エルーダ迷宮快走中(チョビ編)15
「定食は終ったってさ」
「しょうがないのです。ステーキ二人前で」
「今日は稼げたしね。僕はミックスセット。ええと、大盛りで」
「ミックスセット?」
「腸詰めと、お肉と、パタータと」
「じゃ、わたしもそれで」
「妾もそれで」
「ホタテ!」
「ナーナ、ナナナ」
「ええと、いつものサラダ。大盛りだって」
「ホタテも大盛り!」
「魚定食…… はないから、ムニエルとサラダ」
「僕はステーキ大盛りで。後は全員にバケットとウーヴァジュースを」
定食がないと注文が面倒だ。
それにしてもいつの間にか「ホタテ」が通じるようになってるな。
「重い話じゃったの」
アイシャさんが呟いた。
「他の迷宮のことは知りませんけど、クエストってこんなものなんでしょうか?」
ロザリアが言った。
「普通の冒険者は素通りするんだから、やたらと遭遇する僕らの方がおかしいんだよ」
ロメオ君…… それを言ったらおしまいだよ。
「でも、確かに重い話だったわよね」
ナガレがチョビをテーブルに置いた。
「こいつはこんなに軽いのに……」
「確かに。『いらっしゃい。ご褒美どうぞ』で済む話なんだよな」
「それはそれで味気ない話じゃぞ。感動があって初めて興味を引くと言うものじゃ」
伝説のハサウェイ・シンクレアはそう言った。
「案外まだ話の続きがあったりしてね」
ロメオ君がチョビを指でからかいながら言った。
「え?」
「リオナも思ったです」
「あら、奇遇ね」
「いや、終わりだろ?」
僕は反対する。
「食事が終ったら村に戻ってみるとしようかの? 今日中なら、もう邪魔な土蟹も出てこんじゃろ」
「そう言えば幾つになりました?」
ロメオ君が聞いてきた。
「魔石?」
アイシャさんの年齢だったら、殺されるよな。
頷くので、全員が持ち物を確認した。さすがに特大をテーブルの上に並べるわけにもいかず、全員でリュックを覗き込む、おかしな絵面になった。
「十七個じゃな」
小声になった。
一人頭三個は確実か。
「すごいな……」
ロメオ君が言葉を失う。
「さすがにすぐには換金できんな」
「クヌムでアクセサリー買い漁って、こっちで転売とかは?」
「こないだ見たけど、大した物なかったよ」
「そりゃ、そなたの目線で見とるからじゃろ? ヘルメス装備を見て麻痺しとるんじゃ。普通の冒険者にはあれで充分いい物なんじゃぞ」
自作した方がいい物できそうだけどな……
「でも発掘品として流すと安く買い叩かれるんじゃないかな?」
「換金が目的なんだから、多少は我慢せんと。石のまま持っていても役にたたんじゃろ? それとも小さくして、農地にでも撒くか? 」
「それ用の石はもう確保してます」
ロザリアが口を挟んだ。
「水の魔石に交換して、ミコーレに売り払うのは?」
「あそこは今、開発費を捻出するためにジリ貧状態だから、必要以上には買ってはくれないよ」
「そういや、僕たちへの報酬あれからどうなったのかな?」
「西の農地の先に放牧地を確保したのです。お店は年末頃を予定してるのです」
リオナが珍しく情報を返した。
「誰からの情報?」
「風の便りで」
盗み聞きかよ。
「そう言えば、土地の手配もすると言ってたのです」
「土地?」
みんなが首を傾げる。
「辺境と接する一角を貰おうかと思ってね」
僕は言った。
「どの辺?」
「ミコーレの北東。スプレコーンの南東国境と隣接する辺り」
「山のなかじゃな」
「飛空艇じゃなきゃいけなさそうでしょ?」
僕はロメオ君に目配せをした。
「秘密基地!」
ロメオ君の目が輝いた。
「なんでそんな物騒な場所に?」
「将来を見越して、狩り場の確保かな」
「山の向こうがどうなってるか、わからんのだぞ」
「駄目なら逃げ帰ればいいでしょ」
「とりあえず、ミコーレ側に変な貸しを残しておくのはよくない気がしてさ」
