春の嵐(帰路)8
「出発する!」
せっかく塞いだ天井を破壊して、僕は、出発を告げた。
勿論、全員分かっていない。
耳のいい連中だから、外で戦っていたことは分かっているだろうが。
キャビンに上がってきた僕を黙って注視している。
「どうしたですか?」
「アースドラゴンを倒してきた」
「やった、兄ちゃん。やっぱ普通じゃねえよな!」
ピノ…… そこは「強いよ」とか「最高だよ」とかだろうが! 「普通じゃない」てなんだよ。
「マーベラスなのです。空気が邪魔しなきゃ、リオナも参加したかったのです!」
「あー、でも亡骸、崖下に落っことしちゃったんだよね。早く取りに行かないと……」
「何やってんだよ、兄ちゃん!」
「緊急事態なのです! 罵詈雑言なのです!」
「あと、ここからも撤退する。魔石の在庫を考えると長居できないから、体勢を整えて出直すことにする。動ける者は配置に就いてくれ」
「倒した?」
マリアベーラ様が目を丸くする。
「アイシャさんとですよ」
一応、単独犯でないことを断っておく。
「急ぐのです! エマージェンシーなのです!」
いや、そこまで急がなくても。お前ら半病人……
「肉が盗まれるぞ!」
「遅れを取ってなるものかァ!」
「急げーっ! どんなことをしてでも、我らが肉を救うのだ!」
そういうことですか……
「チコも頑張るーッ」
「チコは頑張らなくていいからッ!」
子供たちが復活した。
全員があっという間に配置について、一分もかからず船は浮上した。
「みんな息苦しいのは大丈夫なのか?」
もはや船内で倒れているのはガッサンのみである。
やっぱり獣人は身体能力高いのかね?
僕は適当な場所に亡骸を放置した。亡骸は結構下まで転がり落ちていった。
リオナたちはそれでも、すぐに見つけだして、正確な位置を示した。
他のドラゴンもやっては来られない断崖絶壁。
落下ポイントの岩をも砕き、その実、死体は無傷であった。
船を降ろすと急いで解体、収納作業を始めた。
「チョビ、こっちお願い」
チョビが大活躍である。
マリアベーラ様はもう開いた口が塞がらない。巨大な蟹を見上げながら固まっていた。
さすがに二匹は重くて積めないので、今回は一匹だけを放置した。もう一匹は姉さん経由で調査に回して貰うべく、『楽園』のなかにもう少しいて貰う。
「にーく、にーく、にーく」
リオナたちは勝手に自分たちの取り分を回収していた。
初めて食べる肉に興奮している。
「起きるのです! ガッサン。これがドラゴンの肉なのです!」
倒れてる奴まで使うか…… 鬼だな。
マリアベーラ様も、肉ならと文句は言わなかった。ただ、僕とアイシャさんへの視線が増えたぐらいだ。
境界を越えるまでは安全のため、焼き肉は禁止である。匂いに釣られて何が出てくるか分からないから仕方がない。
子供たちはほっぺたを膨らませて猛烈に抗議してくる。
「駄目なもんは駄目だ!」
今度は涙目で抗議してくる。
お前らなぁ…… 一時間ぐらい待とうよ。
「それで、依頼の場所はあそこでよかったのかしら? 思った以上に大変そうな場所だけど。やはり境界近くにした方がいいんじゃないかしら?」
マリアベーラ様もあの場所は危険だと評価を下したようだ。
でも僕は秘密基地にこだわるのである。誰でも簡単にやってこられるような場所では困るのだ。
それに僕は先の二戦で、アースドラゴンは案外、御しやすいと感じていた。
やはり空飛ぶ連中の方が攻撃的で、俊敏で、獰猛なのだ。
アースドラゴンは、刻む手段さえあれば、なんとかなりそうな相手だと思えた。手負いのドラゴンより弱く感じたぐらいである。
それもこちらに刻む手段があったからだろう。この剣と『魔弾』がなければ、あの堅さに絶望していたに違いない。それにアイシャさんのあの的確な攻撃がなければ…… よくもあの高さから正確に狙えたものだ。
まあ、ヘモジのハンマーでも代用できそうだが…… 身構えられたらどうなることか。
船は南西に進み、尾根に沿ってやがて南に進路を変えた。
しばらくすると砦が見えてきたので、船首を西に向けた。
山間に渓谷を見つけた。
「水がないのです」
「干上がってますね」
リオナとエミリーが窓の下を覗きながら、砂利川を見て、落胆の声を上げた。
「あの下を流れてるのよ」
思わず感心する。
山の亀裂に沿って進むとやがて城壁に囲まれた、比較的大きな町が現れた。
鉱山都市アビークである。
鉱山都市は水が命みたいなものだ。なるほど町のなかには井戸水を汲み上げるための風車が何基も動いていた。採掘されるのは銅、鉛、亜鉛らしい。
「あの辺りに降ろして頂戴。ガッサン、行くわよ」
マリアベーラ様が指定した大門前に降下した。大門のなかから兵士がゾロゾロ出てきた。
ふたりの護衛にヘモジを付けた。ヘモジの盾が大概のことから守ってくれるだろう。
しばらく話し込んでいると、突然振り返ってこちらに手を振った。
ようやく交渉成立か。
町のなかから大量のラクダの馬車が現れた。荷台には巨大な保存庫の箱が載っている。砂漠は食材が傷みやすいからだろう、あんな仕掛けの馬車まであるらしい。
僕は地上に降りて馬車を船の下に付けるように指示した。
こちらは高度を上げて、分解した部位をアームとワイヤーを使って荷台の上に降ろしていく。
地上の工夫たちは「楽ちんでいい」と喜んだ。
そんなこんなですべての部位の投下が終了する。
「わたしとガッサンはここで降ろさせて貰うわね」
突然の申し出だった。
ドラゴンを売りさばく交渉など、主都で急いでやることができたようだ。
ガッサンは体調不良で、これ以上船に揺られるのはつらいようだ。子供たちはもうみんなぴんぴんしてるのに。
「ドラゴンの代金は今は手持ちがないから、今度主都に来たときに支払うわ」
『ドラゴンを受け取った旨と対価』を記した証文を貰った。
「これって正規の値段じゃ?」
「売ったお金で払うから安心して」
「それじゃ、儲からないじゃないですか? 鎧代だってあるのに」
「儲けるのが目的ではないのよ。ミコーレがドラゴンをやり取りしたという事実がほしいの。今の大公家にまだ潤沢な資金があると思わせたいのよ。それにドラゴンスレイヤーがこちら側にいるという事実もね」
当初の予定通り、外部への牽制材料ができたわけだ。
恐らく、噂話には更に色が付くだろう。討伐したのは実は三体だったとか、五体だったとか。その材料で王家は装備を整えているとかなんとか。ドラゴンの部位を売りつける先にも恩を売れば手のひらを返す商人も出るだろう。
「これで、時間稼ぎができそうよ」
そう、情報の成否などどうでもいいのだ。今ある敵をほんの一時、黙らせることができさえすれば。多少の損は一年後、大きな実りとなって皇太子夫妻の元に戻ってくる。
返済は余裕ができたそのときで充分だ。お金も貰えて、装備も貰えるとなったら言うことなしだ。
ふたりと別れてから気が付いた。
「ガッサン…… 肉、食えなかったな」
当初の予定通り、あとで送ることにする。




