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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
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春の嵐(一段落)12

「よこせッ!」

 ひとりの男が我先に自分の腕を繋げようと瓶を奪った。

「うがっ!」

 男が動かなくなった。

「身分の高い奴が先だろうが!」

 あの不愉快な男が、残った片手で仲間を刺して、亡骸を蹴り飛ばした。

「てめえ、何しやがる!」

 周りにいた仲間たちが声を荒げる。

 仲間と言ってもこの程度か。

「ほんとに下衆よね」

 今にもショック死しそうな仲間がいるというのに、お構いなしだ。

 出血多量で次々事切れていく。否、その一歩手前でこっそりヘモジが薬で命を繋いでいく。

 でも切り落とされた腕は諦めるんだな。そこまでしてやる義理はない。

 止血だけはなんとか済ませた数名が、残りわずかに残った薬をめぐって殴り合いを始めた。そのなかにはリーダー格のあの不愉快な、いけ好かない奴も含まれていた。リオナを奴隷と言った奴は既に気絶している。

「あのガキ共、薬まだ持ってんじゃねーか?」

 ようやく気付いたか。ほんとに馬鹿だな。

 僕はこれ見よがしに、薬瓶を見せつけると海に投げ捨てた。

「最後の一本だ」

 勿論、嘘だ。

「何しやがるッ!」

 ひとりが僕に斬りかかってきた。

 僕は身を翻して、容赦なく男の残った腕も切り落とした。

「舐めてるのか貴様。利き腕でもない腕で人が殺せると思ってるのか?」

 僕の足元に崩れ去った。ヘモジが薬をこっそり数滴垂らす。止血が済むとうまい具合に手を止める。

 ドッボーン。

 腕を一本無くした状態で、残ったふたりの男が装備を脱ぎ捨て、海に飛び込んだ。

 そして、波に揺られ遠ざかる薬瓶を追い掛けた。

 だが、ふたりのうちひとりは泳ぎが余りうまくはなかった。もうひとりとどんどん差が開いて行く。

「くそおっ」

 先行する男が薬を掴むと、栓を抜いた。

「やった、これで――」

 ガツッン!

 男は水面に沈んだ。

 遅れてきた男の手には血の付いた護岸の石が握りしめられていた。

 殴られた男は動かなくなったまま、波間を漂った。

「薬! 薬はどこだッ!」

 小瓶は男の亡骸の側で水面に揺れていた。

 最後のひとりは必死に残った手で小瓶を掴んだ。震える手で、瓶を口元に運んだ。

 そして固まった。

 見る見るうちに絶望の色が浮かんだ。

 目的の中身がなくなっていたのだ。既に栓の開いた小瓶の中身は海に流れ出してしまっていたのだ。

 男が口にしたのはただの塩水だった。

 男は叫んだ。

 奇しくも最後まで残ったのはあの不愉快な男だった。

「遺体を始末しろ!」

 ようやく冷静になった隊長が残った連中に指示を出し始めた。

「隊長、まだこいつら死んでません!」

 亡骸を運ぼうとした隊員たちが口を揃えて言った。

「なんだと!」

「ナーナ」

 ナイス、ヘモジ。

「一応、切り離された腕も腐敗しないように保管庫に保管しておいてください。裁判での証言如何によっては戻してやることもできるやも知れません」

 そう言って僕は口角を上げた。

 姉さんの身体に一生残る傷でも付いていたら情けなど掛けなかっただろうが、今は本命を落とすために、生かしておいてやる。どうせ、こいつらは辺境の最前線送りだ。片腕で行くか、五体満足で行くかだけの違いだ。

