春の嵐(発端)1
話は先日のドラゴンの肉消失事件に関する続報だった。
全員、装備を解いて、食堂に再集合した。
「そんなことになってたですか?」
まずは、話に付いてこれない我が家の住人に、概略が説明された。
ひとりだけしらふにされた姉さんは腹いせに、ヴァレンティーナ様のコップにも万能薬を放り込んだ。
酔えない酒ができあがった。
ヴァレンティーナ様も舐めてその効果に驚いた。
「それで、原因は分かったのですか?」
ロザリアが言った。
ふたりが笑った。
「原因ははなから分かっている」
「え?」
オクタヴィアとヘモジにお風呂代わりの浄化魔法を掛けていた僕も手を止めた。
「それって、騙したの?」
「ロッジ卿とガウディーノのことか?」
「お互い様というところかしらね」
「話が見えんな」
アイシャさんはつまみのチーズを一切れつまんで口に運んだ。
「今、話す」
ドラゴンの肉の横領は確かにあった。先刻のふたりの予測通り、街道の途中で、白昼堂々奪われていたのだ。
ヴァレンティーナ様たちはそのことを承知で、物資を流し続けたのだった。勿論、本当に大事な物資は別ルートらしかったが。
「大体、王宮の晩餐会で献上した肉が出なければ、献上した側は気付くのではないかしら?」
ヴァレンティーナ様は妹に振った。
リオナはこくりと頷いた。
「お肉は大事なのです」
「横領は前から始まっていたのよ。我々が送り届ける物資が軒並みやられたことがあってね。調べさせたことがあるのよ」
「いつから?」
「アルガスにいた頃かしらね」
ちょうど一年前か。
「我々だけではないぞ。先代のアルガス領主や、うちの実家も、他の南部の領主も軒並みやられた」
「最初は小麦一袋程度の可愛いものだったがな。今じゃ、ドラゴンの肉を丸ごとだ」
「許せないのです!」
リオナの声に実感が籠もっていた。
「なぜ、わざと放置を?」
ロザリアが尋ねた。
「首謀者らしき連中はすぐに判明したのよ。ただ――」
「手が出せなかったんだ。そのとき訴え出ても、犯人は恐らくお咎めなしになって、逃げおおせただろうからな」
「それってまさか……」
「問題はどの領地も同じような手口でやられていたことだった。運搬を任されているのは諸領の運搬部隊で、物資の搬入ルートも様々だ。なのに同様の手口でやられている。なぜだ?」
「犯人は王都側の、受け取り側の人間だったから」
ロザリアが姉さんの問いに答えた。
「そういうことだ。簡単に分かることだ。勿論そのことは犯人側も分かっていただろう。だからお咎めがあっても許される範囲で盗人紛いのことをしていたんだ」
「親の七光りを当て込んで?」
「そうだ」
「でも、愚か者はどこまで行っても愚か者だ。長い年月、悪行を働いても誰からも咎められないと分かると、その行為は次第にエスカレートしていくようになる。警戒心が薄れて、箍が緩んでくる」
「遂には献上品のドラゴンの肉にまで手を付けるようになったわけだ」
「そなたらはそれを知っていて、泳がせていたのか」
「気の長い話ですわね」
「そうしなければ逃げられてしまうからな。そうなっては元の木阿弥だ」
「愚連隊か……」
姉さんとヴァレンティーナ様は頷いた。
「第一師団の吹き溜まり。北の貴族の馬鹿子息たちだ。生涯王都から出ることがなく、身分故に危険な軍務は与えられず、遊びほうけているだけの連中だ。南部への嫌がらせも兼ねていいしのぎになっただろうよ」
「なるほどの。そやつらに申し開きできないほどの罪状を重ねさせてきたわけか。にしては高く付き過ぎではないか?」
「奴らの親たちにはそれだけの力がある。否、あったと言うべきか」
姉さんがまた意味深なことを。
「宰相たちが動いたことと何か関係が?」
僕は言った。
姉さんはニヤリと笑った。
「あのロッジが馬鹿共のすることに気付かなかったと思うか?」
「それって、姉さんたちもロッジ卿に泳がされてたってことでしょ?」
「だからお互い様と言ったんだ」
「じゃあ、今回来たのって」
「刈り入れ時を知らせに来たんでしょうね」
