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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
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エルーダ迷宮快走中(チョビ編)12

「見ての通りの暮らしなもので、皆様にお礼できるものはこれしかございません。ここは古くから土蟹の飼育を生業にしていた村でございますが、一月ほど前、不手際がありまして、土蟹を暴走させてしまったのです。施設を破壊され、商品の土蟹のほとんどが逃げ出してしまいました。皆、再起の目処も立たず、商売を畳もうと考えている者も…… 今はもうここに住んでいるのはわたしだけになってしまって……」

 少女は涙を拭った。

 なんでクエストがこんな湿っぽい地味な話になってるんだ? 

「お恥ずかしい話です。ですので差し上げられるのは…… もう……」


「土蟹の子供ッ?」

 少女に連れてこられたのは、村の上手にある滝の、裏手の洞窟にある土蟹の子供の飼育施設だった。

「どれでも、お好きなのをお持ちください」

 岩がゴロゴロ転がっているだけの大きな飼育池のなかにワラワラと子供たちがいた。

 少女がキノコを細かく切ったものを与えると集まりだして、鋏を使って器用に食べ始めた。

「魚の切り身とかじゃないんだ」

「なんでも食べますよ。でないと大きくなれませんからね」

 ヘモジやオクタヴィアでも抱えられるほど小さかった。あんな馬鹿でかくなるとはとても想像できない、食卓に並びそうな大きさであった。

 お好きなのをと言われても……

 これは、紛れもなく波乱の予感である!

 大人しい土蟹が唯一怒り狂う条件。それは同属の子供に対する虐待である。図鑑を調べた限り、親と引き離して泣かれただけでも、大騒ぎになるらしい。

 この村でも親元から自主的に離れるまでは無理矢理引き離してはいけない決まりらしい。だが肝心の親が逃げ出してしまってはどうしようもない。本来殺してしまわなくてはならないのだが、村の再建を考えるとそれもできないようだ。

 滝の音で子供の声が掻き消されるこの場所は、古くは飼育に使われていた場所らしく、今はここで匿っているそうだ。

 しかし、これから進む道すがらには、あの馬鹿でかい奴らが待っている。

 爆弾抱えて走り回るのか?

「ナーナ」

「おいで、おいで」

「こいつ、人懐こそうね。わたしこいつにするわ」

「あの…… ひとり一匹ではなくて……」

 ナガレ…… お前飼いたくなかったんじゃないのか? それにヘモジもオクタヴィアも今は小さくてもすぐお前らの背を追い抜くんだからな。そんなゆるい顔してていいのか?

「ナガレが選んだそれでいい」

 たぶん切りがないので、早々に決心した。

 ヘモジもオクタヴィアも別段反対する様子もなく、ナガレの選んだ蟹の頭を撫で始めた。

「舐めてると鋏に挟まれるぞ」

 ふたりが揃って手を引っ込めた。

 その反応がおかしくてアイシャさんはケラケラと笑った。


 橋の袂で少女と別れた。

 僕たちは寂れた村を後にした。

 子蟹はナガレの腕のなかにいた。『チョビ』と名付けられた。

「いつまでも小さくあれと願いを込めて命名する!」

 将来、絶対、弊害出てくるな。て言うか荷物運びさせるんだから、程よく大きくなって貰わないと困るぞ。

「まあ、『チビ』でなくてよかったのです」

 リオナが諦めた。

「少しひねってるし」

 ロメオ君も諦めた。

「可愛らしくて親しみやすい名前ね」

 ロザリアも投げた。

「ヘモジよりはましじゃろ?」

「ナ?」

 ヘモジがこっちを見た。

「お前、最初から英雄ヘモジだったろ?」

「ヘモジ、格好いい」

 オクタヴィア、お前いい奴だな。


「でもさ、これって不味いよね」

 ロメオ君が他人事のように言った。

 最寄りの土蟹はまだ遠かった。

「そもそもこいつが手に入るとまだ決まった訳じゃないからな」

「確かにの。こんなに簡単に手に入るぐらいなら、蟹のペットを連れた冒険者がもっと溢れとる」

「ただの爆弾か?」

「消音、消臭の結界でも掛けておけば大丈夫でしょ?」

 そう言ってロザリアはナガレが抱えているチョビの背中に紋章の書かれた札と小さな魔石を貼り付けた。が、貼り付かない。

「あら?」

 チョビはナガレの腕のなかに潜り込んで頭を隠した。

 クエストモード?

 だとしたら、こちらの打つ手は幾つか封じられている可能性が高い。

「転移結晶使えるか?」

 僕は自分の結晶をナガレに渡した。

「使えない…… なんで?」

 召喚獣のナガレが使えなくても別段、構わないのだが。

「こっちは使えるけど」

 ロメオ君が反証する。僕も問題なく使えた。

 使えなかったのはナガレだけだった。

 原因は一目瞭然。

 チョビを手放すと、ナガレも結晶を使えるようになることが確認された。勿論、渡された方は使うこともゲートを潜ることもできなくなっていた。

 つまりチョビを連れたままでは外界には出られないと言うことだ。

 因みにショートカットはチョビを抱えていても可能だった。やはり外界との出入りにだけ制限が設けられたようだ。

 そしてもうひとつ。それはチョビの存在を隠すことができないことだ。魔法も魔法陣の札も効かなかった。

 とんだ罠だ。クエストの目的は、あらゆる障害を乗り越えて、チョビを無事出口まで運ぶことだ。

 さて、どうしたものか? と言っても結論は出ている。

 名前を付けて、かわいがっている段階でもう捨てられないのは明らかだった。

 このまま出口まで連れて行くしかない。その結果どういう結論が待っているかは知らないけれど。

 幸い僕のショートカットは有効なので、フロアー内限定での緊急脱出は可能だ。

「動き出した!」

 反応が早い! まだ峠一本向こうのはずなのに、土蟹が動き出した。

「先制攻撃じゃな」

 チョビはナガレの腕のなかでぐっすり寝ていて、救難信号を出している様子はなかった。わざわざ遠方から襲われる理由など皆目見当が付かなかった。やはりクエストの仕掛けの一部なのだろうか?

 僕は先制攻撃を優位にするために、谷間の向こう側にある峠に陣を敷くことにした。

 ゲートを開いてみんなで待避した。

 するとオルトロスが出迎えた。

 稲妻が群のなかに落ちた。

 オルトロスは一網打尽にされて一瞬で葬り去られた。

 ロメオ君だった。

 続いてみんながゲートから出てくる。ナガレも無事に出てこられたようだ。

 チョビも健在だ。

 震動と共に森に土煙が舞う。

 木々を薙ぎ倒しながら接近する巨大な影。

 先刻とは打って変わって、信じられないほどの速度で接近してくる。

 僕はライフルを構える。

「待て! 魔石の回収がしやすい場所まで接近させるのじゃ」

 なるほど、今撃つとオルトロスと闇蠍のテリトリーを幾つも跨がなければいけなくなる。

 テリトリーをすべて越えたところで狙撃しよう。

 僕は望遠鏡を覗く。

『一撃必殺』を発動させる。

 急所に狙いを定めて……

 敵の警戒ラインを越えた辺りで『魔弾』を撃ち込んだ。

 遠目で見ると障壁の反応がきれいに見えた。

 巨体が崩れるのが見えた。

「次が来た!」

 オクタヴィアが叫んだ。

 今いる山の影からだった。傾斜で死角だった。


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