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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
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エルーダ迷宮快走中(魔石騒動)9

 予言は数日もしないうちに的中した。

 それは後受けをしない冒険者が増えるという形で現れた。

 元々、期限を切らずに安定したレートで取引されていたものが、朝狩りに向かうとき調べたレートより安い値段で夕刻、売却しなければならなかったとしたらどうだろう?

 冒険者も馬鹿ではないので考える。

 するとどういうことになるのか?

 レートを確定しておきたいから、当然、後受けなどにせず、依頼書を引っぺがして窓口に持っていくのである。

 無期限でもレートが変われば、それは期限を切っているのと同じこと。利益を確かなものにしておこうとすれば、そうするしかないのだ。そうして「約束しましたよね」と念を押さねばならなくなるのだ。

 そうなると窓口業務は一気に立ち行かなくなる。

 冒険者一チームに一枚依頼書が必要になるわけだから、四属性すべてに保険を掛けるなら四枚必要になる。小さな魔石は適用外なのだが、それでも保険を掛けようとする者まで現れ出すと、もはや収拾が付かなくなる。膨大な数の依頼書を用意するだけでも窓口業務はパンクする。

 期間を無制限にしたままだから、何枚も保険を掛けようという者まで現れる始末である。

 しかもその段階ではどれ程の回収が見込めるか分からないし、どのチームがどの順番でやってくるかも分からない。その日は取引しないかも知れない。だからレートは迂闊に決められない。そもそも冒険者ごとに依頼受付の段階で依頼額を変えることはできない。そんなアンフェアなことはない。

 同じ獲物に対して「あなたは金貨一枚」、「あなたは銀貨八十枚」などという依頼の出し方をすればどういうことになるか。

 今まで買い取り価格を一律で、一枚の依頼書で済ませていたから問題なかったのである。変更があったとしても、影響を受けるのは全員で特定の誰かじゃない。朝貼り出した依頼書は日付が変わるまでは変わらない、依頼者が依頼を取り下げるか、誰かが依頼を達成するその時までなくなることはない。それがこの世界のコンセンサスである。


 不具合はそれだけではない。

 そうなると今まで諸々のアイテムをまとめて買い取ってきた裏の買取窓口も滞る。

 限定数は? 買取レートは? 今の後受け価格は? わずか魔石数個に依頼書を一枚一枚確認しての作業になる。あるいは異常を察して溜め込んでいたものを吐き出そうという冒険者には「限定に達しているからこれ以上の買い入れは改めて依頼を受けるか、後受けでお願いします。現在の値段では――」などということになる。

 窓口業務は裏も表もパンクした。元々ギリギリの人員での運用だ。然もありなんである。


 そして、三日後、『通常買取に戻りました。この度の不手際、誠に申し訳ありませんでした』というギルマスのサインの入った貼り紙が窓口に貼り出された。

 マリアさん減俸かなぁ……


 それにしても展開が速すぎる!

