エルーダ迷宮快走中(人食い宝箱クエスト編)6
「おかしい! 絶対ここのクエストは変だよ」
タイミング的に、「また明日」となりそうな感じだったので、ロメオ君にヘモジとオクタヴィアを付けて、飛行機能を搭載した盾で先行して貰った。
空中にいればとりあえず安全だし、後はヘモジにやらせればいいと。
だが、僕たちがようやくロメオ君たちに追い付くと、返ってきたのは先刻の「おかしいよ、このクエスト」という嘆きの声だった。
お友達に初めて会ったあのときもそうだった。
お友達は強かったのである。体力が削られるどころか、こちらが護衛されているんじゃないかと誤解するほど、無敵だったのである。
「マリアさんが言っていた楽にクリアーできるというのはこのことでは?」
ロザリアが僕に聞いてきた。
「もしかしてそうなのかも」
つまりこいつに付いていけば出口まで楽させて貰えるというわけだ。
そうこうしていると殲滅し終って、また先に跳ねていった。
「ああ! こら! 先に行かないのです!」
言葉は通じないようで、お友達はこっちの制止を無視して飛び跳ねていく。
僕たちは急いで後を追った。
オルトロスの亡骸を見て、なるほど無報酬なのもなんとなく分かる気がした。『働かざる者食うべからず』ということだ。
お友達は森のなかをひた走る。
心なしか敵の数も少ない。否、まだ夜のエリアに入っていない。
と思っていたら洞窟の入り口が見えた。
今どの辺を走っているのか、さっぱり分からない。
「誰かマーキングできてる?」
リオナとオクタヴィアができてると答えた。すぐ様、マップ情報に記入して貰った。ふたり揃ってほぼ同じ場所を指差したので間違いなさそうだ。
ロメオ君も飛び上がって上空から現在位置を確かめた。
お友達は洞窟のなかに入った。
ヘモジとナガレを先行させた。
情報の記入を終えると僕たちも後を追った。
するとふたりが立ち止まっていた。
「どうした? 巻かれたのか?」
「ナーナ」
「あれ」
ナガレが指差した場所には、なんと人食い宝箱の集団が、ではなく宝箱の山が床一面に並んでいた。
「どれだ?」
「分からないわよ。来たときにはもうこんな状態だったんだから」
「ナー」
動かないと生命探知にも掛からないというのは厄介だ。
こういうところはトラップなんだよな。
森を抜けてきたんだから微妙な木の香りとか土の臭いがしそうなものだが、残念ながら洞窟の入り口に消臭の魔法陣が仕掛けてあった。残るは音だが、トラップである以上、期待はできない。
「迷宮の鍵があれば本物の蓋は開くじゃろ?」
アイシャさんが僕の耳元で呟いた。
「なるほど」
僕にあの宝箱だか人食い箱だかの山に突っ込めと。ざっと見て三十箱ぐらい転がっているのだが。
試しに一番近い箱に近づいた。
カチッと音がして蓋が開いた。
僕は足で蓋を蹴り上げる。
なかには宝石が一つだけ。
開かない箱がすぐ見つかった。
「あった!」
「本物の人食い箱かもしれないよ。気を付けて」
ロメオ君は今更なことを言いながら、僕が蹴飛ばした正真正銘の宝箱の中身を回収した。
「結界なのです!」
そうだ。あいつは結界を素通りするんだ!
僕は蓋の開いていない箱を結界で押してみる。
床をズズズと引き摺った。
人食い宝箱発見!
とりあえず倒すのは後にする。他にもあるかも知れない。
結果、宝石が一つずつ入った正真正銘の宝箱が八割。人食い箱が二割見つかった。
結界でまとめて押してしまえば正解だけが残りそうだが、そうとも言い切れない。奴は結界は素通りしても、ヘモジに倒されたり、魔物を倒したりするのだ。つまり実体があるということだ。となれば他の宝箱と一緒に引っかかってしまう可能性があるわけだ。
地味だが選別作業を続けないといけない。
お友達がすぐに見つかれば、殲滅作業に移れるのだが……
「いた!」
結界を素通りする奴を見つけた。
僕は全員にその位置を伝えた。
そして人食いを今度こそヘモジに潰させながら宝石の回収を急いだ。
仕分けが七割ほど済んだとき、ひょっこりとお友達は立ち上がった。
「動いた!」
何ごともなかったかのように飛び跳ねて、洞窟の奥に消えた。
もしかして休憩してたのか?