「賢明じゃな。恩義が重荷になる前に解放してやるのはいいことじゃ。心証もよいじゃろうしの。土地持ちとなれば爵位も着いてくるかもしれんぞ」
「家一件分の土地にそれはないでしょ」
「だといいがな」
「とりあえず魔石の使い道は慎重にの。我らが配給元だと悟られるなよ。ロメオの分だけ分けるか?」
「一緒に宝物庫に入れといてよ。家族に見つかったら、また卒倒されそうだからさ」
「わかった。じゃあ、ロメオ君専用の保管庫に入れておくから、好きなときに確認しておいてよ」
僕は専用の鍵を明日渡す約束をした。
料理が運ばれてきたので会話はそこで途切れた。
再び、朝歩いた行程を行く。
地下三十七階入口から村までのハイキングである。既に狩りが済んでいるので、暢気なものだった。
食後の眠気さえなければもっと足取りは軽かったのだが。
「そういや、チョビって擬人化するのか?」
僕はナガレに尋ねた。
「しないわよ」
あっさり答えが返ってきた。
「そなの?」
「これ以上、ちびっこいのにウロチョロされては敵わん」
アイシャさんが溜め息をついた。
確かに。
「擬人化するにはそれなりの知性がないと駄目なのよ。最低限言葉を理解する程度のね。チョビはどう見ても蟹の脳味噌しかないから、期待できないわ。懐きはするけどペットの域は出ないわね。だから変な気の回し方はしなくていいわよ」
要するに、こちらの都合で出し入れして構わないと。本来の召喚獣の扱い方でいいというわけだ。一応、こっちが気を使ってる自覚はあるんだな。
「誰もいない……」
遠巻きに村の周囲を探った。
いないだけでなく、村もなかった。
「廃墟もいいところね」
僕たちは村のあった敷地に踏み込んだ。
木造の柱は朽ちて土に帰り、残った石塀は崩れて天に伸びようとする蔦草の足場になっていた。石畳みには土埃が溜まり、根を張れずに横に伸びる雑草がひねていた。
縦横無尽に張り巡らされた蔓草を切り刻みながら、僕たちは奥へ奥へと進んだ。
「これは想像していませんでしたね。てっきり再会できるものと思っておりましたのに」
ロザリアが言った。
身構えてきたのに残念な結果になりそうだ。
そうは思っても、僕たちは少女の家のあった場所を目指して、木々の生い茂った坂を登るのを止めなかった。
幾年月が流れたのか。自分たちが恰も時に取り残されたような悲しい気分になった。すべてが迷宮の仕掛けたまやかしだとしても、沸き上がる感情に嘘はない。
土に帰らなかったガラクタが、あちらこちらに転がっている。それがここに生きていた人がいたという証拠。
ヘモジが自分とさして変わらぬサイズの熊のぬいぐるみを持ち上げようとしたら、縫い目からボロボロ千切れて、首や手足がもげた。
あの少女はあれからどうしたのだろう?
ただの物語の登場人物ではない何かに、僕は思いを馳せた。
何か痕跡でも残っていまいかと、僕たちは平静を装いながら、皆無言で、必死に何かを探し求めた。
少女と再会した庭の畑に辿り着いた。
「あった!」
叫んだのは、オクタヴィアだった。
僕たち全員が駆け寄ると、そこには探していたものが転がっていた。
「人食い宝箱…… お友達だ」
少女の友達の人食い宝箱が、まるで日向ぼっこでもしているかのように畑の隅の道具小屋の軒先に転がっていた。
「死んでるのです」
襲ってくる気配はなかった。迷宮の鍵を近づけても埃を被ったその蓋は反応がなかった。魔物判定があるならとうに消えているわけだから、やはり魔物扱いではなかったということか。
突然、パカッと音を立てて蓋というか、口が開いた。
中に何かが入っていた。
食われるんじゃないかと、疑心暗鬼になりながら、僕は口のなかに手を突っ込んでそれを取り出した。
入っていたのは黄ばんだ手紙と変哲のない石だった。