 僕は横目ですましているハイエルフを見つめる。

 絶対何かしたよね。

 僕はチョロチョロしているオクタヴィアを捕まえると、談話室の奥に連れ込んだ。

「で、何したんだ?」

「何もしてない」

「やったのはアイシャさんか?」

「ご主人は何もしてない」

「じゃあ、リオナか?」

「違う」

「じゃあ、誰がしたんだ?」

「う……」

「誰?」

「内緒」

 内緒ってことは知ってるってことだぞ。

「ホタテ。嘘付く子にはもう買ってあげないからな」

「うう……」

 目に涙を浮かべながら、口を一文字にして必死に堪えている。いじらしいにもほどがある。

「いくつ買って貰う約束したんだ?」

「いくつ?」

「ご褒美、ホタテだよ。買って貰う約束したんだろ?」

「約束してない」

「なんで? 口止め料にご褒美貰わなきゃ、損だぞ」

「…… そう?」

「一生懸命頑張ってるじゃないか。きっと褒めてくれると思うぞ。ご主人、十皿ぐらい買ってくれるんじゃないかな?」

「ご主人違う!」

「もう分かったよ。聞かないでおいてやるよ」

 オクタヴィアは僕を警戒しつつ、たまに振り返りながら、足取り軽く主の元に駆けていった。

 そして言った。

「ご主人、オクタヴィア頑張った。何も言わなかった。口止め料くれるって若様言ってた」

 尻尾フリフリ、お目々きらきら。お馬鹿が一匹。

「こら、馬鹿っ! お前、何を騙されておる!」

 オクタヴィアがホタテの誘惑に負けずに忠誠を尽くせる人間は限られている。というよりひとりしかいない。

「我が家の機密保持に関して何かコメントあります?」

 僕はアイシャさんの隣に肩を並べて、元に戻った依頼書を眺めた。

「大事なことにオクタヴィアを関わらせるなということじゃな」


 オクタヴィアに悪気はない。ただ、慣れていないだけだ、他意を持った相手との会話を。世界広しと言えど、嘘を平気で付く動物は人間ぐらいなものだ。

「なぜ気付かれたか分かってないみたいだけど?」

「しゃべる以前は利口な奴だった気がするんじゃが」

 言葉を得た猫にとって、言葉はまだまだ未知のものであるようだ。

「で、何したんです?」

 アイシャさんは降参して話し始めた。

 やったことは単純だった。ただ、オクタヴィアを使って噂を流したのだ。

「夕方になったら安くなる。みんなが売るから在庫が増える。だから夕方安くなる。これ常識」

 実際、魔石(大)はそうそう獲れるものではないから、レートが変わるほどの大口契約は滅多にないことだ。仮に溜め込んでいたものを放出したからと言って、僕たちのように百個も売り買いする奴はまずいない。末端の商人じゃあるまいし。

 つまり、限定を設けても、限定まで取引する人間は余りいなかったのである。となればレートはそうそう変化することはない。

 だが、疑心暗鬼になる者は多かった。と思ったら、実際にレートを下げている奴がいた。

 他ならぬリオナである。

 なんと孤児院の子供たちを利用していたのである。クヌムの町で買い込んだ魔石を狩りで回収したかのように見せかけ、制限一杯、子供に魔石を持たせて、依頼を何度も遂行させたのである。

 他の属性は兎も角、火の魔石は先日、百個ほど売り込んだせいで、だぶついていたのでレートの値下がりは顕著だった。

「二百個ほど売ったです」

 リオナは言った。

 魔石の交換屋から直接、アイテムを転送したらしい。修道院に手数料は取られるが、リュックに詰め込んでひたすら往復する手間は省けたわけだ。

 現在は火の魔石の方が安くなるという逆転現象が起きている。

 勿論、リオナのような客はそうそう現れないから、一週間もすればまた元に戻るのだが、混乱に拍車を掛けたのは事実だ。

「お前ら悪党かよ」

「でも、いい儲けになったのです」

「嘘付け。修道院に払った手数料は魔石の金額の一割だぞ。利益の一割じゃないぞ。金貨四枚以上払ってるんだから赤字だろうが」

「赤字じゃないのです。元手はゼロなのです」

「ゼロ?」

「きのう、リオナも倒してきたのです」

「火蟻女王をか?」

 リオナがこくりと頷いた。

 あー、まずいこと教えちゃったな。

「これで四十八時間耐久肉祭りがいつでもできるのです。毎週やってもお釣りが来るのです」

「やめろ、店子がみんな逃げ出すだろ」


 兎に角、リオナのおかげでギルドポイントは思いの外溜まり、僕たちはその後短期間でBランクになることができた。交換屋に火の魔石(特大)を両替した在庫が残っていることをいいことにクエストを達成し続けた結果であった。

 属性に偏ることなく、四属性すべてを満遍なく利用した結果、すべての買い取り価格は徐々にではあったが値下がりしていった。

 広い視野で見ると、それは閑古鳥の鳴いていたエルーダ村にあって、唯一、例年通りの買取実績を残せた項目であった。つまり大騒ぎすることではなかったわけだ。

 それもこれも依頼書を通常通りに戻してくれたおかげだ。

 細かいノイズはすべて無期限、数量無制限の寛容さの先にある。すべての雑音はあの一枚の依頼書が吸収してくれたのであった。


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