「でも、どうやって?」
「訴状の一本、書けばいいのよ。恐らく他の領地からも一斉に情報があげられるでしょうからね。と言うより既に手元に揃っているのではないかしらね。後はこちらのとどめの一筆だけ」
「でも、なんだかんだ言って、身代わりを立てられて、白を切り通されて終わりじゃないの? 『自分たちは言われただけだ』とか言って」
「今回はそうはならないんだ」
「なんで?」
「口座の記録が残っているからよ。ドラゴンの肉なんて高価な物、国内で捌けばすぐに足が付くでしょ。当然、国外で捌いたのでしょうけど、外国のお金は持っていただけでは役に立たないのよ」
「どこかで換金した?」
「ロッジならその情報も掴んでいるはずだ」
「あれだけの量。一体いくらになったのかしらね?」
「税金も払ってるとは思えないわね」
「追徴課税は、親元に行くんじゃないかしら?」
「その親たちは、目下、西方遠征で青息吐息だ。訳の分からぬ課税などされてみろ、屋台骨が傾くどころの騒ぎでは済まないぞ。当人たちはドラゴンの肉に有り付けずにいきり立っているというのに、その肉のせいで身の破滅だ。いい迷惑だろうな」
「合わせて、こちらからも相応の賠償金を請求する予定だから、どうなるかしらね?」
「そうなるともはや馬鹿息子を庇う気にもなりませんわね」
「さすがに献上品強奪となれば、最低でも当人は身分剥奪。その上で一生強制労働ですかね? 今ならもれなく前線送りかな。庇い立てしようものなら親も同罪。身分と領地剥奪の上、同じく前線送りですかね」
「切り捨てるしかあるまい」
「それが、そうとも言えぬ」
アイシャさんの言葉に姉さんが返した。
「どうしてじゃ?」
「息子の大金を当て込んで遠征費を捻出していた領主たちもいるのでな」
そんな馬鹿な。だったらまず大金の出所を探るだろ? 自分の馬鹿息子の商才ぐらい分かりそうなものだろうに。
「西方遠征自体、ロッジ卿の罠に思えてくるよ」
「奴に直接聞くんだな」
怖くて聞けるか! そんなこと。
「思うように行くでしょうか?」
ロザリアは慎重だ。
「窮鼠猫を噛むと言うしな」
あ、それ異世界のことわざだ。
「まさか反乱とか?」
慎重なくせに、突飛だな。
「国に楯突いても今の奴らではどうにもならんだろう?」
ほら、姉さんに突っ込まれる。
「もっと御しやすいのがいるだろう。溜め込んでいそうなのが」
「まさか!」
「このまま終るもよし。我らの手で引導を渡すのもよし」
「ヴァレンティーナ様だって王族でしょ?」
「お前だ! 奴らの狙いは」
「え?」
「宰相がなんであなたに肉の在庫の確認をしていたと思うの?」
「まさか……」
「まんまと出汁にされたな」
「嬉しそうだね?」
「我が手で引導を渡せるとなれば、これ程の喜びがあろうか?」
『トイキ』の敵討ちか。
「でもどうやって?」
「婚約者が山ほどできるんじゃないか? 勝手に婚姻までさせられるかも知れんな」
「僕を殺して、遺産の分配で巻き上げる気か!」
「どう出るかは知らんが、正面からは来んだろ? そんなところだな」
「それは絶対許せないのです!」
リオナが怒った。
「大丈夫よ、リオナ。エルネストを殺した奴は王家とヴィオネッティーの敵になるんだから、奴らの領地は草木一本残らないわ」
「なんで僕が死ぬこと前提なんですか」
「狙われるとしたら、お前だけでなく、この家の女たちも一緒だ。嘘八百並べるのに生き証人がいちゃ邪魔だからな」
「ご神木も危ないのです。スペシャル・エマージェンシーなのです」
なぜか小声で呟いた。
「で、それってタイミング的にはいつぐらいになるの?」
「きょう訴状を上げたから、明日か、明後日に議会が開かれて、そこですべてが露見するだろう。国王自ら判決を言い渡すとして、影響が出るのは四、五日後かしらね」
「僕らはどうすれば?」
「全員で空の旅でもしてきたら? その間に片付けておくから」
「じゃあ、そうするかな」
この判断が正しかったのかは追々分かるとして、とりあえず酒盛りが始まった。




