エルーダ迷宮快走中(チョビ編)14
冊子の隙間からメモ書きがもう一枚、こぼれ落ちた。
『わたしは冒険者を憎く思うようになっていました。あの魔法使いは、冒険者とは勇敢でやさしい方々だと言っていたのに…… 里の人間と同じなのだと思いました。お金のためにしか動かない偽善者なのだと。だからわたしはお金をかき集めました。死んだ村人たちの家を漁り、盗みを働き、親の残したすべてを売り払い。でも、やって来たのは本当に冒険者だったのでしょうか? 依頼を受けておきながら、陰ではサボって、ろくに討伐もしない。挙げ句、余計な経費ばかりを要求してくる。払えないと言うと、依頼を投げ出し、金だけ奪って逃げ出す卑怯者たち。実力が足りないことを棚に上げて、まるで無茶な依頼を出したこちらが悪いかのような言動。わたしが必死にかき集めた蓄えを端金と呼んで憚らない人でなし! だからわたしは、土蟹と冒険者を共倒れさせる方法を考えたのです。どちらもこの世界からいなくなってしまえと願って。ただで物が貰えるとなると、彼らは容易くわたしの企みに乗ってきました。今まで散々拒んできたというのに! 土蟹を召喚獣か何かだと勝手に思い込んで、大事そうに抱えて。捨てれば逃げられたものを。森の土蟹もあとわずか。わたしの心が晴れるときがもうすぐやって来る――』
メモ書きが更にもう一枚。
『なぜ、心が晴れないのでしょう? もう気が済んだはずなのに。もう許されると思ったのに。嗚呼、なぜ騙されてしまったのでしょう、里の者がまだ幼かったわたしに呟いたあのとき。『ちょっとだけ子供たちを外に出してあげないか? たまには外の空気を吸わせてあげないと可哀相だからね。大丈夫。少しの間なら問題ない。そうだ、お嬢ちゃんにはこれをあげよう』。わたしはたった数個の砂糖菓子ほしさに、子蟹を小屋の外に出したのです。親が死にました。弟が死にました。友達が死にました。優しかった村のみんなも死にました。卑しいわたしと里の人間だけが生き残りました。何をすればわたしは許されるのでしょう? 人に害をなさぬように、逃げた土蟹をこの森から葬り去りましょう。残っている子供たちも人のいない遠い世界に離してあげましょう。でも、最後の我がまま。一度でいいから本物の冒険者様に会いたい! あの魔法使いのような、優しい瞳の…… あの子たちならきっと、その方の役に立ってくれるに違いないから。でも、そのためには選ばなくては。あの子たちを大事にしてくれる本物の冒険者様を』
またメモが落ちた。
『あなたたちと同じ食事を与えてあげて』
オクタヴィアが僕のリュックのなかに潜り込んで、クッキー缶を取り出すと、足元に落っことした。落下地点にはヘモジが待ち構えていて、浜にめり込んだそれを拾い上げるとナガレの元に向かった。ヘモジが蓋を開けて、クッキーを一枚取り出すとナガレに手渡した。
ナガレは乳飲み子に乳をやるかのように、腕にチョビを抱え、口元にクッキーの欠片を押しつけた。
チョビはクッキーをかじった、のだと思う。突然、光って色白だった甲羅が海の青に染まったのだ。
光が収まるとチョビの姿は消えていて、代わりに腕のなかには召喚獣のカードが転がっていた。
「『土蟹チョビ』だって」
「名前確定なの?」
「ほら」
ナガレがロザリアにカードを渡す。
「ほんとだ。チョビだって」
「これ誰が持つの? わたしは無理だから」
そりゃ、召喚獣のナガレじゃ駄目だろ。いけそうな気もするが、本体の飼い主がリオナだからな。魔力が足りない。
「アイシャさんは?」
「妾は猫一匹で充分じゃ。そう言うロザリアはどうじゃ?」
「わたしも聖獣がもういますから、それに蟹は苦手で」
「ロメオ君は?」
「僕はどっちかって言うとメカマニアだから。ゴーレムとかなら考えるけど、蟹はいいかな」
「リオナもちょっと…… 食材は」
リオナは元から駄目だって。
「魔力が一番余ってる人が預かればいいんじゃないかしら?」
「ナーナ」
「ヘモジもそれがいいって」
ナガレが通訳した。
「世話はナガレだからな」
「いいわよ。子分にしてやるわ。祠を壊されたら溜まらないものね」
そう言いながらもナガレは嬉しそうだった。
ナガレに付けられたら一番よかったのだが。水の生き物はナガレの管轄みたいなものだからな。土属性だけど。
僕は召喚カードをヘモジのものと一緒にして懐にしまう振りをして、『楽園』に仕舞い込んだ。なくすわけにはいかないからな。
やばい、魔力を使いすぎた。一瞬くらっときた。僕は急いで万能薬を舐めた。
ヘモジがクッキー缶を抱えながら、こちらをじっと見上げた。
「ごめん、ミスった」
「ナーナ」
僕の足をポンポンと叩いた。「注意しろ」と怒られた。
僕はヘモジを抱き抱えると、早速、ナガレの腕のなかにチョビを召喚した。
すると今まで以上に小さなチョビが現れた。
「ちいさッ!」
みんな声を一つにした。オクタヴィアの狭い額に乗りそうだった。
「じゃ、一旦お開きにしましょう。お腹空いちゃったわ」
ナガレはチョビを手のひらに載せたまま、出口方面に身を翻した。
「リオナもお腹ぺこぺこなのです」
ヘモジはクッキー缶の蓋が開いていることをいいことに、辛抱しきれず、中身を頬張っていた。
オクタヴィアは怒ることも忘れて、新たな仲間をナガレの肩越しから見下ろしていた。
「大きくなるまでわたしの髪飾りのなかに隠しておいてあげるわ。すぐ出てくることになるでしょうけどね」
ナガレは頭の上の髪飾りにチョビをかくした。オクタヴィアが覗き込もうとナガレの頭にしがみつくと、煙たがられて、無言で僕の方に移された。
「あんぎゃーッ!」
ようやくクッキー缶に気付いたようだ。
ヘモジは缶を抱えたままリュックのなかに隠れた。オクタヴィアも尻だけ出してリュックのなかに頭を突っ込んだ。
リュックのなかで暴れている。
あー、もうッ! ニャーニャー、ナーナー、うるさいっつーの。
「うるさくしてると眠らせるぞー」
そう言って 少しリュックをピリピリしてやった。
「ナー……」
「……オクタヴィア悪くない」
ふたりそろってリュックの口から頭を出した。
「空腹で苛立ってんじゃないの?」
ロメオ君が笑った。
「新しい子が入ったから、かまってほしいのよ。ねー」
「違う」
「ナーナ」
「子供なんだから」
そう言うロザリアもいつになく楽しそうだ。
「仲間が増えるのは嬉しいことだよ」
「お前の仲間は変わった奴ばかりじゃがな」
そう言って、その筆頭のアイシャさんはオクタヴィアをつまみ出した。
「お仕置きだ。魚抜きの魚定食」
「ご主人、それはあんまり……」
嬉しそうに弄られている。
「お前も、野菜抜きの野菜サラダ――」
肩に座ったヘモジを見た。
真剣な顔で見つめ返してくる。
「どした?」
げふっ。
「食べ過ぎたのか……」
僕たちは浜辺の近くの洞穴に入り、脱出部屋から外に出た。




