。魔法陣が効いてるからそれなりに安全なはずだけど」
「こっちも降ってますか?」
「降ってるわよ。見たきゃそこの隙間から外に出られるわ」
僕は壁の隙間から頭を出して外を覗いた。
塹壕の壁しか見えなかった。壕自体、天井に枝葉をかぶせてカモフラージュしている。
雨が進入してきて床が泥でぬかるんできていた。
「ここ水没しない?」
「そのときは魔法でもなんでもいいからなんとかしなさい。じゃ、わたしは帰るから」
え?
「何?」
「何でもない」
一緒にいてくれるんじゃないのか?
「雨がひどくなるようなら入り口塞いで、さっさと寝ちゃうのが得策よ。ただし空気穴だけは空けとくようにね」
「無人でもよくない?」
「転移して来たとき穴が崩れていたり、魔物がそばにいたらどうするの? 即死よ、即死」
そう言ってサリーさんはさっさと帰っていった。
「ほんとにただの穴蔵だな。何もないよ」
照明とゲート、折りたたみ式の寝床だけだった。毛皮が寝床に敷き詰められている以外、他に何もなかった。
壁を探ると魔法陣が刻まれた魔石がいくつか埋まっていた。これなら雨で地盤が緩んでも大丈夫だ。モグラみたいな敵もいるかもしれないし、さすが野営のプロって感じだ。
しばらく簡易ベッドで寝転んで持参した本を眺めていると、雨音が激しくなってきた。
外を見ると、塹壕にかぶせた天井代わりの枝葉からポタポタと激しく雨粒が垂れてきていた。
「こりゃ駄目だ」
僕は部屋の扉ではなく塹壕の天井を土魔法で塞いだ。枝葉を梁代わりにして隙間を埋めるように土で覆い固めた。
ついでに塹壕を広げ、突き当たりをトイレにした。雨のなか地上に出たくないからだ。
やることもないので、再びベッドに戻って、本を開く。
『魔法の方程式。これであなたも魔法陣が描ける!』
定型の魔法陣に手を加える方法を学ぼうと読んでいるのだが、難解すぎて眠くなる。
「エルリン起きて! 起きるのです!」
揺さぶられて目を覚ますとそこにはリオナがいた。完全に冒険者スタイルだった。
「リオナ? どうした?」
「一緒に野営するのです」
そう言いながら水筒からカップにお茶を注ぎ始めた。
「姉さんたち知ってるのか?」
「内緒です。わくわくするのです」
またあとで僕が怒られるパターンか……
「雨止まないですか?」
「たぶんね。今夜いっぱい無理だろうね」
「つまらないのです。外に出たかったのです」
「こっちに座りな。地べたに座わってたんじゃ冷たいだろ?」
僕が隣を勧めるとリオナは自慢の尻尾を振った。
「冷たくないのです」
さいですか。
「お尻汚れるからこれ敷きな」
ベッドに敷いていた毛皮を一枚手渡した。
お茶をすすりながら世間話をし、静かな時間が過ぎた。リオナの話題の大半はエミリーとフィデリオのことだった。
仲よきことはいいことだ。
ふたりそろってまどろみ始めた頃、突然、リオナが「耳がシオシオする」と言い出した。ぴくぴくさせて気持ち悪そうにしている。
空気穴に耳を近づけて何かし始めた。
「声が聞こえるです」
リオナにやっと聞こえる音が僕に聞こえるわけがない。僕は習いたての『魔力探知』を使い周囲を探った。
おおっ、思わずのけぞってしまうほど多くの生き物の息吹が感じられた。森のなかが星空のように輝いている。
くそー、魔力の加減が……
「助けて……」
リオナが言った。僕はビクリとしてリオナを見た。
「『助けて』って言ってるです!」
僕はほっとした。リオナ本人に何かあったのかと思ってしまった。
「迷子の人か?」
僕はリオナの指す方角を探った。
そして絶句して固まった。
「これは? まるで太陽だ……」
それはまばゆく輝く魔力の塊だった。光を抑えるように調節していると一つの形が見え始めた。
「馬?」
馬の形をした魔力の塊だった。
「『助けて』と言ってるです」
僕とリオナは外套を羽織ると、塞いだ天井を丁寧に押し開けて、暗闇に飛び出した。
『魔力探知』スキルが正しく働いていれば、周囲に敵はいないはずだ。
光の魔石を片手に、僕とリオナは森のなかを一目散に駆け抜けた。




