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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
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エルーダ迷宮快走中(チョビ編)14

 冊子の隙間からメモ書きがもう一枚、こぼれ落ちた。

『わたしは冒険者を憎く思うようになっていました。あの魔法使いは、冒険者とは勇敢でやさしい方々だと言っていたのに…… 里の人間と同じなのだと思いました。お金のためにしか動かない偽善者なのだと。だからわたしはお金をかき集めました。死んだ村人たちの家を漁り、盗みを働き、親の残したすべてを売り払い。でも、やって来たのは本当に冒険者だったのでしょうか? 依頼を受けておきながら、陰ではサボって、ろくに討伐もしない。挙げ句、余計な経費ばかりを要求してくる。払えないと言うと、依頼を投げ出し、金だけ奪って逃げ出す卑怯者たち。実力が足りないことを棚に上げて、まるで無茶な依頼を出したこちらが悪いかのような言動。わたしが必死にかき集めた蓄えを端金と呼んで憚らない人でなし! だからわたしは、土蟹と冒険者を共倒れさせる方法を考えたのです。どちらもこの世界からいなくなってしまえと願って。ただで物が貰えるとなると、彼らは容易くわたしの企みに乗ってきました。今まで散々拒んできたというのに! 土蟹を召喚獣か何かだと勝手に思い込んで、大事そうに抱えて。捨てれば逃げられたものを。森の土蟹もあとわずか。わたしの心が晴れるときがもうすぐやって来る――』

 メモ書きが更にもう一枚。

『なぜ、心が晴れないのでしょう? もう気が済んだはずなのに。もう許されると思ったのに。嗚呼、なぜ騙されてしまったのでしょう、里の者がまだ幼かったわたしに呟いたあのとき。『ちょっとだけ子供たちを外に出してあげないか? たまには外の空気を吸わせてあげないと可哀相だからね。大丈夫。少しの間なら問題ない。そうだ、お嬢ちゃんにはこれをあげよう』。わたしはたった数個の砂糖菓子ほしさに、子蟹を小屋の外に出したのです。親が死にました。弟が死にました。友達が死にました。優しかった村のみんなも死にました。卑しいわたしと里の人間だけが生き残りました。何をすればわたしは許されるのでしょう? 人に害をなさぬように、逃げた土蟹をこの森から葬り去りましょう。残っている子供たちも人のいない遠い世界に離してあげましょう。でも、最後の我がまま。一度でいいから本物の冒険者様に会いたい! あの魔法使いのような、優しい瞳の…… あの子たちならきっと、その方の役に立ってくれるに違いないから。でも、そのためには選ばなくては。あの子たちを大事にしてくれる本物の冒険者様を』

 またメモが落ちた。

『あなたたちと同じ食事を与えてあげて』

 オクタヴィアが僕のリュックのなかに潜り込んで、クッキー缶を取り出すと、足元に落っことした。落下地点にはヘモジが待ち構えていて、浜にめり込んだそれを拾い上げるとナガレの元に向かった。ヘモジが蓋を開けて、クッキーを一枚取り出すとナガレに手渡した。

 ナガレは乳飲み子に乳をやるかのように、腕にチョビを抱え、口元にクッキーの欠片を押しつけた。

 チョビはクッキーをかじった、のだと思う。突然、光って色白だった甲羅が海の青に染まったのだ。

 光が収まるとチョビの姿は消えていて、代わりに腕のなかには召喚獣のカードが転がっていた。

「『土蟹チョビ』だって」

「名前確定なの?」

「ほら」

 ナガレがロザリアにカードを渡す。

「ほんとだ。チョビだって」

「これ誰が持つの? わたしは無理だから」

 そりゃ、召喚獣のナガレじゃ駄目だろ。いけそうな気もするが、本体の飼い主がリオナだからな。魔力が足りない。

「アイシャさんは?」

「妾は猫一匹で充分じゃ。そう言うロザリアはどうじゃ?」

「わたしも聖獣がもういますから、それに蟹は苦手で」

「ロメオ君は?」

「僕はどっちかって言うとメカマニアだから。ゴーレムとかなら考えるけど、蟹はいいかな」

「リオナもちょっと…… 食材は」

 リオナは元から駄目だって。

「魔力が一番余ってる人が預かればいいんじゃないかしら?」

「ナーナ」

「ヘモジもそれがいいって」

 ナガレが通訳した。

「世話はナガレだからな」

「いいわよ。子分にしてやるわ。祠を壊されたら溜まらないものね」

 そう言いながらもナガレは嬉しそうだった。

 ナガレに付けられたら一番よかったのだが。水の生き物はナガレの管轄みたいなものだからな。土属性だけど。

 僕は召喚カードをヘモジのものと一緒にして懐にしまう振りをして、『楽園』に仕舞い込んだ。なくすわけにはいかないからな。

 やばい、魔力を使いすぎた。一瞬くらっときた。僕は急いで万能薬を舐めた。

 ヘモジがクッキー缶を抱えながら、こちらをじっと見上げた。

「ごめん、ミスった」

「ナーナ」

 僕の足をポンポンと叩いた。「注意しろ」と怒られた。

 僕はヘモジを抱き抱えると、早速、ナガレの腕のなかにチョビを召喚した。

 すると今まで以上に小さなチョビが現れた。

「ちいさッ!」

 みんな声を一つにした。オクタヴィアの狭い額に乗りそうだった。

「じゃ、一旦お開きにしましょう。お腹空いちゃったわ」

 ナガレはチョビを手のひらに載せたまま、出口方面に身を翻した。

「リオナもお腹ぺこぺこなのです」

 ヘモジはクッキー缶の蓋が開いていることをいいことに、辛抱しきれず、中身を頬張っていた。

 オクタヴィアは怒ることも忘れて、新たな仲間をナガレの肩越しから見下ろしていた。

「大きくなるまでわたしの髪飾りのなかに隠しておいてあげるわ。すぐ出てくることになるでしょうけどね」

 ナガレは頭の上の髪飾りにチョビをかくした。オクタヴィアが覗き込もうとナガレの頭にしがみつくと、煙たがられて、無言で僕の方に移された。

「あんぎゃーッ!」

 ようやくクッキー缶に気付いたようだ。

 ヘモジは缶を抱えたままリュックのなかに隠れた。オクタヴィアも尻だけ出してリュックのなかに頭を突っ込んだ。

 リュックのなかで暴れている。

 あー、もうッ! ニャーニャー、ナーナー、うるさいっつーの。

「うるさくしてると眠らせるぞー」

 そう言って 少しリュックをピリピリしてやった。

「ナー……」

「……オクタヴィア悪くない」

 ふたりそろってリュックの口から頭を出した。

「空腹で苛立ってんじゃないの?」

 ロメオ君が笑った。

「新しい子が入ったから、かまってほしいのよ。ねー」

「違う」

「ナーナ」

「子供なんだから」

 そう言うロザリアもいつになく楽しそうだ。

「仲間が増えるのは嬉しいことだよ」

「お前の仲間は変わった奴ばかりじゃがな」

 そう言って、その筆頭のアイシャさんはオクタヴィアをつまみ出した。

「お仕置きだ。魚抜きの魚定食」

「ご主人、それはあんまり……」

 嬉しそうに弄られている。

「お前も、野菜抜きの野菜サラダ――」

 肩に座ったヘモジを見た。

 真剣な顔で見つめ返してくる。

「どした?」

 げふっ。

「食べ過ぎたのか……」

 僕たちは浜辺の近くの洞穴に入り、脱出部屋から外に出た。


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