僕たちは作業を中断して奥に進んだ。
襲い掛かってくる身の程知らずは、殿のヘモジが容赦なく排除した。
洞窟はどこまでも続いた。
足取りの速さに、ロザリアは何度も光源を放たなければならなかった。
懐中電灯も総動員だ。
足取りを失うまいと必死に追尾する。
突然、お友達がおかしな動きを見せた。
「戻って来たです」
お友達は洞穴の窪みに納まって動かなくなった。
「なんだ?」と思ったらゴーストだった。
ゴーストが井戸端会議でもしているかのように通路を塞いでいたのだ。
よくよく見るとお友達の体力が削られていた。
「こいつ、ゴーストからはダメージを受けるのか?」
奴らの触れると体力を奪うといういやーなドレイン攻撃というか、特性が、オルトロスの牙をも通さぬお友達にも通用してしまうらしい。
ロザリアが溜め息を付きながら敵を一蹴する。
現金なお友達はゴーストがいなくなるや、礼も言わずに跳び跳ねていった。
洞窟の径がどんどん大きくなる。
「出てきそうだね」
「闇蠍か。逃げようのない一本道で余り遭いたくないんだけど」
「闇の障壁の状態異常効果はあれに効いたりしないのかの?」
アイシャさんの疑問に僕たちは駆け出すことで答えた。
恐らく、恐らくだが、たぶん間違いなく効くはずだ。クエストの性格上何もないとは。
「でもあいつは結界を素通りするのです」
え?
「あ!」
僕たちはリオナの言葉に一瞬立ち止まったが、ロザリアは言った。
「素通りできても、ダメージは食らうかもしれませんよ」
ロザリアが攻撃を仕掛けた。
正面の闇を吹き飛ばした。
全員の遠距離攻撃が闇蠍の頭を吹き飛ばす。
「あいつに回復魔法は効くのかな?」
ロザリアが回復を掛けようとするが、お友達はダメージを受けすぎて動揺したのか、逃げ足が益々速くなった。
「だめ、目標が定まらない!」
リオナが飛び出した。
そして回復薬をぶつけた。
「やったのです!」
だが目の前にもう一つの闇が待っていた。
「リオナーッ!」
お友達なんて、どうでもいいから!
即死級の毒針攻撃だけは避けろよ!
僕は結界を強固にした。
「『魔弾』ッ!」
ライフルを構えた。
「『双刃旋風・輪舞』ッ!」
リオナが地面を蹴って弾けた。
二重の閃光の渦が闇を切り裂き、隠れていた本体諸共切り裂いた。
巨体は刀身の長さを超えた刃にバラバラに刻まれた。
『風斬り』の応用。というより別物だ。
リオナがすたっと大地に着地した。レベル五十を一撃だ。
耳をぴくぴくさせた。
全員が押し黙った。
これがリオナの必殺技か。
なんとなく、あの人と姉妹なんだなと納得してしまっていた。『無双撃』を両手で仕掛けたような、物騒極まりない力の片鱗を見た。
元々リオナの双剣には障壁貫通の付与が掛けられている。が、そんなものがなくても切り裂いていただろうと思えるほどの威力があった。
問題はこの攻撃を使ってもリオナが立っていることだ。
リオナが万能薬をクイッと飲み干す。
「危なかったのです」
もうお友達のことなど吹き飛んでしまうほど、みんなリオナの必殺技誕生に感銘を受けていた。
でも僕は一抹の不安を感じた。あの閃光…… あれは間違いなく無双撃の光。
リオナの一撃はその二重螺旋……
末恐ろしい。近い将来、僕の結界も簡単に破られてしまいそうだ。
なんてスキル身に着けてんだよ、まったくもう!
「お姉ちゃんに教えて貰ったら、できたです。でも射程まではマネできなかったのです」
なるほど、射程を零距離まで落とすことで、魔力調整したのか。それでも魔力消費は法外に掛かるだろうに。
「魔石貰えるかしら?」
やはりお前か。
「いくつ使った?」
「一つだけよ。見た目以上に省エネよね」
「元々容量がないからな」
僕はナガレに非常用の魔石(大)を一つ渡した。
「将来ひとりで使えるようになるのかね?」
「あなたが付与装備を揃えてやれば今でも行けるんじゃない?」
「魔石(大)一個分は結構大きいぞ」
「指輪喜んでたわよ」
横目で見られた。
「あれは姉さんとの共同作業で作ったんだ。ひとりじゃ作れないよ」
リオナはよく頑張った。泣き言も言わずに魔法の勉強をしていた僕たちと一線を引き、道場に通ってひたすら自分自身を鍛え続けた成果だ。
十一歳がやることじゃないぞ。
思わず目頭が熱くなる。
やれるだけのことはしてやろう。装備の総点検だ。姉さんにも頼んでみよう。
「それはいいとして。逃げるわよ。お友達が」
「しまったッ!」
僕は駆け出した。
「みんな感動は後だ。あいつを追い掛けろ!」