「さぞや口が軽くなりそうですな。手紙を拝見できますか?」

 僕は宰相の手紙を隊長に渡した。

「こりゃ、大変だ!」

「副官! 全員を招集しろ!」

 急に慌てだした。

「こいつらは?」

「牢にぶち込んでおけ!」


 斯くして、出港予定の船が差し押さえられ、コスタンティーニ卿の資産移送計画は頓挫した。

 目的の馬車は、優秀な護衛らしき連中諸共、氷付けにされていたという。

「容赦ないわね」

 ナガレが呟いて、合流したアイシャさんを見つめた。

 アイシャさんも内心、ライバルの負傷に猛烈に怒っていたのだ。

 第一師団の精鋭の皆さんが窃盗団の末端の馬鹿共を、穀物袋を扱うような調子で鉄格子付きの護送用馬車に放り込んでいった。

「いやー、まさか、こういう事態になるとはね……」

 遅れてきたガウディーノ殿下も呆れていた。

「まさか企んでませんよね?」

 念のため聞いてみたが、殿下も知らなかったようだ。余りの棚ぼたに却って困惑している様子である。

 それでも口の軽そうな連中を捕縛できて、証言だけで全員有罪に持って行けると喜んだ。

 海のなかを必死に泳いでいたリーダー格の男もついには観念して陸に引き上げられた。

「大変です、殿下。盗品を積んだ船がまだこの港に停泊しています!」

 帳簿や書類を確認していた兵士が叫んだ。

「どの船だ?」

 書類に書かれた船名と照らし合わせるため、総出で桟橋に係留されている船を特定しに向かった。

「あの船です!」

 指差された船は既に沖に出ていた。

「追い掛けろ!」

「無理です、今からでは追い付けません!」

「北の国境を越えられたら、捕縛できんぞ!」

「もしかして肉積んでるですか?」

 リオナが割り込んだ。

「ドラゴンの肉なんて高価な品は、たった一度の取引ですべて売り切るのは難しいんだよ。売れ残った物もまとめて、異国に持ち出そうとしていたのなら、たぶんあの中にあるはずだ」

「ナガレ! 任務なのです」

「沈めていいのかしら?」

「引っ張ってきてくれると有り難い」

 僕が釘を刺した。

「お土産は魚の盛り合わせだからね」

「分かったのです。ホタテも付けるのです」

「わたしは猫じゃないわよ!」

 そう言ってナガレが忽然と消えた。

 

 何か大きなものが海面下を進んでいく。水中のその黒い影は先行する大きな商業船目掛けて真っ直ぐ進んでいった。

 船の軋む音と共に沖の船が海面に持ち上がり、大きく傾いた。

「うわぁあああ!」

「クラーケンだ!」

「大海竜だ!」

 船員たちが海にどんどん身を投げていった。

 メインマストが音を立ててへし折れた。

 ナガレは巨大な船を背中に乗せたままゆっくり旋回して戻って来るのだった。


 港に船を戻すと、桟橋から元の姿で姿を現わした。

「誰がクラーケンよ! 失礼しちゃうわね」

 大股で歩きながら帰って来た。

「な、何が起こった?」

 ガウディーノ殿下もナガレの余りの大きさに驚いていた。

「ナガレの正体は知ってますよね?」

「調査書類は読んだ……」

 ここでチョビを出したらどうなるだろう。面白そうだがここは自重しておくことにする。


 後のことは僕たちにはどうにもできないので、ナガレのおねだりを聞いてシルバーアイランドの『海猫亭』に向かうことにした。一旦、国境まで戻って、改めて紋章団のゲートを潜った。

 既に夕日が沈もうとしていた。


「やあ、いらっしゃい。こんな時間に買い物かい?」

 ゲートを出るとすぐ声を掛けられた。

「生きのいいのが欲しいのです」

「めぼしい魚はみんな明日の出荷にもう回されちまったよ。残ってんのは下魚だけだ」

 ギルドの水産部の責任者『海猫亭』の旦那さんが言った。

「ちょっとあんた、お得意様をいじめてどうすんのさ」

 隣りの女性は奥さんのようだ。

「もうすぐ、最後の一隻が戻ってくるからね。待ってりゃ、いいのが買えるよ」

「助かるのです」


 しばらくすると、赤く染まった水平線の先に船の帆が見えた。


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